落札額が100万円から1億円に急騰! 72歳の画家タカコ・ヤマグチにいま世界が熱視線を送る理由

日本出身で、ロサンゼルスを拠点に活動する72歳のアーティスト、タカコ・ヤマグチ。具象から抽象まで表現の幅が広く、日本のルーツやアール・ヌーヴォーの要素を感じさせる多彩な作品は、ここ数年でオークションの落札額がうなぎのぼり。市場関係者も驚く躍進ぶりをリポートする。

100万ドルを超える高額落札で話題になったタカコ・ヤマグチの《Catherine and Midnight》(1994)。Photo: Courtesy of Sotheby’s

突如オークションの注目株になったタカコ・ヤマグチ

タカコ・ヤマグチは、少し前までアート市場の関係者にもほとんど知られておらず、作品は主に小規模オークションハウスに出品され、落札額は100万円台前半といったところだった。しかし2023年以降、大手オークションハウスで高額落札が続き、そのうち1点には110万ドル(直近の為替レートで約1億7000万円、以下同)もの値がついた。

現在開催中の第81回ホイットニー・ビエンナーレ(8月11日まで)にも、ヤマグチの絵画が数点出展されている。そして、クリスティーズサザビーズによる5月中旬のイブニングセールでは、売り出し中の新進アーティストと並んでヤマグチ作品が出品された。これはアート市場で誰一人予想していなかったことだ。

サザビーズでは、金箔を用いた油彩画《無題》(1998)に40万〜60万ドル(約6200万〜9300万円)の予想落札価格が付いている。珊瑚礁やイソギンチャク、ピンクの蓮の花など光輝く夢のような情景が描かれたこの作品は、第三者保証付きでの出品。

タカコ・ヤマグチ《無題》(1998)Photo: Courtesy of Sotheby’s

クリスティーズへの出品作品は、油彩と銅箔による《Sally and Miu-Miu(サリーとミウミウ)》(1994)だ。たばこを吸う女性と猫が描かれたこの絵の予想落札価格は、30万〜50万ドル(約4700万〜7800万円)。クリスティーズがヤマグチの作品をオークションにかけるのはこれが初めてだが、今回の21世紀美術イブニングセールの広告にはこの絵が使われた。

ヤマグチの作品は、数年前から市場で人気が高まりはじめた。たとえば、2019年にはロサンゼルス現代美術館の企画展「With Pleasure: Pattern and Decoration in American Art 1972–1985(アメリカ美術におけるパターン・アンド・デコレーション 1972–1985)」に作品が出展されている。装飾模様を絵画に取り入れたパターン・アンド・デコレーションは1970年代に生まれた芸術運動で、美術史上ではフェミニズムの観点で捉えられることも多い。この展覧会では運動と直接関係ない作家が数人取り上げられていたが、ヤマグチはその1人だった。

その後、ギャラリーでの展覧会が相次いで評判になり、2023年にはニューヨークのギャラリー、オルトゥザール・プロジェクツでの個展が高い評価を受けるなど、その勢いは増す一方で今年のホイットニー・ビエンナーレ参加へと続いている。

多彩なスタイルと力量を感じさせる精緻で美しい仕上がり

大手オークションハウスが扱うようになる以前から、ヤマグチをサポートしてきたアートディーラーの1人がスターズ・ギャラリーのオーナー、クリストファー・シュワルツだ。2021年に彼女の個展を開いたシュワルツは、US版ARTnewsの取材にこう答えた。

「初めて作品を見たとき、これは大きなインパクトを与えるだろうと思いました。でも、こんなに早く注目を浴びるようになるのは想定外です」

やはり早くからヤマグチを評価していたマーケル・ファイン・アーツのキャスリン・マーケルはこう回想する。

「私が初めて彼女の展覧会を開いたのは1983年だったと思います。その作品の美しさは初日から人々の目を引きました」

ヤマグチはこれまでさまざまなタイプの作品を制作してきたが、アートディーラーや評論家、美術史家が揃って高く評価するのは、その絵の精緻さだ。2021年にニューヨークのギャラリー、ラミケンで開かれた個展では、ボタンを閉めたシャツのクローズアップを写実的に描いた具象作品が展示されている。これは、クリスティーズに出品される《Sally and Miu-Miu》などの「スモーキング・ウィメン(たばこを吸う女性)」シリーズのスタイルとはかけ離れたものに見える。

たばこを吸う女性のシリーズは、美しい曲線や凝った装飾のある衣服、幾何学的な模様が特徴で、日本の版画技法を取り入れているほか、アール・ヌーヴォーやアール・デコの引用がはっきり見て取れる。さらに、ホイットニー・ビエンナーレでヤマグチが出展している入り組んだ抽象画も、また違った印象を与えるものだ。

「スモーキング・ウィメン」シリーズは、ヤマグチ作品の中でも特に人気が高い。以前クリスティーズの現代美術部門で活躍したロイック・ガウザーが運営するオークションアプリ「フェア・ウォーニング(Fair Warning)」は、今年2月にその1点を50万〜70万ドル(7800万〜1億900万円)の予想落札価格で出品。最終的に99万1000ドル(約1億5400万)を超える価格で落札されている。

