ファッションはフリーズ・ロンドンを「俗化」させたのか? フェアに押し寄せる業界人たちの功罪
フリーズ・ロンドンの会場に、奇抜な装いに身を包んだファッション業界人が大挙して押し寄せている。セルフィー目当ての彼らに対し、アート界からは冷ややかな声が上がる一方、ファッションとの接近はフェアに経済的な恩恵ももたらしてもいる。
ロンドンのフリーズ・ウィークは、いまやファッション業界人にとっての「聖地巡礼」の場だ。2022年以降、ファッション関係者がアートフェアに大挙して押し寄せるようになり、同年にはアレキサンダー・マックイーンとロクサンダ・イリンチック(Roksanda Ilinčić)が、フリーズ・ロンドン(Frieze London)とフリーズ・マスターズ(Frieze Masters)の開催に合わせてランウェイショーを実施した。今年のフリーズ・ウィークでは、開催前から、インスタグラム用の写真を撮るためだけに会場へ立ち寄るファッション関係者が増えていることがアートジャーナリストや広報担当者、ギャラリストの間で話題になっていた。
では、ファッションはフリーズを俗化させてしまったのだろうか?
「台無しにしたとまでは言いませんが、セルフィーを撮ることに夢中なファッション女子があまりにも増えたことで、フリーズでの体験の価値が多少なりとも損なわれたとは思います。そういう私自身も、セルフィー好きのファッション女子なんですけどね」
UK版VOGUEのファッション&スタイルエディター、マホロ・スワードはUS版ARTnewsの取材にこう語った。
VIPプレビュー(今年は10月14日に開催)は、いまでは著名人が一堂に会する社交の場となっている。今年の来場者には、俳優のティルダ・スウィントンやモニカ・バルバロ、ファッションデザイナーのラフ・シモンズやドリス・ヴァン・ノッテン、そしてジョン・ガリアーノによるZARAのコレクションをまとったビアンカ・ジャガーらが名を連ねた。こうした人々の装いは、もはや「衣装」と呼びたくなるほどコンセプチュアルになっている(展示作品以上にコンセプチュアルかもしれない)。革やファー、スパンコールをまとった人々に加え、蒸し暑いテントの中では、お揃いのPVC製キャットスーツに身を包んだ2人組が闊歩していた。
ロンドン・ファッション・ウィークなら、こうした奇抜な装いはストリートスナップのカメラマンたちから喝采を浴びるだろう。しかし、フリーズでは冷ややかな視線を向けられる。
「ファッション業界では、恥じらいがなければないほど称賛されます。彼らは、自分たちの業界そのものを見せ物にしてしまったのです」
匿名を条件に取材に応じたあるファッションエディターは語る。もちろん、アート業界の人々が着飾ったり服装で自己表現したりすることを好まないわけではない。ただ、その装いはたいてい、イッセイミヤケのプリーツプリーズや、エルメスの端正なコートやハンドバッグ「エヴリン」といったものだ。
一方、フリーズのフェア担当エグゼクティブ・ディレクター、クリステル・シャデのように、「参加者は多ければ多いほどいい」という立場の人もいる。ファッション業界が積極的に関わることは、フリーズにとっても参加ギャラリーにとっても経済的なメリットがあるというのがシャデの主張だ。2023年には、ストーンアイランド(Stone Island)がフリーズ・ロンドンのパートナーとなり、新進ギャラリー34軒に助成金を提供。一方、ダンヒル(Dunhill)はフリーズ・マスターズとの初のパートナーシップを開始した。シャデはこう語る。
「フリーズは、多様な声や異なる分野が交わるプラットフォームです。そうした豊かさと多様性こそが、このフェアを唯一無二のものにしていると思います」
こうした動きに注目するブランドは、さらに増えている。ティファニーは昨年から、フリーズの「アーティスト・トゥ・アーティスト」プログラムのパートナーを務めており、ロエベもフリーズ・ロンドンのVIPプログラムを支援している(ちなみに、フェアの会場マップを兼ねたパンフレットの裏表紙に、美しいロエベのキャンペーンビジュアルが掲載されているのは気分がいい)。
「とはいえ」と、前出のスワードは続ける。
「フリーズがそれほど神聖な場所だとも思いません。もちろん、批評的に高く評価されるべき素晴らしい作品が展示されていますが、根本的には商業的な場ですから」
ファッション業界によるアート界への進出は、戦略的な動きでもある。ブランド各社が狙っているのは、フリーズ・マスターズに出展したハウザー&ワースのブースで、ヤン・ブリューゲル(父)の《Still Life of Flowers in a Stoneware Vase》(1607〜08年)に600万ドル(約9億5000万円)以上を投じるような富裕層の消費者だ。消費者が支出に慎重になり、売り上げ減少という課題に直面しているラグジュアリーファッションブランドは、相次いで価格を引き上げている。ファッション業界がF1や全米オープンテニス、そしてフリーズ・ロンドンといった場に進出しているのは、こうした事情があるからだ。
ロクサンダ・イリンチックが2023年春夏コレクションのショーをフリーズ・ロンドン開幕前夜に開催したのも、同じ理由からだった。当時、彼女は筆者にこう語っている。
「私のブランドの顧客には、アートやクリエイティブな分野に関わる人がとても多いんです。それは素晴らしいことですし、実際、顧客のかなりの割合を占めています。普段はショーに来られない方も多いのですが、今回はフリーズのために皆さんロンドンに集まっているので、お会いできるのがとても嬉しいです」
イリンチックはまた、「ファッションは、あらゆるものに関わろうとします。スポーツ、アート、演劇、ハリウッドでも、同じ現象を目にしてきました。ファッションは、それ自体がひとつの強大な力なのです」とも述べている。
ファッションのこうした力を認めるのは、『Ace: The Times & Style of Tennis』(Abrams Books、2026年)の著者、スニータ・クマール・ナイア(Sunita Kumar Nair)だ。ナイアは著書の中で、ファッションが「トロイの木馬」のようにテニス界へ入り込んでいった過程を考察しており、アート界でも同じ構図が生まれつつあると見ている。彼女はこう語る。
「ファッションは自然の力のようなものです。行き過ぎれば、破壊することもあれば、何かを生み出すこともあります。私にとって、テニスとファッションの関係について書くことは、ごく自然な切り口でした。ファッションの人気の高さを考えれば、避けては通れないテーマだと思ったのです」
フリーズでの体験が損なわれた責任をファッション関係者に押し付けるのは不公平かもしれない。しかし、インスタグラムをざっと眺めれば、真っ先に自分たちの存在をアピールしているのが彼らであることは明らかだ。
あるベテランのファッション広報担当者は、「フリーズでの様子を投稿することは、壁に『ここに来た』と落書きするのと同じ、新しい自己主張の方法になっています」という。
もっとも、バレンシアガをまとって気取って歩き回り、ルイナールのシャンパン片手に、ファション業界お決まりのエアキスを交わしたところで、罪に問われるわけではない。少なくとも、今のところは。(翻訳:編集部)
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