もう一つの《サルバトール・ムンディ》も登場! TEFAFマーストリヒトで見るべき名品6選

オランダの古都マーストリヒトで、世界屈指のアートフェア「TEFAF」が開幕した。24カ国から276のディーラーが集まり、古代美術から現代美術まで数千点が出品される。その中から、特に注目すべき6作品を紹介する。

TEFAFマーストリヒト2025の展示風景。Photo: Courtesy of TEFAF
TEFAFマーストリヒト2025の展示風景。Photo: Courtesy of TEFAF

オランダの小都市マーストリヒト(人口約12万5000人)は、毎年3月になると驚くほど「住民一人当たりの傑作密度」が高まる。というのも、アートフェアTEFAF(The European Fine Art Fair)」がこの街にやってくるからだ。今年は、24カ国から276の参加ギャラリーが持ち込んだ数千点に及ぶ作品が、絵画、アンティーク、ジュエリー、モダンおよびコンテンポラリーアート、デザイン、古代美術、アフリカおよびオセアニア美術など、さまざまな部門に分かれて展示されている。

3月12日の開幕後、6日間にわたって開催される今年のフェアを前に、ニューヨークのオールドマスター・ディーラー、デヴィッド・トゥニック(David Tunick)に話を聞くと、彼はTEFAFを「売りに出された美術館」のようなものだと表現した。これは言い得て妙だ。実際、TEFAFには、985万ドル(約15億7000万円)にも達するピエール=オーギュスト・ルノワールのような作品まで集まるのだ。本作は、ニューオーリンズのギャラリー、M・S・Rauが出品する。

フェア初日、会場の通路では、バンク・オブ・アメリカなど金融機関や、ニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)館長、マックス・ホラインを含む美術館関係者たちが行き交い、バーでは牡蠣や寿司を楽しみながら、忙しいディーラーの注意を引こうと競い合っていた。

以下、出品作のなかから筆者の主観で選んだ印象的な作品を紹介する。

もう一つの《サルバトール・ムンディ》

《Christ as Salvator Mundi(de Ganay version)》(サルバトール・ムンディ[ド・ガネー版])(1505〜1515年頃)Photo: Photo : Agnews

2017年にクリスティーズで、レオナルド・ダ・ヴィンチの《サルバトール・ムンディ》(1500年頃)が、4億5030万ドル(当時の為替で510億円)という記録的価格で落札された。購入したのは、サウジアラビア皇太子のムハンマド・ビン・サルマン。その購入機会を逃した人には朗報だ。ロンドンのギャラリー、Agnewsが、私の目にはそれより優れて見える作品を出品しているからだ。

同ギャラリーのクリフ・ショラーは、この《Christ as Salvator Mundi(de Ganay version)》(サルバトール・ムンディ[ド・ガネー版])(1505〜1515年頃)がクリスティーズで競り落とされた《サルバトール・ムンディ》より優れているとは、さすがに言わないだろう。控えめな彼は、価格も公表していない。その理由は、比較対象がないからだそうだ(本当に? 1点も?)。

高さ27インチほどのクルミ材パネルに描かれたこの油彩画は、キリストを《ヨハネによる福音書》4章14節の記述に基づく姿で表している。そこには「父が御子を世の救い主として遣わされたことを、私たちは見、また証ししている」とある。

ド・ガネー版の構図は、史上最も高額で売却された美術作品である《サルバトール・ムンディ》とよく似ており、キリストは右手を祝福の仕草で掲げ、左手には球体を持っている。ただし、近年の修復もあって、保存状態ははるかに良好に見える。

クリスティーズが《サルバトール・ムンディ》をコンテンポラリーアートのオークションに出品した際、関係者の間では、「それも当然だ、絵具の半分はこの50年で塗り加えられたものだから」という冗談も飛び交った。

Agnewsの作品の帰属については、これまで専門家の間でも意見が分かれており、「レオナルドと工房」「部分的に本人の手になる」といった見解が示されてきた。2019〜2020年には、ルーヴル美術館が、「忠実な弟子の作品……レオナルドの関与の可能性あり」として展示している。

