《バイユーのタペストリー》が深夜の大英博物館に到着──環境調整を経て100人体制で設置へ

《バイユーのタペストリー》がフランス・ノルマンディーからロンドン大英博物館に到着した。9月から展示が始まる貴重な文化財貸し出しの背景には、緊迫する国際情勢における政治的意図も働いている。

2026年にイギリスへ里帰りする《バイユーのタペストリー》を鑑賞する人々(フランス・ノルマンディーのバイユー・タペストリー美術館にて撮影)。Photo: Loic Venance/AFP via Getty Images

7月10日、警察の厳重な警護の下で運ばれてきた《バイユーのタペストリー》が、夜の闇に包まれたロンドン大英博物館に到着した。約1000年の歴史を誇るこの作品は、フランスからの貸し出しによる里帰りが待ち望まれていた一方で、脆弱な文化財の移送に反対する声もあった。英タイムズ紙によると、午前2時48分に到着を出迎えたのは、在英フランス大使などの「限られた人々」だった。

移送に用いられたのは、タペストリーを宙に浮かせた状態で保持し、振動による損傷を防ぐよう設計されたケースだ。格子状のアルミニウム製フレームに囲まれた大型の黒いクレートが黄色いトラックから運び出されるのを見守る中には、目頭を熱くした関係者もいたという。大英博物館での展示を担当するキュレーター、ミリー・ホートン=インシュも、「トラックから降ろされるのを見たとき、思わず涙ぐんでしまいました」とBBCに語っている。

フランスのノルマンディー地方にあるバイユー・タペストリー美術館から貸し出され、ほぼ1000年ぶりにイギリスへ里帰りしたこの刺繍作品は、全長が約70メートルにもわたる。そこに描かれているのは、1066年のヘイスティングスの戦いへと至る経緯や、重要な歴史的転換点となった「ノルマン・コンクエスト」(ノルマン人によるイングランド征服)だ。専門家によると、制作を行ったのはイギリス・カンタベリーの修道院だとする説が有力視されている。

タペストリーの貸し出しには、フランスとイギリスの外交関係が盤石であることを示したいという政治的思惑もある。その背景になっているのは、欧州が結束して共通の敵に対峙し、現政権の気まぐれな姿勢が目立つ同盟国アメリカへの依存度を低減しようとする動きだ。これに関し、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、7月10日の英タイムズ紙に掲載された声明で次のように述べている。

「これは単に芸術作品を移動させること以上の意味を持ちます。欧州の安全保障、技術的主権、イノベーション、エネルギー問題と脱炭素化、そして民主主義のレジリエンスなど、現在直面している重大な課題に立ち向かうため、我われは共に行動することを選んだのです」

約1000年の時を経てきたタペストリーの移送には、数カ月にわたる綿密な準備が必要だった。すでに多数の穴や破れが確認されている脆弱な芸術作品をどうやって移動させるか、複数の専門家がその方法やリスクの大きさを慎重に検討する必要があったからだ。故デイヴィッド・ホックニーもイギリスへの移送は「狂気」だと批判したが、最終的にはフランスの文化遺産保護団体による法的な異議申し立てが退けられたことで、移送プロジェクトが進められることになった。マクロン大統領の声明では次のように説明されている。

「この1年間、キュレーターや修復家、技術者など、フランス、イギリス、その他の欧州諸国から集まった各チームが、並外れた献身と創意工夫をもってプロジェクトに取り組んできました。そして、セキュリティと保存の両面から、可能な限り良い条件でこの芸術作品を移送・展示するための手順が彼らの協力によって策定されました。(中略)この貸し出しは信頼の証であり、長年にわたる友好関係を体現するものであり、フランスとイギリスが共に未来を築いていくことを願う私たちの共通の思いの表れでもあります」

さらにマクロン大統領は声明の発表に先立ち、有名なドーバーの白い崖に大英博物館が投影したスライドショーの写真をSNSに投稿。そこには、タペストリーの一部の図像とともに「Merci!(ありがとう!)」という感謝の言葉が映し出されていた。

一方、大英博物館のニコラス・カリナン館長も仏ル・モンド紙への寄稿記事でこう述べている。

「自国が最も大切にしている文化遺産の一つを他国に託すという行為は、外交の枠を超えるものです。それは、信用、友情、そして何よりも信頼の表れです」

カリナン館長がタイムズ紙の取材に答えたところによると、タペストリーを新しい環境に順応させるため、今後数日間は輸送用ケースに入れたままの状態に置かれる。その後、身長が同じくらいの職員が約100人がかりで展示ケースに収める予定だ。大英博物館では作品全体を水平に広げた状態で展示されるが、これを所蔵するバイユー・タペストリー美術館では従来、馬蹄形の展示ケース内で垂直方向に展示されていた。

《バイユーのタペストリー》の展示は今秋から来年の夏まで展示される。今年いっぱいのチケットはすでに完売したが、運良く入手できた観覧希望者は、9月10日からこの歴史的な作品を目にすることができる(2027年分のチケットは10月と来年1月に発売予定)。なお、昨夏に結ばれた2国間協定に基づき、イギリス側からは、7世紀の船葬墓が見つかったサットン・フー遺跡で出土した遺物や、12世紀に作られたと見られるルイス島のチェス駒をノルマンディー地方の複数の文化機関へ貸し出す予定だ。(翻訳:石井佳子)

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