新世代コレクターが変えるワインオークション市場──「特別な体験」が価値を決める時代へ
高級ワイン市場では一時の投機的なブームが一段落し、コレクターの収集傾向にも変化が起きている。新コレクター層のニーズに、大手オークションハウスはどう応えるのか。次のフェーズへ向かう市場の動向を取材した。
今、ワイン市場は変動期にある。低金利や世界的な需要の高まりによって、さらにコロナ禍では収集価値のある資産への投機熱に後押しされ、その価格は長らく上昇を続けてきた。しかし、かつて垂涎の的だったボトルも、ほんの数年前と比べると破格とも言える価格でオークションで手に入れることができる。投機的なブームが下火になったことで評価額はより現実的な水準に戻り、希少なブルゴーニュやボルドーのワインを激しく競り合っていたコレクターたちも、現在はじっくり時間をかけて品定めをするようになっている。まさに買い手市場──どこかで聞いたような言葉だ。
市場の二極化と若い買い手の参入
コロナ禍の時期にラグジュアリー品の収集ブームが熱を帯びる中、サザビーズのワイン・スピリッツ部門は2021年に過去最高となる1億3200万ドル(最近の為替レートで約214億円、以下同)の売上を記録した。クリスティーズも同じく、ワイン・スピリッツ部門で過去最高の業績を達成している(大手オークションハウスのうちフィリップスはワインを扱っていない)。
しかし、現在のワインに対する需要は、アート市場と似た傾向を示している。5月に行われた美術品の大型オークションでは、アメリカメディア界の重鎮、故サイ・ニューハウスのコレクションから市場に初めて登場した傑作のような、極めて価値の高い作品に買い手が集まった。一方で、そうでない作品に対する買い手の関心は著しく低下している。6月にロンドンのサザビーズで行われた世界屈指のジョー・ルイス・コレクションのセールでも、魅力的な物語と申し分のない来歴を伴う作品に対する根強い人気が示された。これと同様の二極化が見られるのが高級ワイン市場で、トロフィー級のボトルや傑出した造り手には依然としてコレクターが殺到するものの、市場全体としては調整局面にある。
また、ワインの熟成を待たずに飲もうとする買い手が増加傾向にあるのも、市場に影響を与えている要因の1つだ。ワインは「収集するもの」から「飲むもの」へと急速に変化し、若い買い手はワイン生産者との交流やブドウ畑の見学ツアーといった「体験」をますます追い求めるようになっている。
歴史ある生産地でのチャリティイベントが大人気
6月末、私はブルゴーニュでこうした動きを目の当たりにする機会を得た。サザビーズのフランスにおけるワインオークション責任者、セリアン・ラヴェル・デティエンヌとともに、ブルゴーニュで行われたVIPディナーとチャリティオークションに参加したのだ。
第18回を迎える音楽とワインのフェスティバル「Musique & Vin au Clos Vougeot(クロ・ド・ヴージョ音楽祭)」に合わせて開催されたこのイベントでは、当然ながら最高級のワインが用意されていた。オークションの収益は、楽器の購入や才能ある若手音楽家がキャリアをスタートさせるための奨学金に充てられる。この地域には、こうした慈善文化が深く根付いており、オスピス・ド・ボーヌの歴史あるブドウ畑は何世紀もの間、寄付によって整備され、毎年11月に行われるオークションの収益は長年、地元の病院の運営資金になってきた。
5品のコースディナーは、12世紀に建てられたシャトー・デュ・クロ・ド・ヴージョで振る舞われた。古都ボーヌでヨハネス・ブラームスの交響曲第2番ニ長調の演奏を聴いた後、参加者一行は黒い車を連ね、ブドウ畑を抜けてディナー会場へ向かった。猛暑で巨大なコンサートホールがサウナ状態だったので、エアコンの効いた車内は天国のようだった。
