画家兼作曲家の創造回路を読み解く──「チュルリョーニス展 内なる星図」【EDITOR’S NOTES】

国立西洋美術館で6月14日まで開催中の「チュルリョーニス展 内なる星図」は、音楽形式を絵画構造へと転換した創造のあり方を示す回顧展だ。画家であり作曲家でもあった彼の思考が、視覚と聴覚の両面から立ち上がる。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《レックス(王)》1909年、テンペラ/カンヴァス、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

国立西洋美術館で6月14日まで開催中の「チュルリョーニス展 内なる星図」は、リトアニアの画家・音楽家ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875-1911年)の全貌に迫る、日本では34年ぶりとなる大規模回顧展だ。約80点におよぶ絵画や素描から、画家であると同時に作曲家でもあった彼の特異な創造の回路を明らかにしており、会場にはBGMとして音楽作品も流れ、目と耳で彼の世界を楽しめる構成だ。

チュルリョーニスは、フランスの作曲家ラヴェルと同年に生まれ、シェーンベルクやドビュッシー、スクリャービン、マーラーなどが活躍した時代に生きた。音楽史ではロマン派から近代音楽へと向かい、美術史では印象派や象徴派などが勃興し、音楽と美術の両者が新たな表現を模索していた。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《フーガ[二連画「プレリュード、フーガ」より]》1908年、テンペラ/紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

チュルリョーニスの作品において最も特筆すべきは、音楽的思考がそのまま視覚表現へと翻訳されている点だ。彼は「ソナタ」や「プレリュードとフーガ」などの音楽言葉をタイトルに残した絵画を描いているが、それらは単に音楽が主題というだけでなく、音楽の形式そのものを絵画の構造へと転化した作品だ。

例えば「プレリュードとフーガ」においては、導入としてのプレリュード(前奏曲)の絵画は簡素な構図で、テーマが複雑になっていくフーガは画面内のモチーフの配置や反復によって視覚的に表現される。

フーガはバッハなどバロック音楽で用いられた形式で、対位法という複数の旋律が独立しながら同時に進行する原理に基づいている。チュルリョーニスはこの原理を視覚へと巧みに置き換えている。異なるスケールの建築や自然モチーフが併置され、それぞれが干渉しつつも自律性を保つ構造は、いわば視覚における対位法といえる。

さらにフーガという形式の観点から見れば、画面には時間的展開に対応する構造も読み取れる。あるモチーフ(主題)が提示され、それが別の位置や形態で反復される(応答)。変形や拡大・縮小を伴いながら再出現するイメージは、主題の展開というフーガ特有の緊張感を想起させる。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第5ソナタ(海のソナタ):アレグロ》1908年、テンペラ/紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第5ソナタ(海のソナタ):アンダンテ》1908年、テンペラ/紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス《第5ソナタ(海のソナタ):フィナーレ》1908年、テンペラ/紙、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

また「ソナタ」の連作においても、音楽形式は画面構成として明確に読み取れる。提示部にあたる局面では対照的なモチーフや風景が示され、画面に基本的な緊張関係が生まれる。続く展開部では、それらが変形・再配置されることで空間的ダイナミズムが生じ、再現部では変奏を経たモチーフが再び安定した形で現れ、全体に統一がもたらされる。ここで試みられているのは、時間的展開を前提とする音楽形式の、空間構造としての再編だ。

さらに本展は、彼の芸術が単なる形式実験にとどまらないことも示している。宇宙や神話、民族的イメージが交錯する作品群には、象徴主義的傾向を背景としながら、内的なヴィジョンをより普遍的な像へと結晶化しようとする志向が一貫している。音楽的構造は、そのヴィジョンを秩序づけ、展開するための枠組みとして機能している。

わずか数年の画業で300点以上を残したチュルリョーニスの実践は、絵画と音楽という二つのメディウムを横断し、その境界を問い直す先駆的なものだった。音楽と絵画が同一の思考のもとに再編されるその現場において、ソナタ、フーガ、対位法はいずれも単なる技法ではなく、イメージの生成と秩序を司る原理として立ち現れる。

音を見ることは可能か。その問いに対し、チュルリョーニスは音楽を構造として捉え直すことで、視覚へと開いてみせた。

チュルリョーニス展 内なる星図
場所:国立西洋美術館(東京都台東区上野公園7-7)
会期:3月28日(土)~6月14日(日)
時間:9:30~17:30(金・土曜日20:00まで、入館は閉館30分前まで)
休み:月曜日、5月7日(木)※5月4日(月)は開館
料金:一般2200円、大学生1300円、高校生1000円、中学生以下無料

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