牛乳、エネルギー、アクアポニックス──池添彰が編み上げる「不条理の体系」

長い歴史を誇るニューヨークホイットニー・ビエンナーレと、5年に一度のMoMA PS1による美術展が重なった今年のニューヨーク。その両方に参加し、アート界の関心を集めている池添彰に、US版ARTnewsのシニアエディターが取材した。

池添彰 Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews
池添彰 Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews

ここしばらく池添彰が思いを巡らせていたのは、「牛乳を使って何ができるか」だった。牛乳は牛から搾られて、パッケージに入れられ、販売され、消費される。確かにそうだが、それをペンキとして使ったり、そこに浸かったり、飲んで蘇生することができたら?

そうした場面は全部、池添の新作絵画に登場する。裸の人間(と骸骨たち)が働いている酪農を中心としたシステムには、火が燃えている穴やペンキを塗る大きな壁が組み込まれている。取扱説明書の図のような、池添らしい淡々とした雰囲気で描かれているこの絵は、ユーモラスかつ奇妙でいて、どこか恐ろしい。

ニューヨークのスタジオに立てかけた絵の前で、池添はカンバスの上部を指差した。そこでは顔のない人々が2頭の牛の乳を搾っている。「彼らは牛の乳を搾り、それをペンキとして使い出します」と池添は話し始めた。

「ところが誰かがペンキの缶を蹴飛ばしてこぼれた乳を踏み、足跡を残す。すると何人かが穴に落ちて死んでしまいます。右側には春夏秋冬の変化を表すような4つの四角い部分があり、冬になると骸骨が這い出てきます。骸骨たちは牛乳を混ぜるのを手伝い、その牛乳は靴紐のようなものを通って下に流れていきます」

真顔でそう語り終えた池添はようやく笑顔を浮かべ、「訳がわからないですよね」と言って大笑いした。

彼の絵が不条理なのは意図的なものだ。

「現実世界からさまざまなものを拾い集め、そこから新しいものを創造します。自分の中で世界を再構築しているのです。意味や目的はなく、ただ自分が楽しいからそうするんです」

最新作の横に立つ池添。内容を説明してから「訳がわからないですよね」と笑った。Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews
最新作の横に立つ池添。内容を説明してから「訳がわからないですよね」と笑った。Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews

権威ある2つの美術展に同時出展

独自の不条理なロジックに従って宇宙の再構築を試みる池添は、この春ニューヨークで始まった2つの権威ある美術展──ホイットニー・ビエンナーレMoMA PS1が5年に一度開催する「Greater New York(グレーター・ニューヨーク)」展──に同時出展して注目を浴びている。両方に参加しているアーティストは、彼とタイナ・H・クルーズの2人だけだ。

この同時出展は、どんなアーティストにとってもキャリアを決定づける大きな転換点となるはずだ。2010年に東京からニューヨークに移って以来、着実に作品を発表してはいるが、さほど知名度の高くない池添の場合、なおさらインパクトは大きい。

彼はニューヨークのギャラリーに所属していない。彼の作品を扱っているのは、少数の熱心なファンを持つアーティストをビエンナーレ級のスターに育て上げてきたことで知られるグアテマラシティの人気ギャラリー、プロイェクトス・ウルトラヴィオレータ(Proyectos Ultravioleta、紫外線プロジェクトの意)だ。

池添もまさにその道を歩んでいると言える。ホイットニー美術館とMoMA PS1に出展する前には、2025年のシャルジャ・ビエンナーレに、ワエル・シャウキー(第1回アート・バーゼル・カタールでフェアディレクターを務めた)やリチャード・ベル、レイヴン・チャコンらとともに参加した。

池添のスタジオの一部。自分の描き方には大学で学んだ版画制作の影響があると考えている。Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews
池添のスタジオの一部。自分の描き方には大学で学んだ版画制作の影響があると考えている。Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews

ミッドタウンの高層ビルの5階に、コンパクトで整然とした彼のスタジオがある。この数カ月というもの、キュレーターや評論家がひっきりなしにやって来ているが、池添の様子は落ち着いたものだ。グレーのスウェットシャツの上に同系色のアウトドアリサーチのジャケットを羽織った彼は、自作に対する他者の解釈には喜んで耳を傾けると言った。ただし、常に同意するわけではない。