ショラーによれば、この作品は長くド・ガネー家が所有していた。1999年にサザビーズで「控えめな価格」で落札されて現在の所有者の手に渡ったが、それ以前には、フランスの男爵や著名コレクターのマルティーヌ・ド・ベアグなどが所有してきた。ド・ベアグは緑色の髪で知られ、マルセル・プルーストら作家たちを自宅に招いた人物でもある。

日本の「鳥かご花瓶」のペア

日本製の花瓶ペア(1700年頃) Photo: Vanderven Oriental Art

「なぜ人々は、この作品にこんなに惹かれるのでしょう?」

そう語るのは、オランダのスヘルトーヘンボスを拠点とするファンデルフェン・オリエンタル・アート(Vanderven Oriental Art)のニンケ・ファン・デル・フェン(Nynke van der Ven)だ。彼女は1988年にTEFAFを創設したメンバーの一人でもある。

「少し奇妙だからでしょうね」

彼女が指しているのは、そのブースの外に展示された、1700年頃に制作された高さは約20インチの日本の花瓶ペア。価格はペアで75万ユーロ(約1億4000万円)。どこか愛らしい奇妙さを湛えた作品だ。

ザクセン選帝侯でポーランド王でもあったアウグスト強王は、ドレスデンにある日本趣味の宮殿のために、こうした花瓶を20点収集していた。

作品は青と白の磁器で、口縁は大きく広がり、金漆が施されている。象の頭をかたどった磁器製ハンドル(最近ギャラリーが交換したもの)と、金漆塗りのワイヤーの鳥かごが付けられており、その中に磁器製のキジが収められている。

同じグループの作品は現在、アムステルダム国立美術館、オックスフォードのアシュモレアン美術館、マサチューセッツ州のピーボディ・エセックス美術館などに収蔵されている。

ヴェルノンを描いたモネのペインティング

ヴェルノンの丘にたたずむ教会を描いたモネのペインティング。Photo: Alon Zakaim Fine Art
ヴェルノンの丘にたたずむ教会を描いたモネのペインティング。Photo: Alon Zakaim Fine Art

フランス印象派の巨匠クロード・モネは、積み藁や睡蓮、ルーアン大聖堂などのモチーフを連作として描き、一日の光の移ろいと、それにともなう色調や雰囲気の変化を刻み込んだ作品で知られる。ロンドンの アロン・ザカイム・ファイン・アート(Alon Zakaim Fine Art)が出品したのは、ヴェルノンの丘にたたずむゴシック様式の教会が風景の中に佇む様子を描いた2点だ。柔らかく淡い青や紫の色彩のなかで、セーヌ川の水面には教会と空の反射が映り込む。

モネはかつてこう書いている。

「ある教会の奇妙なシルエットを見つけ、私はそれを描いてみようと思い立った。夏の始まりのころ、爽やかな霧の朝が続いたかと思えば、突然の陽光が降り注ぎ、その熱い光がゆっくりと霧を溶かしていった。建物のあらゆる隙間を覆い、黄金色の石を霞のベールで包んでいた」

この作品は、そうした一日の異なる瞬間を鮮やかに切り取っている。

いずれも1894年制作で、デュラン=リュエル(Durand-Ruel)やクノードラー(Knoedler)といった名高いギャラリーを経て、オークションにも幾度か出品されてきた。TEFAFマーストリヒトに出展するのは今回で13回目となるアロン・ザカイム・ファイン・アートは、この2作品が再び離れ離れにならないように、2000万ドル(約32億円)でペア販売している。

ドイツの城を模したデスク

ヨハン・ヴォルフガング・エリアス・ヴァインシュパッハが1770年ごろに作ったとされるデスク。Photo: Christian Eduard Franke Antiquities
ヨハン・ヴォルフガング・エリアス・ヴァインシュパッハが1770年ごろに作ったとされるデスク。Photo: Christian Eduard Franke Antiquities

高さおよそ120センチメートルにおよぶ圧巻のシリンダーデスクは、18〜19世紀頃に活動したドイツの宮廷家具師、ヨハン・ヴォルフガング・エリアス・ヴァインシュパッハ1770年頃に制作されたと伝えられている。

