アートは現代の危機をどう映し出すのか。フリーズ・ロンドン、ベスト10作品

10月18日に閉幕したフリーズ・ロンドン2026には、170以上のギャラリーが集結した。気候変動や女性の労働、AIなど、現代社会のさまざまな問題に目を向けた作品が並んだ会場から、特に印象的だった10作品を紹介する。

フリーズ・ロンドン2026の展示風景。写真はacbギャラリーで展示されたセルマ・セルマンの作品群。Photo: Linda Nylind/Courtesy Frieze

170以上の出展者が集った2026年のフリーズ・ロンドンでは、複数の素材を組み合わせたインスタレーションから、先住民の伝統的な織物に着想を得たテキスタイル作品、ファウンド・オブジェクト、インタラクティブなデジタル作品まで、さまざまな表現が見られた。作品が扱うテーマも幅広く、気候変動や人間のライフサイクル、AIがはらむ危うさなど、現代社会が直面する問題に取り組むアーティストたちの作品が目立った。

リージェンツ・パークで10月18日まで開催された同フェアから、印象に残った10作品を紹介する。

Emma Stibbon/Cristea Roberts Gallery(エマ・スティボン/クリスティー・ローバーツ・ギャラリー)

クリスティー・ローバーツ・ギャラリーで展示されたエマ・スティボンの作品。Photo : Emi Eleode for ARTnews

エマ・スティボン(Emma Stibbon)は、イギリス沿岸の岩壁をブース内に再現したサイトスペシフィックなインスタレーションを発表し、気候変動が沿岸部にもたらす変化に目を向けた。約3メートルに及ぶミクストメディア作品《Rock Fall, Bideford Bay》(2025)の足元には、イングランド南西部デヴォン州のグリーン・クリフで採取された岩が敷き詰められている。スティボンは、ノーフォークやドーセット、サセックスの海岸で採取した砂岩、粘土、頁岩、石灰岩を砕いて顔料を作り、その土地の素材を使って風景を描き出すことで、イギリス沿岸で急速に進む海岸浸食を記録している。こうした手法によって、極地の氷の融解や海面上昇といった現象を身近な環境と結びつけ、気候危機が決して遠い世界の出来事ではないことを訴えかける。その危機意識は、《Seaford Head, Sussex》(2026)や《Fallen Fence Happisburgh》(2026)といったドローイング作品にも通底する。スティボンは、その土地の素材を使って風景を描くことで、海岸浸食によって失われゆく地質学的記録を作品にとどめているのだ。

Jun Martinez/Cecilia Brunson Projects(フン・マルティネス/セシリア・ブランソン・プロジェクツ)

フン・マルティネス《On Disturbed Land and Abandoned Pastures (Roble Blanco del Caribe) I-III》(2026) Photo : Courtesy the artist and Cecilia Brunson Projects

セシリア・ブランソン・プロジェクツのブース中央には、フン・マルティネスによる5枚組の絵画《On Disturbed Land and Abandoned Pastures (Roble Blanco del Caribe) I-III》(2026)が展示されていた。鮮やかな青を背景に、紫、白、緑、茶色で描かれているのは、カリブ海地域に自生するロブレ・ブランコの葉や花だ。マルティネスにとってこの木は、作品のモチーフであると同時に、カリブ海の生態系がもつ生存と再生の力を象徴する存在でもある。故郷プエルトリコの豊かながらも脆弱な生物多様性を、現代社会が自然環境に与える負荷やアメリカとの政治的関係と重ね合わせ、風景を歴史や記憶を宿すものとして描いている。ロンドンを拠点に活動するマルティネスは、こうした土地に根差した視点と西洋絵画の伝統的な手法を結びつけ、植民地主義の歴史にも目を向けている。

Eilen Itzel do Espírito Santo/Bolanle Contemporary(エイレン・イツェル・ド・エスピリトゥ・サント/ボランレ・コンテンポラリー)

ボランレ・コンテンポラリーのブースで展開されたエイレン・イツェル・ド・エスピリトゥ・サントの作品群。Photo : Linda Nylind/Courtesy Frieze

アフロ・ドミニカ系のルーツをもつアメリカ人アーティストのエイレン・イツェル・ド・エスピリトゥ・サント(Eilen Itzel do Espírito Santo)は、作家同士の推薦にもとづく個展形式のブースを展開するセクション「Artist-to-Artist」で、フリーズに初出展した。赤い床と淡いピンク色の壁で構成されたブースには、カリブ海の文化に着想を得た色鮮やかな絵画と、セメントや土、粘土、小枝などを用いた立体作品が並んだ。ド・エスピリトゥ・サントは、作品を生み出す行為と子宮で生命を育む営みを重ね合わせて生と死の循環を探求し、祖先の霊やヨルバ神話に登場する創造神オバタラとの結びつきを通じて、共同体が受け継いできた記憶を表現している。こうした作品を通して、アフリカン・ディアスポラの多様な文化を讃えるとともに、植民地主義の歴史を生き抜いてきた人々の強さを描き出した。