彼は「絵の中の動物を何かの象徴として捉える人もいます。カエルを見ると自動的に悪徳政治家を連想するとか」と言って、一瞬考え込み、こう続けた。「そう見えるのかもしれないけれど、私がやっているのはそういうことじゃないんです」

遊び心のある表現で重いテーマを描く多層的な作品

池添彰《Robot Stories Around Solar Panels》(2025) Photo: Courtesy the artist and Proyectos Ultravioleta, Guatemala City, Guatemala
池添彰《Robot Stories Around Solar Panels》(2025) Photo: Courtesy the artist and Proyectos Ultravioleta, Guatemala City, Guatemala

ホイットニー・ビエンナーレに並ぶ他の作品に比べ、池添の絵は軽やかな印象を与える。同展に出品された絵画の1つ、《Robot Stories Around Solar Panels(太陽光パネルの周りのロボット・ストーリーズ)》(2025)には大勢の機械人間たちが描かれ、巨大な貝から真珠を取り出したり、ボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》を真似たポーズを取ったりしている。

エネルギー危機の回避に役立つかもしれない太陽光パネルの設置作業に勤しむロボットたちが周りに描かれていなければ、この絵は単なる冗談として受け取られてしまうかもしれない。そうした点について、ホイットニー・ビエンナーレのキュレーター、マルセラ・ゲレロはこう説明した。

「たとえば動物を描き込むことで、池添は暗澹たる雰囲気を漂わせずに深刻な問題を表現します。重いテーマに踏み込むための方法として、遊び心のある表現を使うのです」

池添が絵画作品の準備で描いたスケッチ。Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews
池添が絵画作品の準備で描いたスケッチ。Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews

一方、MoMA PS1で「Greater New York」展のキュレーションを担当したルバ・カトリブはこう語る。

「彼の作品を見ていると、いろんな感情が次々と湧き起こります。ユーモラスだけれど、そこで起きていることを理解した瞬間、ゾッとさせられる。一見しただけでは把握しきれない、多様な要素が詰め込まれた絵画です」

池添自身も、ゲレロとカトリブの指摘を裏付けることを話している。私がスタジオを訪問したとき、彼は2011年に福島で起きた原発事故について詳しく語り、飛行機の座席から持ち帰った安全のしおりを保管しているフォルダーを見せてくれた。救命具を取り出し、墜落に備えて前屈みの姿勢を取る乗客を描いたイラストには、池添の作風に似た明快さがある。

「飛行機に乗るたびに、これをもらってくるんです。ここに描かれている絵は、あるストーリーを視覚的に伝えています」

自身がコレクションしている飛行機の避難マニュアルを見せる池添。Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews
自身がコレクションしている飛行機の避難マニュアルを見せる池添。Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews

油彩画に影響を与え版画のプロセス

1979年に高知県で生まれた池添は18歳で上京し、多摩美術大学の絵画科で版画を専攻した。高校生の頃から描いていた油絵を続けたいと思った彼は、当時をこう振り返る。

「教授に『絵を描きたいのですが』と聞いたら、『ここは版画を学ぶどころだから』と言われ、4年間その通りにしました。少し退屈でしたが、いい面もありました」

油彩画の場合は絵の具が乾くのが遅いため、彼は完成させるタイミングを決めかねて、同じ作品にいつまでも手を加え続けていたという。

「版画はまったく違います。あらかじめどう仕上げるのかを決めれば、あとは淡々と工程を進めていくだけです──この色と、この色と、この色を刷って完成、というように。大学卒業後、私の油彩画は変わりました。塗りが薄くなり、1層か2層、せいぜい3層程度しか色を重ねなくなったのです。版画の制作プロセスが影響したのかもしれません」

初期の作品には、不思議な形で絡み合う生き物が描かれている。彼はそこに単色の背景を取り入れるようになり、やがてそれが定番のスタイルになっていった。

日本のアートシーンに満足できなかった池添はニューヨークに目を向け、今はなきエッソというギャラリーで作品を発表するようになった。そして、エッソでの初個展から2年後の2010年にニューヨークに移住した。その理由は、この街のアーティストたちが「日本では考えたこともないアイデアを持っていた」からだという。日本に戻りたいと思ったことはあるかと聞くと、「一度もない」という答えが返ってきた。

