釜山ビエンナーレ2026レビュー──音と身体でたどる、抵抗の歴史と現在
8月29日、釜山ビエンナーレ2026「Dissident Chorus(不協和する合唱)」が開幕した。本展は音や身体を抵抗と連帯の言語として扱い、釜山の歴史に光を当てている。奇しくもその開幕期、釜山ではライブクラブが観客のダンスを理由に営業停止処分を受けたことが話題に。現在進行系の問題とも重なる本展の様子を、現地からレポートする。

音を抵抗と連帯の言語として扱う
2026年8月29日、釜山ビエンナーレ2026が開幕した。今回のテーマは「Dissident Chorus(不協和する合唱)」。共同芸術監督を務めるアマル・カラフとエヴリン・シモンズは、音を「水のように封じ込めへ抵抗し、境界を侵食し、許可なく記憶を運ぶ」ものと定義し、歌やリズム、呼吸、身体の震えといった要素を抵抗と連帯の言語として扱うと述べている。カラフはロンドンのサーペンタイン・ギャラリーズで2009年から2023年までキュレーターとして活動し、市民との協働に取り組んできた。シモンズはベルギーの音楽・アートフェスティバル「Horst」の芸術監督を務めており、オーセンティックな現代美術の領域というよりむしろ、横断的な活動を展開してきたふたりだと言えるだろう。
そんなふたりのバックグラウンドは、キュレーションにも反映されている。日本では『ゲド戦記』でよく知られるアーシュラ・K・ル=グウィンや、デトロイトのエレクトロ/テクノを通じて黒人の歴史を海底文明の神話へと編みなおすDrexciya、AIDSアクティビストが結成したサウンド・コレクティブのUltra-red、釜山に拠点を置く民間アーカイブ「The House of Korean Protest Songs」など、文学や音楽、社会運動にもまたがる22カ国・46組が名を連ねている。
今回の会場は釜山現代美術館、築約100年の港湾倉庫を転用したSpace OneZ、そして今年初頭に学校が移転して空いた旧釜山南高等学校の3カ所だ。公式には3会場を「3つの楽章」と位置づけ、それぞれの歴史や環境に応じた展示を組み立てている。イ・ドングンやルイス・ロケ、イム・ミヌクの新作に加え、既存の作品を釜山版として組み直したものや、会場の建物そのものを支持体にしたサイトスペシフィックな作品が目立つ。土地や建物との強い結びつきは、近年の釜山ビエンナーレの大きな特徴のひとつでもあるだろう。
教育制度からこぼれ落ちた記憶をすくい取る
学校の校舎がそのまま残された旧釜山南高等学校は、制度教育に収まらない知識や口承の歴史、検閲された資料を通じて、別の学び方を試す場と位置づけられている。
たとえば釜山を拠点とするイ・ドングンの《Three Islands》は、沖縄、台湾の金門島、釜山の加徳島を、国家が軍事と開発の前線として繰り返し利用してきた場として描く、写真・映像・アーカイブによる三部作だ。金門島のパートでは中台関係を報じる中国・台湾・米国のメディアの政治用語が壁に三列で並び、同じ出来事をめぐる語彙の差異を示す。一方、加徳島については住民への聞き取りからつくられた冊子が床に並べられ、観客は座って読み進めるようになっており、国家の言葉と生活者の記憶の隔たりが、展示の配置にも表れている。
Ultra-redの《Protocols for Busan》では、校舎の外に立てたマイクが釜山の音を教室へ送りつづけている。観客は2分間それを聴き、聞き取った音を黒板に書き残し、ほかの観客と話し合う。開幕日には活動家や住民とともに、海岸線と島々の開発をめぐるサウンドウォークも実施された。「The House of Korean Protest Songs」は民主化運動や労働運動の歌のレコードと楽譜を展示し、ヘッドフォンとベンチを備えたリスニング・ライブラリーが設けられており、社会運動のなかで受け継がれた歌を直接的に参照できる場となっている。
さらにベンジー・ラーは31本の映像を通じてトランスジェンダーや先住民のコミュニティを研究対象ではなく“教師”として提示する。旧釜山南高等学校は、知識を伝える側と学ぶ側の関係を問いなおし、新たな学びの場をつくっていると言えるだろう。
労働の歴史を海から描き出す
釜山港の南に位置する影島の海辺に立つSpace OneZは、海を舞台とする生存と抵抗の歴史を、労働歌やプロテスト・ソング、水中の神話を通してたどる会場だ。船舶用品の貸し出しに使われた倉庫の壁には、荷物の往来や働く人々の痕跡も残っている。
2024年のヴェネチア・ビエンナーレでフランス代表を務めたジュリアン・クルーゼは、逃亡奴隷の共同体を率いた人物、ズンビ・ドス・パルマーレスを大西洋の海底で再生させ、Drexciyaとアブ・カディム・ハックによる地図群は、奴隷船から海へ投げ込まれた人々の子孫が海底文明を築くという神話を三角貿易の海図に重ねる。フィリピン出身の元船員ジョアール・ソンクヤは、約10年におよぶ乗船経験から100点を超える小さな絵画を描き、倉庫の金網で展示している。火災や事故、救助、甲板の反復作業を描くこの連作は、海をロマンティックな風景ではなく危険な労働環境として提示しており、海底神話を現在の物流を支える身体へと接地させるものだ。