その約1カ月後、サザビーズ・ロンドンの近現代美術イブニングセールでヤマグチの落札額が100万ドルの大台を突破した。このときは、幅2メートルを超える大作《Catherine and Midnight(キャサリンと真夜中)》(1994)がロット1として第三者保証付きで出品され、予想落札価格が50万〜75万ドル(約7800万〜1億1600万円)のところ、約87万4000ドル(約1億3500万円)、手数料込み111万ドル(約1億7200万円)で決着している

ロサンゼルスのギャラリー、アズ・イズ・LA(as-is.la)のディレクターで、ヤマグチと長年連れ添っている夫のトム・ジマーソンは、US版ARTnewsにこう語った。

「アート市場の状況からすると、『スモーキング・ウィメン』シリーズの作品は異常値でしょう。なぜだか分からないが所有欲を刺激し、気持ちをたかぶらせるらしいのです。その理由は今後も謎に包まれたままかもしれません」

タカコ・ヤマグチ《Sally and Miu-Miu》(1994) Photo: Christie’s Images Ltd. 2024

世に出ているヤマグチ作品は全体の10%程度

10年ほど前まで、ヤマグチ作品を購入するコレクターは、ほぼ全員が個人的な知り合いだったとジマーソンは明かす。買い手はアマチュア愛好家ではないものの、オークションで入札するような本格的なコレクターでもなかったという。

当時の価格は決して高くなく、最近のオークションで記録が大幅に更新されるまでその状態が続いていた。マーケル・ファイン・アーツのマーケルによれば、2009年にヤマグチの作品を顧客に売り込んだときの価格帯は、1万2000〜1万4000ドル(約186万〜217万円)。2021年にスターズ・ギャラリーで行われた個展では、2万〜3万ドル(約310万〜465万円)へと上昇したが、その中には今回サザビーズのセールに出品される無題の作品も含まれていた。シュワルツは、「今後どうなるのか全く見当がつかないというのが正直なところです」と、驚きを隠さない。

過去のオークション結果を見れば、そう思うのも無理はない。アートネットの価格データベースによると、2013年2月に米メリーランド州ロックヴィルのウェシュラーズ・オークショニアーズ&アプレイザーズ(Weschler’s Auctioneers & Appraisers)で売却されたヤマグチのシルクスクリーン作品《Quaretto III(クアレットIII)と《Quaretto IV(クアレットIV)》の価格は、合計でほんの1500ドル(約23万円)。出品者は有名法律事務所のデューイ・アンド・ルバフで、経営破綻した同社はクリストファー・ウール、フランク・ステラ、ソル・ルウィットなどの著名作家を含む膨大な美術品コレクションを売却せざるを得ない状況だった。

それから10年も経たない2022年12月、パームビーチ・モダン・オークションズでは、幅1メートル20センチ超の絵画《French Curve 26, #8(フレンチカーブ 26, #8)》が、3000~5000ドル(約47万〜78万円)の予想落札価格に対し1万ドル(約155万円)で落札されている。このときの出品者は、800点を超えるアート作品を所蔵するフロリダ州オーランドのタッパーウェア・ブランズ・コーポレート・コレクション。同コレクションがこの絵を入手したのは1980年だった。

そして今、ヤマグチの作品はその数十倍の高値で取り引きされている。先月サザビーズ香港に出品された《The Fire Next Time(次は火だ)》(2004)は、予想落札価格が約20万~32万ドル(約3100万〜5000万円)のところ、26万ドル(約4000万円)で落札された。

ホイットニー・ビエンナーレ以外にも、ヤマグチにはより大きな関心が寄せられる余地がまだまだある。現在、パリ市立近代美術館やロサンゼルスのハマー美術館などが作品を所蔵しているが、これまで大規模な回顧展が開催されたことはない。しかし、この状況は近い将来変わるかもしれない。現在、ヤマグチがニューヨークで所属しているギャラリー、オルトゥザール・プロジェクツの顧客には、大物コレクターや主要美術館が名を連ねているからだ。ジマーソンは期待を込めてこう言う。

「オルトゥザール・プロジェクツのサポートがあることで、タカコの作品は買い手にとって、より価値のあるものに見えると思います」

ラミケンの創設者であるアートディーラーのマイク・イーガンは、世間の目に触れたことのあるヤマグチ作品は全体の10%程度だろうとして次のように提言する。

「あちこちに散らばったヤマグチの作品をまとめて見られるよう、美術館での回顧展が待たれます。彼女には40年分の作品があります。(中略)それらを発掘するべきなのは間違いありません」(翻訳:清水玲奈)

from ARTnews

あわせて読みたい

  • ARTnews
  • CULTURE
  • 落札額が100万円から1億円に急騰! 72歳の画家タカコ・ヤマグチにいま世界が熱視線を送る理由