恐竜化石の専門ディーラーに聞く、市場の成長と変化──需要があるのは「物語性のある標本」

7月中旬、ティラノサウルスの骨格標本がサザビーズで史上最高額の約81億円で落札された。このニュースが象徴するように、近年、恐竜化石市場への関心が高まっている。専門家に、市場の成長に伴う変化やコレクターが重視する点などについて聞いた。

恐竜化石や自然史関連の品などを専門に扱うデイヴィッド・アーロン・ギャラリーのサル・アーロン。Photo: Courtesy David Aaron Gallery
恐竜化石や自然史関連の品などを専門に扱うデイヴィッド・アーロン・ギャラリーのサル・アーロン。Photo: Courtesy David Aaron Gallery

1997年、サザビーズで6700万年前のティラノサウルス・レックスの全身骨格「スー」が840万ドル(最近の為替レートで約13億6000万円、以下同)で落札された。それは、恐竜化石に対するアート界の見方を一変させる出来事だった。それから30年近くが経過した今、この市場は劇的に拡大している。2020年にはクリスティーズで「スタン」と名付けられたティラノサウルスが3180万ドル(約51億6000万円)で落札され、2024年には、サザビーズでほぼ完全なステゴサウルスの骨格「エイペックス」が4460万ドル(約72億円3000万円)という新たな記録を打ち立てた。

そして7月14日、これまでに発見された中でも有数の大きさで、最も完全な状態に近いティラノサウルスの骨格標本「ガス」が、サザビーズに驚きの結果をもたらした。6700万年前にさかのぼるこの骨格標本は、高さ約3.6メートル、全長は約12メートルあり、予想落札価格は3000万ドル(約49億円)とされていた。ところが、自然史、宇宙探査、科学技術史という3分野のセールで構成された「ギーク・ウィーク」の目玉だった「ガス」は、14日の午前中に手数料込み5010万ドル(約81億2000万円)で落札され、オークションで取引された化石の史上最高額を見事樹立している。

恐竜化石市場の成長は、ディーラー、発掘者、専門家からなる新たなエコシステムを生んだが、そこで活躍する1人がロンドンのデイヴィッド・アーロン・ギャラリーのディレクター、サル・アーロンだ。同ギャラリーは化石や古代遺物、自然史関連の品を専門に扱っており、最近新種と認められた恐竜「エニグマカーソル」を含む重要な恐竜の骨格標本を各地の展示機関などに提供している。ちなみに、エニグマカーソルは現在、ロンドン自然史博物館で見ることができる。

US版ARTnewsは、恐竜化石収集の盛り上がりや傑出した標本の市場動向、そして発掘現場から展示施設へ化石を届けるプロセスなどについてアーロンに話を聞いた。

──サザビーズがこの分野を開拓したことで、恐竜化石はオークション市場のメインストリームに位置付けられるようになりました。ディーラーとして、それはプラスに働いたと思いますか? 

オークションハウスが恐竜化石の分野に参入したことは、圧倒的にプラスだったと思います。「スー」や「スタン」、そして先日の「ガス」といったティラノサウルス・レックスの標本が記録的な高値を付けたことで、収集対象としての化石に大きな注目が集まり、新たな層がこの分野を知ることになりました。

そうした認知の拡大によってこの分野への投資も増えており、結果としてより多くの化石が発見・研究され、恐竜に対する理解が深まっています。まだまだ解明すべきことは多いですし、重要標本はどれも新たな知見をもたらす可能性を秘めています。

──デイヴィッド・アーロン・ギャラリーはオークションハウスとは異なり、主にプライベートセールを通じて標本を販売しています。そうしたアプローチの利点を教えてください。

私たちは可能な限り、博物館などの文化機関に提供することを優先しています。学術的価値の高いものについては特にそうです。プライベートセールであれば販売する相手を選別できますし、博物館を優先することもできます。

博物館の購入手続きは個人コレクターより時間がかかるため、私たちは検討の時間を十分確保するよう努めています。その好例がエニグマカーソルです。この骨格標本の場合は、個人の支援者が買い手となり、研究と一般公開のためにロンドン自然史博物館へ寄贈されました。

約6700万年前のティラノサウルス・レックス「ガス」は、サザビーズで5000万ドル以上で落札された。 Photo Matthew Sherman/Courtesy Sotheby’s
約6700万年前のティラノサウルス・レックス「ガス」は、サザビーズで5000万ドル以上で落札された。 Photo Matthew Sherman/Courtesy Sotheby’s

──あなたが扱う恐竜化石のほとんどはアメリカで発掘されたものです。アメリカがこれほど重要な発見地となっているのはなぜですか?