石油マネーが湾岸諸国を変貌させ、超高層ビルが林立する都市国家が出現したように、何世紀にもわたるワインマネーがブルゴーニュ地方の一角を農業とラグジュアリーの融合したオアシスへと変貌させた。驚いたのは、多数のアメリカ人や中国人のワイン愛好家が遠路はるばる駆けつけていたことだけではなく、彼らが非常に若いことだ。テック業界や金融の世界で活躍する若者たちが由緒あるブルゴーニュの名門一族と交流する会場には、地元の「ヴィニュロン」(ブドウ栽培からワイン醸造までを一貫して手がける造り手)の姿もあり、その控えめで地に足のついた佇まいは、富をちらつかせる国際的なコレクターたちとは対照的だった。ヴィニュロンたちはロックスターさながらの扱いで、陽気に騒ぐ約400人のゲストから一緒に写真を撮りたいとせがまれていた。
この夜のチャリティオークションの競売人、ジョージ・レイシー(サザビーズのアジア・ラグジュアリー事業責任者)は、会場の喧騒の中で声を張り上げ、見事な手腕を発揮した。会場で入札していたのは20人程度だったが、わずか14ロットで30万ユーロ(約5600万円)近い落札額を達成したのだ。また、同時開催された51ロットのオンラインオークションでは、20万ユーロ(約3700万円)弱の売り上げを記録した(手数料を除く)。最高額で落札されたボトルの1つは、ドメーヌ・ルフレーヴのバタール・モンラッシェ2013年(マグナムボトル、4人分のワインテイスティング付き)で、4万6000ユーロ(約860万円)だった。チャリティオークションでもあり、ゲストたちがワインに酔っていたことを考えれば、入札者は通常のオークションより気前が良かったのだろう。ちなみに、サザビーズも慈善活動に協力するため、この夜は手数料を大幅に引き下げていた。
新しいコレクターは質とストーリーを重視
「Musique & Vin au Clos Vougeot」との提携で、サザビーズはワインコレクターの超富裕層コミュニティに入り込むことに成功した。こうしたワインコレクターの多くは、美術品やその他の高級品の購入層でもある。さらに、ワイン業界で成長を続ける体験経済において不可欠な存在である、ワイン生産者たちとの関係強化にもつながっている。
きめ細やかなサービスで次々とグラン・クリュ(特級畑)のワインが運ばれてくる中、サザビーズのラヴェル・デティエンヌは、この層の買い手は「品質」と「ワインにまつわる物語」を求めていると語った。確かに市場は低迷してはいるが、だからといってワインを買う人々がいなくなったわけではない。
「熱狂的なブームは去ったかもしれませんが、ワインへの情熱は消えていません。コレクターが市場から消えたわけではないのです。ただ、適切な価格で手に入る、納得のいくワインを探しているだけです……彼らに『入札しよう』と思わせる理由を提供しなくてはなりません」
サザビーズの最近のワインオークションの結果は、最高級品への需要が堅調である一方、比較的新しいヴィンテージの市場は軟調であることを示している。ラヴェル・デティエンヌによると、樽で熟成中のワインを瓶詰め・出荷前に先行購入する「アン・プリムール(先物)」などのプライマリーマーケットが特に苦戦している。これは、ワインを実際に味わえるようになる何年も前に資金を投じることにコレクターが消極的になっているためだという。ワインの保管は場所を取り、倉庫を借りるとなれば費用もかかる。誰もが広いワインセラーを所有しているわけではないのだ。
「プライマリーマーケットは依然として非常に厳しい状況です。価格が高止まりし、下がる見込みは薄いでしょう」
熟成よりも「今すぐ楽しめる」ワインを
しかし、最近では成功例もいくつかある。この5月、ニューヨークで開催されたサザビーズのオークション「Immortal Vintages | 200 Years of Bordeaux(不朽のヴィンテージ|ボルドーの200年)」は、210万ドル(約3億4000万円)の売上を記録し、予想落札額の最低ラインとされた85万ドル(約1億3800万円)の2倍を上回った。また、香港ではサザビーズ初の「Wine & Spirits Festival Week(ワイン&スピリッツ・フェスティバル・ウィーク)」を開催。売上高は1300万ドル(約21億円)で、ロットごとの平均価格は予想最低価格の130%に達した。
クリスティーズでも、顧客の間で似た変化が見られるという。同社のワイン・スピリッツ・プライベートセールス部門のグローバル責任者であるアダム・ビルビーは、ラヴェル・デティエンヌと同様、市場の目はより厳しくなり、コレクターが産地や歴史との深いつながりを感じさせるワインに注目する傾向が強くなっていると語る。