「グアテマラ人の女性(アーティストのジェシカ・カイレ)と結婚し、息子はニューヨークの学校に通っています。ここが私たちの生活の基盤です」

ちなみに、ホイットニー・ビエンナーレでキュレーターを務めるゲレロは、池添は父親であることをよく口にする数少ない男性アーティストの1人だと話していた。

池添彰《Chart of Darkness》(2025) Photo: Courtesy the artist and Proyectos Ultravioleta, Guatemala City, Guatemala 
池添彰《Chart of Darkness》(2025) Photo: Courtesy the artist and Proyectos Ultravioleta, Guatemala City, Guatemala 

日本の高校で英語を教えていた母親のおかげもあり、ニューヨークに来たときの池添は英語を読むことはできた。しかし、「聞いたり話したりすることは、まったく別でした」と彼は明かす。外国語でのコミュニケーションに慣れようと奮闘する中で、彼は機能ではなく形状で分類した多様な物をグリッド状に並べた絵を描き始めた。

「英語が話せなかったので、イメージをカテゴリーごとに集め始めたんです。自分なりの分類法を編み出そうとして、今もそれを続けています」

たとえば、MoMA PS1の展覧会に出品されたこのシリーズの新作には、爆弾の隣に眼球、糸玉の隣にウムラウト(点を横に2つ並べた発音記号)付きの「O」、そして2匹の犬の隣に映画『シャイニング』に出てくる不気味な双子が描かれている。

現実には実現困難なシステムを「自分で創造して楽しむ」

池添がニューヨークに移住した翌年に日本で発生した東日本大震災とそれに伴う津波により、東京電力福島第一原子力発電所では外部電源や非常用電源が失われ、冷却機能が停止した結果、放射性物質が周辺地域へ放出された。

「自然と私たち人間との関係、そして自然と文化が常に侵食し合っていることについて真剣に考えるようになりました。それがまさに福島で起きたことです」

以来、池添は人間以外の存在やエネルギーの伝送、不安定なシステムといった主題を扱うことが増えていった。この時期、《Hole(穴)》(2014)というアニメーション作品も制作している。そこでは、彼の裸の分身がハイブリッドな生き物たちの住む無彩色の世界をさまよい、あるシーンでは犬の頭を持つハエが池添の切断された頭部を彼の体へと運んでいく。

池添も参加した2025年のシャルジャ・ビエンナーレのキュレーター、ゼイネップ・オズは、「彼はこの世界に対して過剰な期待や悲観をしません」とコメントした。「絶望や幻滅など、重いテーマを扱うときも軽やかなんです」

池添彰《Clam and the Sun》(2025) Photo: Courtesy the artist and Proyectos Ultravioleta, Guatemala City, Guatemala
池添彰《Clam and the Sun》(2025) Photo: Courtesy the artist and Proyectos Ultravioleta, Guatemala City, Guatemala

オズに招かれてシャルジャ・ビエンナーレに参加した時期は、池添の考え方が変わり始めた頃だった。もとは反対していた原子力発電に、将来的な可能性があるかもしれないと考えるようになったのだ。

「今でも原子力発電所はない方がいいと思っています。けれども、あちこちで戦争が起きている現在、それが必要なのだということも理解しています。そして、いずれは別の技術がそれに取って代わることを期待しています。私が新しい技術に興味を持ち始めたのは、多分これがきっかけです」

池添は今、アクアポニックスという循環型の食料生産システムについての絵を制作している。アクアポニックスとは、魚の排泄物を利用して植物を育てる水耕栽培/水産養殖を行うもので、同種のほかの方式に比べて少ない水で運用でき、土地への負担を軽減できるという。

「宇宙空間でアクアポニックスを実現し、宇宙飛行士のために食料を生産したいという夢を抱く日本人科学者のドキュメンタリーを見たんです。その科学者によると、今はまだ人間が魚に餌をやっているそうです。つまり、この閉じた循環の中に、人間が不可欠な要素として組み込まれている。私は、人間が参加するこのシステムの別バージョンを独自に創作しているところです」

「より公平かつ持続可能なエネルギー利用のあり方を構想しているのですね」と私が言うと、彼はこう返した。

「現実世界では、実現は難しい気がしませんか? だから、そういう世界を自分で創造して楽しんでいるんです」

(翻訳:野澤朋代)

from ARTnews

あわせて読みたい