Jayeeta Chatterjee/Chemould CoLab(ジャイェータ・チャテルジー/ケモールド・コラボ)

ジャイェータ・チャテルジー《The Infinite Weft》(2026) Photo : Linda Nylind/Courtesy Frieze

インド出身のアーティスト、ジャイェータ・チャテルジー(Jayeeta Chatterjee)は、緻密に作られたテキスタイル作品を通じて、女性の労働と主体性を探求している。展示の中心となるのは、巨大なタペストリー《The Infinite Weft》(2026)だ。この作品は、リサイクルされたサリーに木版画で人物像を刷り込み、消滅の危機に瀕しているベンガル地方の伝統的な刺繍技法、ノクシカタを用いて縫い合わせたものだ。手縫いで仕上げられたタペストリーには、仕事と家庭生活の間でさまざまな役割を担う女性たちの姿が描かれている。チャテルジーは、インド南部カルナータカ州のハンピで滞在制作をしていた際、伝統織物ボムカイを手がける工房で働く女性たちを撮影した。彼女たちの多くは、この仕事を通じて初めて家庭の外で働き、経済的自立を目指していた。チャテルジーは、被写体となった女性たちから直接譲り受けた古着のサリーに彼女たちの姿を刷り込むことで、その日常を布そのものに記録している。さらに、女性たちとの会話を録音し、その音声波形を刺繍の図柄に取り入れた。作品の構図には、日々繰り返される家事や織物制作のリズムとともに、工房での共同作業を通じて育まれた女性たちのつながりが反映されている。こうした表現によって、これまで見過ごされてきた女性たちの労働や日常生活に光を当てている。

Payne Zhu/SPURS Gallery(ペイン・チュー/スパーズ・ギャラリー)

ペイン・チュー《Anal Intelligence》(2026) Photo : Emi Eleode for ARTnews

人間の消化の仕組みになぞらえてAIのあり方を考察するペイン・チュー(Payne Zhu)は、本フェアで《Anal Intelligence》(2026)と題された作品を発表した。2点の絵画とリアルタイムで生成される映像からなる展示では、過剰消費とデジタルコンテンツの「過剰摂取」をテーマに据えている。インスタレーションでは、大量の食事をする様子を映したモッパン動画や購入品の紹介動画、ミュージックビデオなどを、ドローン映像やゲームエンジンを用いて生成した映像と組み合わせている。こうした多様な映像を混在させることで、チューは現代のAIを、知的な存在というよりも、膨大なデータを取り込み、処理し続けるシステムとして捉えている。そこでは、人間の行動や感情さえもデータとして抽出され、際限なく拡大するネットワークを維持するための資源となっていく。チューはこのように、データの生産と消費が絶えず繰り返される構造を、人間の消化活動になぞらえて表現した。私たちがデジタル空間でコンテンツを消費する一方、その行動自体が新たなデータとして取り込まれ、さらなる消費を生み出していく仕組みに疑問を投げかけている。

Cynthia Talmadge/Ellie Rines Gallery(シンシア・タルマッジ/エリー・ラインズ・ギャラリー)

シンシア・タルマッジの没入方インスタレーション《Mitford/Soong》(2026) Photo: Emi Elode for ARTnews

ニューヨークを拠点とするアーティスト、シンシア・タルマッジ(Cynthia Talmadge)の没入型インスタレーション《Mitford/Soong》は、20世紀の社交界で名を馳せたイギリスのミットフォード家と中国の宋家という、2つの名家を考察する作品。展示された4点の絵画は、一見するとアール・デコ様式を思わせるが、近づいて見ると、粒子のように細かな点描の筆致が浮かび上がる。暗く、周辺部をぼかした色調で描かれた作品はまるで古い映画の一場面のようだ。傾いたカメラアングル(ダッチアングル)や強い陰影を取り入れることで、ホラー映画のような物語を生み出している。タルマッジは、ドイツ表現主義や初期の中国映画から着想を得て、歴史的トラウマ、ジェンダー、ソフトパワーという観点から、2つの家系の女性たちを結びつける。特注の壁紙と、心理的な自画像として機能する8点のピンボードを模したトロンプ・ルイユに囲まれたブースでは、家庭内の親密さと歴史上の残酷さが交錯し、複雑に絡み合うテーマを演劇的な空間の中で探究している。

Denzil Forrester/Thaddeus Ropac(デンジル・フォレスター/タデウス・ロパック)

デンジル・フォレスター《Yard》(2025) Photo: Photo : ©Denzil Forrest/Courtesy the artist and Thaddaeus Ropac