音を扱う作品も、この倉庫の性格をよく活かしていた。ジョタ・モンバサは釜山沖でハイドロフォンが拾った水中音に影島区の女性合唱団が応答する音響空間をつくる。ブラヒム・タルの作品では、録音した19人それぞれの身長に合わせてスピーカーが置かれ、観客が空間に入ると、ささやき声が大きくなり、合唱へと変わる。イム・ミヌクは、2009年に漢江の遊覧船から岸辺に現れる告白や抗議を目撃させたパフォーマンスの記録を3面のスクリーンで上映し、会期の最終盤にはクルーズ船上で釜山の民主化と労働の記憶をたどる新作が発表される予定だという。屋根の隙間から差し込む光と海風のなかで、作品同士の音は金網を越えて漏れ、混ざり合う。その混在もまた、今年のテーマを表したものだろう。
音の政治学と釜山の歴史の接続
「生態系の宝庫」と呼ばれる乙淑島生態公園に立つ釜山現代美術館では、周囲の生態系を背景に、ケアや再生、別の世界を構想する作品が集められていた。
ここでは、ほかの会場でも作品を展開したアーティストたちが再び展示を行っており、展覧会全体をつなぐ役割を担っている。たとえばデュー・キムは、十字架型のマイクスタンドとパイプオルガンを据えた祭壇状の舞台を美術館に置き、崇拝の中心が消えたあとの廃墟を旧校舎に配することで、ふたつの会場をひとつの作品として結んでいる。
ソンクヤも、倉庫で示した船上の経験を、各4メートルを超える6本の巻物からなる「10年間の世界一周」へと展開した。カン・ソギョンは、韓国伝統音楽の記譜法である井間譜の升目を出発点に、格子や織物、鋼の線で構成した彫刻を並べ、複数の身体がひとつに溶け合わずに共存するかたちを探っている。
合唱という行為の政治性を異なる方向から示すのは、タイ・シャニとリュ・ソンシルだ。シャニの《M.I.A.S.M.A.》は、国家の命令に背いて兄を埋葬したアンティゴネーを題材にした12声部の合唱を巨大な壁状の彫刻から流し、どんな死の追悼が公的に許されれてきたのか問いかける。一方、リュの《TEN THOUSAND DREAMS》では、産業用リフトに固定された12体の人形が、夢を見ろ/生産しろ/成長しろと現代社会の資本主義を駆動するメッセージを子どもたちの明るい合唱で表現する。合唱が連帯だけでなく動員の形式にもなりうることを示す作品だ。
釜山現代美術館の展示は、複数の会場で提示されてきた音の政治学を釜山の歴史へと接地させるものでもある。入口のステートメントでは、釜馬民主抗争や2016〜17年のろうそく集会、2024年の戒厳令に抗議してK-POPのペンライトが掲げられた集会、2011年に労働運動家キム・ジンスクが韓進重工業のクレーン上で309日間続けた籠城といった、音と身体が権威主義に対抗してきた系譜が示され、地下や夜間の一時的な自律圏で再発明されてきた音楽とクラブ文化を、その遺産として継承すると書かれている。今回ビエンナーレの公式グッズとして販売されたペンライトも、流行りに乗ったアイテムというより、こうした連帯の象徴として提示されたものなのだろう。
踊りが禁じられたライブクラブで
過去の釜山ビエンナーレと比べることで見えてくるのは、今回のビエンナーレがこれまでとは異なるかたちで土地の歴史を伝えていることだ。たとえば2022年は「波」をモチーフに港湾都市の近代史が描かれており、倉庫街や高台の住宅街を歩いて展示を巡ることそのものが、その歴史に触れる体験になっていた。今年は、展示やステートメントが具体的な事件や運動を明示することで、釜山の歴史との結びつきを前面に出している。「韓国民衆歌謡の家」の参画も、歌を生んだ社会運動をそのまま会場へ持ち込むものだ。都市を歩くなかで歴史を感じ取る構成に対し、今年はその担い手や出来事が、より直接的に観客へ差し出されていた。
そして奇しくも、本展の開幕期に、釜山では音と身体の動きをめぐる問題が起きていた。釜山の老舗ライブクラブ「オバンガルド」が、ライブ中に観客が踊ったことを理由に、8月26日から2カ月の営業停止処分を受けたのである。
韓国では「一般飲食店」でライブ演奏が認められる一方、店が客のダンスを許すことは食品衛生法上、原則として禁じられている(ソウルの一部では条例による例外もあるが、同店のある釜山・南区にはない)。「公演場」として登録するにも安全設備の整備などが求められ、酒類を売るには別区画で飲食店の届出が必要になるうえ、客席では飲酒できないとされる。演奏と踊り、飲食が一体となった小規模なライブ空間を、既存の業種区分では支えにくい状況にある。
音楽家たちが抗議するなか、8月31日には文化体育観光部長官のチェ・フィヨンがXで、ライブは許されても踊りが禁じられる状況を早急に改める考えを示した。9月には、小規模な公演空間への支援や観客の自然な反応としてのダンスを認めるため、与野党の議員から関連法の改正案が提出されている。
ほかの鑑賞者とともに街の音を聴く教室や観客の存在に反応する合唱を体験したあとでは、集まった人々の踊りが規制されたこの事件を、展示と無関係なものと受け止めることは難しくなる。音と身体による連帯は、人々が集まり、踊れる場所があってこそ成り立つものでもあるだろう。クラブ文化を解放闘争の遺産として掲げた本展の足元でこうした場所をどう維持するのかという現代進行形の問題が起きていたことで、図らずも今年のビエンナーレの同時代性が浮き彫りになったと言えそうだ。
釜山ビエンナーレ2026「Dissident Chorus」
会期:2026年8月29日(土)〜11月1日(日)
場所:釜山現代美術館、Space OneZ、旧釜山南高等学校
時間:10:00〜18:00
休館日:月曜(10月5日は開館、翌6日は休館)















