制作を依頼したのは、ドイツ中南部の都市シュパイアーの領主司教、フランツ・クリストフ・フォン・フッテンとされており、ドイツの建築家、バルタザール・ノイマンが設計したブルッフザール城を飾るために注文した可能性が高い。机の形状や装飾には、城の意匠が随所に反映されており、天板部分はテラスのような装飾が施されていたり、寄木細工は精緻なタイル張りの床を思わせる。正面のパネルには城と舞踏室の景観が描かれ、室内に立つ人々の両脇には、花束をいけた花瓶が並ぶ。また、下部の板には食事をする人などの日常的な風景が描かれている。

素材にはクルミ、プラム、ナシ、カエデ、ツゲ、埋没オークなどが用いられ、一部には骨材も使われている。ドイツ・バンベルクのクリスティアン・エドゥアルト・フランケ(Christian Eduard Franke)が出品する本作の価格は、価格は26万5000ユーロ(約4860万円)だ。

キリスト復活を描いたキャビネット

1730年ごろに作られたキャビネット。Photo: Zebregs & Röell
1730年ごろに作られたキャビネット。Photo: Zebregs & Röell

18世紀の芸術家ヴィルヘルム・ボイオーニ・クノール(Wilhelm Beuoni Knoll)が制作したこの壮麗なキャビネットは、高さ1メートルを超える大作だ。バロック様式のファサードには、キリストの受難と復活を描く精緻な彫刻が施されている。力強いソロモン式の円柱が正面を飾り、2枚扉の奥には対称に並んだ引き出しが隠れている。中央に立つのは、書物と鍵を手にした聖ペテロで、扉の内側には大天使ミカエルとガブリエルの姿が刻み込まれている。

上部には復活したキリストが描かれており、その周囲を福音書記者をはじめとする使徒や聖人たち、そして聖母子が取り囲む。

この作品がアムステルダムのギャラリー、ゼブレグス&ローエル(Zebregs & Röell)の手に渡ったのは2025年。すでにオランダの美術館に収蔵されることが決まっているため、オーナーのディッキー・ゼブレグスは価格を明かさなかった。ただ、ブラジル人のパートナー、ペドロの影響で、館内ではキャビネット内の聖人を「サン・ペドロ」と呼んでいるのだと、笑いながら語った。

謎多き職人が残したワードローブ

ドール・ハウスのように見えるが、中には収納棚やコートハンガーなどが備わっている。Photo: Thomas Colbourn & Sons
ドール・ハウスのように見えるが、中には収納棚やコートハンガーなどが備わっている。Photo: Thomas Colbourn & Sons

エドマンド・ジョイ(Edmund Joy)という謎多き職人が1709年に制作した《Mr. Joy’s Surprise—Queen Anne Child’s Wardrobe in the form of a House(ミスター・ジョイからの贈り物──クイーン・アン様式の子ども用ワードローブ)》は、高さ約150センチのこの逸品は、現存が確認されているわずか2点のうちの1点で、もう1点はロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)に収蔵されている。

中央の扉を開けるとコートやシャツを掛けるスペースが現れる。左の扉の奥にはレンガ模様の紙で覆われた棚があり、右の扉を開けると手描きの引き出しが並ぶ。一見すると子どもが遊ぶためのドール・ハウスにも見えるが、鍵と錠前を備えたこの工芸品はれっきとした収納家具なのだ。

イギリスのウェスト・ミッドランズに拠点を置くトーマス・コールボーン・アンド・サンズ(Thomas Coulborn & Sons)が出品するこの作品は、17世紀のオランダ住宅を思わせる。この様式はイギリスの建築にも影響を与えており、ロンドンのキュー・パレス(1631年)が「オランダの家」と呼ばれるのもそのためだ。作品の裏面には、職人の名が大々的に署名されているが、V&Aのキュレーターによれば、エドマンド・ジョイという人物については何もわかっていないという。ただし、ノーフォーク州のバートン・ターフ教会には同名の人物の墓があり、1744年、63歳で独身のまま亡くなったと記されている。本作は7万5000ユーロ(約1380万円)で出品されている。(翻訳:編集部)

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