「これがアメリカの最善か」──元高級ペットフード店経営者を責任者に抜擢、米国館人事に波紋
第61回ヴェネチア・ビエンナーレ(5月9日〜11月22日)の開幕を前に、アメリカ館責任者の人選をめぐり波紋が広がっている。トランプ第2次政権のもとで従来の選考プロセスが覆され、異例の体制で国際舞台に臨むことになったためだ。

第61回ヴェネチア・ビエンナーレの開催が近づくなか、第2次トランプ政権によるアメリカ館の異例の人事が波紋を呼んでいるとニューヨーク・タイムズが報じた。
1930年に開館したアメリカ館は、ジャルディーニに常設館を持つ歴史あるパビリオンの一つであり、いわば名門的な位置づけにある。例年は著名な美術館館長やキュレーターがチームを組んでアーティストを選定し、ロバート・ラウシェンバーグ(1964)、ジェニー・ホルツァー(1990)、マーク・ブラッドフォード(2017)など、美術史に名を残す作家を送り出してきた。2022年にはシモーヌ・リーが、黒人女性として初めて金獅子賞を受賞している。
きっかけは犬のチャリティイベント
しかし今回は、従来の選考プロセスから大きく逸脱する異例の経緯をたどった。アメリカ国務省は昨秋、美術館での職務経験のない37歳のジェニ・パリドをコミッショナーに任命した。彼女の直近の職歴は、フロリダ州タンパにあるラグジュアリーなペットフード店経営者だという。パリドとトランプ政権を結びつけたのは、第2次政権発足期に同州パームビーチにあるマール・ア・ラーゴで開かれた犬のチャリティイベントだったとされる。
パリドのコミッショナー就任の舞台裏では、このイベントを通じてパリドと関係を築いたエリン・スカヴィーノが動いた。スカヴィーノは、トランプが司会を務めたリアリティ番組『ジ・アプレンティス』の元出演者であり、ホワイトハウス副首席補佐官ダン・スカヴィーノの妻でもある。2025年初頭に、189カ国の外交施設における常設アートコレクションを管理する国務省「アート・イン・エンバシーズ」責任者に就任した彼女は、パリドが設立した新興NPO「アメリカン・アーツ・コンサーバンシー」にアメリカ館の運営を委ねる道筋をつけたとみられる。それ以前に選考を通過していたキュレーターのジョン・レイヴナルとアーティストのロバート・ラザリーニのチームは、突如として計画を打ち切られた。
メキシコ在住の作家を選出、制作には不干渉
パリドがキュレーションを任せたのは、セントルイス現代美術館の元チーフ・キュレーターであるジェフリー・ユースリップだ。彼は過去に人種差別的との批判を受けた展覧会をきっかけにキャリアが停滞し、長らく第一線から遠ざかっていた。ユースリップは、ウィリアム・エグルストンやバーバラ・チェイス=リボーといった著名作家に代表作家を打診したが、いずれも辞退され、最終的に昨年11月、白羽の矢が立ったのがアメリカ人彫刻家アルマ・アレンだった。アレンは2017年からメキシコを拠点に活動している。
2014年のホイットニー・ビエンナーレに参加した実績を持つアレンは、ユースリップやコンサーバンシーについてほとんど知らないまま今回の依頼を受けたという。11月のニューヨーク・タイムズのインタビューで、彼は次のように語っている。
「アメリカを代表してパビリオンで展示できる。それは非常に大きな意味を持ちます。生きていく上で何かを成し遂げようとすれば、リスクを取る覚悟が必要だと学んできました」
またアレンによれば、国務省による検閲はなく、パリドもユースリップもメキシコのスタジオを訪れていないという。アメリカ館のために巨大なブロンズ製の「目」の作品を含む新作数点と、20点以上の彫刻を準備したという彼は、「トランプ周辺の人物には誰一人会ったことがありません。私はメキシコに住んでいますから」とも語っている。
「これがアメリカの最善だったのか」
懸念は資金面にも及ぶ。2024年のジェフリー・ギブソンによるアメリカ館の展示には580万ドル(約10億4000万円)が投じられたが、アメリカン・アーツ・コンサーバンシーの設立文書では、今年の資金調達目標はわずか15万ドル(約2700万円)とされ、その約73パーセントが給与や専門家報酬に充てられる見込みだという。同団体はフォード財団やアンドリュー・W・メロン財団といった従来のアメリカ館の主要支援者には接触しておらず、代わりにホワイトハウスでの文化サミットや、「アメリカ・ファースト政策研究所」といった保守系団体との関係を通じて資金を集めている。
今回のアメリカ館の展示について、2007年にアメリカ人として初めてビエンナーレのキュレーターを務めたイェール大学アート・スクールの元学部長、ロバート・ストーアは、ニューヨークタイムズの取材にこう語っている。
「これがアメリカの最善だったのか、と問われるに違いありません。アメリカは今回、真剣な作品を披露する絶好の機会を無駄にした国として記憶されるでしょう」