生き生きとした躍動感にあふるデンジル・フォレスター(Denzil Forrester)による2点の大型油彩画は、ナイトクラブを喜びや音楽、精神的な充足の場として描く一方で、その背後に潜む政治的な緊張やノスタルジーも映し出している。《Professor Version》(2025)では、ダンスホールの活気に満ちたエネルギーを捉え、フロアで踊る4人の人物の奥にはDJ機材を操る2人のDJの姿が認められる。対照的に、《Yard》(2025)では、先の尖ったヘルメットをかぶった制服姿の警察官たちが庭先のパーティーに押し入り、中央でレコードを回すDJを取り囲む場面が描かれる。両作品に共通するのは、宝石を思わせる幾何学的な造形だ。ストロボライトによって細部がダイヤモンドのような形に分断され、夢の中のような曖昧さを生み出している。フォレスターは、現在暮らすイギリス南西部コーンウォールの風景や、グレナダ、ローマでの記憶に影響を受け、紫、温かみのある琥珀色、氷のように冷たい青を用いる。レゲエのダブDJが楽曲をリミックスするように、自身のアーカイブに登場する人物像を再構成することで、身振りや動作、そして都市生活に根強く残る緊張感を表現している。

Selma Selman/acb Gallery(セルマ・セルマン/acbギャラリー)

acbギャラリーで展示されたセルマ・セルマンの作品群。Photo : Photo Linda Nylind/Courtesy Frieze

ボスニア・ヘルツェゴビナ出身の現代アーティスト、セルマ・セルマン(Selma Selman)は、廃棄された金属製品や自動車部品、バスタブに描いた絵画とテキストからなる、哀愁を帯びた作品群を発表。同国のロマ・コミュニティの一員である彼女は、こうした素材を再利用することで、現代社会が物質的なモノや労働、周縁化されたコミュニティにどのような価値を与えているのかを問い直す。26歳のときには、ロマの少女たちの教育とエンパワーメントを目的とする団体を設立した。表現力豊かな筆致によって、スクラップ金属を個人的かつ政治的な表現のためのキャンバスへと変え、産業廃棄物に感情的な深みを与えている。パフォーマンス、絵画、社会活動にまたがる彼女の実践は、リサイクル素材を芸術作品へと昇華させるものだ。キャロル・インホア・ルー(Carol Yinghua Lu)がキュレーションを手がける新設セクション「ザ・コード・ユニバース(The Code Universe)」で紹介されたセルマンのインスタレーションは、アートフェアにおける資本主義的・文化的な序列を批判し、経済的な生存と芸術的価値の間にある緊張関係を浮き彫りにする。

Juan Uslè/Frith Street Gallery(フアン・ウスレ/フリス・ストリート・ギャラリー)

個展系式で展示されたフアン・ウスレの作品。Photo : Ben Westoby, Fine Art Documentation/Courtesy the artist and Firth Street Gallery.

スペインの画家フアン・ウスレ(Juan Uslé)による《Between Steps》は、部屋全体を使った没入型の展示で、作家の制作活動におけるリズミカルで個人的な変遷を示している。このプロジェクトでは、濃い紫と白の2色に塗り分けられた壁の上下に、12点の絵画と210点の写真を組み合わせて配置。展示全体は視覚的な詩として体験できるよう構成されており、連続するイメージは、規則正しく刻まれる脈拍や人間の呼吸、ゆったりとした歩行のリズムを思わせる。ロンドンやニューヨーク、故郷であるスペイン北部のサロなどで撮影された写真は、都市の日常で生じる束の間の出会いを、抽象的な要素を交えながら記録したものだ。ウスレは写真のイメージをそのまま絵画へと置き換えるのではなく、2つのメディウムの間に対話を生み出すことで、現実と虚構の隔たりを縮めようとする。写真による印象と独自の絵画表現を組み合わせることで、絶えず変化する現代の環境の中に潜む、繊細で見過ごされがちな意味に目を向け、立ち止まって味わうことを鑑賞者に促している。

Arébénor Basséne/Selebe Yoon(アレベノール・バセーヌ/セレベ・ユン)

セレべ・ユンに展示されていたアレベノール・バセーヌのペインティング作品。Photo : Tom Carter/Courtesy the artist and Selebe Yoon

セネガル出身のアーティスト、アレベノール・バセーヌ(Arébénor Basséne)は、マリの先住民族ドゴン族の宇宙観と人類の歴史を結びつけた5点の絵画を発表した。天然顔料やアラビアゴム、木くず、砂を用い、微視的な細部と俯瞰的な広がりの間を行き来しながら宇宙を探究するバセーヌの絵画は、天体の星座や考古学的な地図を思わせる。古代ギリシャ・ローマ時代のプトレマイオスや12世紀の地理学者アル=イドリースィーといった歴史上の地図製作者から着想を得ながら、現実と架空の世界の双方を表現している。ある作品では、現代の天気予報に映し出される接近中の嵐の目のように、渦を巻く構図によって動きを強調し、古代の地図を思わせる。一方、別の作品には水中の情景が描かれている。こうしたイメージの重なりを通じて、バセーヌはアフリカの生物地理学的地域であるサヘルに伝わる精神的・天文学的知識に目を向ける。この地域では、恒星シリウスが祖先から受け継がれた道しるべとして位置づけられている。近年、ピノー・コレクションで作品を発表したバセーヌは、今回がフリーズ・ロンドン初出展。その作品群は、精神世界と科学の境界を曖昧にしながら、アフリカ古来の暦や星図が、西洋人類学の偏見にいかに対峙するかを考察している。(翻訳:編集部)

from ARTnews

あわせて読みたい