私たちがアメリカの恐竜だけを扱っているのは、私有地で発見された化石に関する明確な法的枠組みがあるからです。私有地で発見された恐竜は、土地の所有者の許可があれば合法的に販売・輸出することができます。

また現在のアメリカ西部には、ティラノサウルス・レックス、トリケラトプス、ディプロドクスなど、これまでに発見された恐竜の中でも知名度の高い種が生息していました。モンタナ州やワイオミング州、ユタ州などでは、地質的条件が揃っているので特に多くの恐竜が発見されています。

──現在、恐竜化石を購入しているのはどのような人々ですか? また、コレクター層に変化はありますか?

中東やアジアで新しい展示施設が開設されていることもあり、依然として博物館は重要な存在です。個人コレクターは多岐にわたりますが、最近では特にテクノロジーや科学分野で働く若い世代からの関心が高まっています。

また一部には、従来の収集カテゴリーにとらわれず、魅力的な物語のある希少な品々に関心を寄せるコレクターもいます。恐竜の化石は、希少性、歴史、そして自然界との直接的なつながりを兼ね備えているため、そうした層の関心にぴったりはまります。

──近年、この市場では驚異的な高値が付くことが度々ありました。メディアで注目されるようなこうした事例は市場全体を反映していると言えるのでしょうか。

美術品市場と同様、注目を集めるセールはこの分野の最上位層のものです。恐竜の化石の場合、歯や断片なら数千ポンド(数十万円〜)、極めて優れた骨格標本なら数千万ポンド(数十億円〜)と、幅広い価格帯で取引されています。

完全に近い状態で、希少性が高く、来歴がしっかりした最高レベルの標本は、今後も高値で取引されるでしょう。市場が成熟するにつれ、傑出した標本の価格はさらに高騰すると思います。

──恐竜の化石を販売する上で最大の課題は?

最大の課題は、化石の発見から発掘までに要する時間です。そのプロセスにどれほど時間がかかるかについて、一般にはあまり知られていません。これについては、偶然の要素や経験豊富な恐竜ハンターとの関係、発掘現場の気象条件に大きく左右されます。

恐竜化石を発掘するだけでも2~3年ほどかかり、その後もクリーニングや保存処理、展示に向けた組み立て作業など、いくつもの工程があります。私たちは数十年にわたりアート業界で培った経験を活かし、最高の水準でこれらの作業に取り組んでいます。

──市場の成長に伴って、コレクター間で関心が高まっていることは何ですか?

コレクターは、法的な所有権、来歴、完全性、希少性について、ますます敏感になってきています。ティラノサウルス・レックス、ディプロドクス、ステゴサウルス、ヴェロキラプトルなど、大衆文化を通じて有名になった種は、引き続き人気があります。

標本の価値を決める主な要素は完全性です。さらに希少性、保存状態、科学的価値の全てが、その魅力に寄与します。また、優れた標本とは、ほかの標本と一線を画すような物語性を持つものです。

──デイヴィッド・アーロン・ギャラリーは2023年のフリーズ・マスターズで、「チョンパー」の愛称がを持つティラノサウルスの幼体標本を展示しました。また、新種の小型恐竜エニグマカーソルが自然史博物館へ寄贈される際の手助けもしています。これまでに扱ってきた標本のうち、最も印象に残っているものは何ですか?

「チョンパー」は、完全に近い状態の頭蓋骨を持つ並外れた標本でした。フリーズ・マスターズへのティラノサウルスの幼体標本の出展は、著名な美術作品と同じ場で恐竜の化石を展示するという画期的な試みだったと言えます。異なるタイプの収集品の間に予期せぬ対話が生まれ、より広い文化的文脈の中で化石を鑑賞してもらえることを証明できました。

エニグマカーソルもまた、忘れられない案件の1つです。入手した当初、この標本はナノサウルスに分類されていましたが、自然史博物館のキュレーターに見せたところ、新種であることが分かりました。そこで私たちはその化石を確保し、付き合いのある顧客に働きかけて博物館への寄贈を前提にそれを取得してもらったのです。

新種の恐竜の発見に関わり、その研究や一般公開に向けて力になれたことは、素晴らしい経験でした。これこそが、この分野が今も非常に刺激的な理由の1つです。どの標本も、何らかの新しい発見をもたらす可能性を秘めているのですから。(翻訳:野澤朋代)

from ARTnews

あわせて読みたい