「新しい世代のコレクターが参入してきていますが、そのコレクションの仕方はこれまでとは異なります。必ずしもワインを20年、30年と熟成させるのではなく、むしろ今すぐ楽しめるワインを求め、造り手や産地の個性を感じさせるワイン、ストーリー性のあるボトルを望んでいます。誰もがワインの生産者に会いたい、ワイナリーに行きたいと考える今、市場はまさに新たなステージに進んでいると言えます。ワインの収集を始めた人が、次に望むのはワイナリーを訪れ、生産者に会い、その物語を知ることなのです」
現在のラグジュアリー市場で焦点となっているのは、特別なアクセスや体験に対する需要の高さだ。そして各オークションハウスは、コレクターとコレクターが購入する品を取り巻く世界との橋渡し役としての活動に、ますます積極的に取り組むようになっている。電話取材に応じたサザビーズのワイン・スピリッツ部門グローバル責任者、ニック・ペグナによると、同社はVIP顧客向けにエクスクルーシブなワイン試飲会やブドウ畑へのツアーを企画しているほか、顧客を著名なワイン生産者に紹介し、オークションで購入したワインの樽の熟成を支援するよう働きかけていると語った。
一方、クリスティーズのワイン販売では、2020年から2025年にかけて入札者数と購入者数が43%増加。同期間中、落札額と手数料を合わせた収益は5020万ドル(約81億3000万円)から8880万ドル(約143億9000万円)へと上昇し、76.9%増となった。当然ながら、これらの数字にはコロナ禍での好況が反映されているため、市場がパンデミック以前のピーク時まで戻ったと解釈すべきではない。ここから分かるのは、コレクターが購入対象や支払額についてより慎重で選択的になっているにもかかわらず、最高級ワインに対する需要が根強いことだ。
消費量の減少と気候変動が与える影響
しかし、ブルゴーニュの華やかなワイン文化の陰で、生産者たちは深刻な課題に直面している。若い世代の飲酒量は減り、気候変動の影響で醸造法やブドウ産地に関して何世紀も通念とされていたことを見直す必要もある。チャリティオークションの翌日、オスピス・ド・ボーヌのブドウ畑を見学する私たちに、このドメーヌの統括監督兼醸造責任者であるリュディヴィーヌ・グリヴォーは、最近の熱波がブドウの木に与えた影響を説明してくれた。グリヴォーには、ボーヌの病院の運営資金を賄うために卓越したワインを生産しなければならないという重責がのしかかり、そのプレッシャーは並大抵のものではないようだ。
このように課題はあるが、クリスティーズのビルビーは楽観的で、消費量の減少は必ずしも脅威ではないと主張する。コレクターたちが購入本数を減らしているのは事実だが、より高品質なワインを選び、生産者とのつながりを深める方向に向かっていると彼は言う。
「飲む量は減っていますが、より質の高いワインを飲むようになっています。月曜から木曜までは飲まないかもしれません。でも、金曜日の夜にはとびきり上質なワインのボトルを開けたいと考えるのです」
サザビーズの最新情報からは、ワインのオークション市場がどう進化しているかが見て取れる。10月1日にパリのサザビーズは、ボルドー5大シャトーの1つ、シャトー・オー・ブリオンをディロン家が所有するようになって90年が経つのを記念し、同シャトーから直接仕入れた約700ロットを競売にかける。しかも、このオークションの魅力はボトルに入ったワインだけにあるのではない。今回のセールでは、コレクターがシャトーを訪問し、その歴史やワイン造りを支える生産者を知るオーダーメイドの体験も提供される。サザビーズのペグナはこう強調した。
「コレクターの間では、来歴が完璧で、直接シャトーから調達したワインを求める動きが高まっています。今回のオークションは、サザビーズがこれまでワインの市場に提供してきた中でも、とりわけ見逃せないチャンスなのです」(翻訳:清水玲奈)
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