アート業界に「自由」を取り戻せ! Basel Social Clubが東京で仕掛ける新たな実験
2022年にスイス・バーゼルで始動した「Basel Social Club」は、由緒正しきアート・バーゼルを横目に、奇想天外な体験を生み出してきた。いまやアート関係者の間で「must-see」のイベントとなったBSC。その共同創設者であるロビー・オクダ・フィッツパトリックとヤエル・サロモノヴィッツに、アート業界が失ったものと、東京でまもなく始まる新たな試みについて聞いた。

2022年、スイス・バーゼルでアート業界のプロフェッショナル5人によって設立された非営利プラットフォーム「Basel Social Club(BSC)」。毎年、アート・バーゼルの開催時期に合わせて開かれるが、同フェアとは独立したイベントだ。
その最大の特徴は、毎年異なる場所を舞台に、展覧会やパフォーマンス、音楽、食を融合させた予測不可能な体験を生み出していること。2022年の第1回は1930年代に建てられた邸宅、2023年の第2回はマヨネーズ工場跡地、2024年の第3回はバーゼル郊外の約50ヘクタールの農地、2025年の第4回は旧プライベートバンク、そして2026年の第5回は駅近くの旧オフィスビルが会場となった。US版ARTnewsのシニア・ライター、ダニエル・キャサディは、BSCを「荒々しく素晴らしい」「今やバーゼルで最も活気あるプログラム」と絶賛している。
その精神を受け継ぐ新たなプロジェクト「Tokyo Jazz Club(TJC)」が、11月1日から8日まで東京・神田錦町の旧カプセルホテルで開催される。BSCの共同創設者であり、TJCを立ち上げたロビー・オクダ・フィッツパトリック(Robbie Okuda Fitzpatrick)とヤエル・サロモノヴィッツ(Yael Salomonowitz)は、既存のアートフェアとは異なる場をつくることで、アートと人々の新たな関係を模索している。
アート業界は「自由」を失った?
──BSCには、アート業界に閉じない開かれたコミュニティをつくる力があると感じます。一方、ロビーが2012年末にベルリンからLAへ移った頃には、アートフェアや大手ギャラリーの拡大によって、業界の商業化が進んでいました。2022年にBSCが始まった背景には、そうしたシステムへのアンチテーゼがあったのでしょうか。
ロビー・オクダ・フィッツパトリック(以下、ロビー) ヤエルとわたしが共に過ごした2008年から2012年頃のベルリンは、展覧会づくりやプロジェクト、創造的なアイデアの交換にとても開かれた街でした。アーティストが自分のスタジオだけでなく、自宅のような私的な空間までほかのアーティストに開放して、展覧会を開いていたんです。
ヤエル・サロモノヴィッツ(以下、ヤエル) わたしたちも自宅のリビングルームにギャラリーをつくっていました。展覧会のたびに家具を動かさなければならなくて、大変だったのを覚えています(笑)。
ロビー 当時はアーティストがバーを営んだり、ファンジンをつくったり、戯曲を書いたり、映画をつくったり、自分の制作以外にもさまざまなことをしていました。商売のためではなく、領域を横断して創造すること自体が芸術実践の一部だった。わたしたちはそういう環境で20代を過ごしたんです。しかも、当時のベルリンは生活費が安かった。長時間働かなくても暮らせたし、リビングで展覧会を開ける広い部屋にも住めた。今の若い人たちを見ると、生活費の高騰が創造的な自由をどれほど制限しているかを感じます。わずか15年ほどで、ボヘミアン的な創造性が育ちにくい、極端な後期資本主義の状況になってしまった。ベルリンだけでなく、ニューヨークや東京でも起きていることです。
ヤエル 「アンチテーゼ」という言い方は興味深いですね。わたしは以前、フルクサスのアーカイブに関わる仕事をしていて、周辺の作家たちが持っていた「何かに反対するのではなく、何かを実現したい」という精神に共感してきました。BSCも同じです。既存のアートフェアに抗って別のものをつくろうとしたのではなく、「自分たちが行きたい場所をつくろう」と考えた。展覧会、対話、パフォーマンス、体験、そしてコミュニティを支えるマーケットプレイスが共存する場所です。
──そうしたボヘミアン的な時代のアート界やコミュニティに、なぜ心地よさを感じたのでしょうか。
ロビー わたしがギャラリストになったのは、アーティストと働くことが好きで、アートという恵まれた世界にある自由に惹かれたからです。政府によって芸術表現を制限されない民主主義社会で、自由に自己表現できることがどれほど特権的か、わたしたちは忘れがちです。BSCでは、年配のコレクターが涙を浮かべて「昔はアート業界もこんなふうだった」と話してくれたこともあります。でも、わたしたちはどこかで大切なものを見失い、優先順位が変わってしまった。市場や売れるかどうかを重視しすぎた結果、真にラディカルな表現を受け入れにくいシステムになってしまったのだと思います。
──現在、業界全体が疲弊しているようにも感じます。BSCを始めた直接のきっかけは何だったのでしょう。使命感のようなものがあったのですか。
ロビー 戦略的に考え抜いたというより、直感的でした。アート・バーゼルにはギャラリストとして参加していたのでよく知っていましたが、そこには何かが欠けていると感じていた。フェアの一週間だけでなく、わたしが育ってきたアート界全体から何かが失われていたんです。創設者たちに共通する実感だったと思います。
ヤエル ロビーが構想を思いついてからは驚くほど早くて、翌日にはバーゼルへ赴き、48時間後には会場が決まっていたような勢いでした(笑)。重要なのは、BSCがギャラリストとしてシステムの内側に深く関わっていたからこそ始まったことです。アーティストの集団が設立したのではありません。作品を展示し、アーティストを支えようとする人々にとって、現在のシステムはうまく機能していない。その実感が発端でした。
ロビー ギャラリーを10年以上続けて、自分自身、仕事の喜びを取り戻すためにも別の何かが必要だと感じていました。同業者にも「集団的な燃え尽き」と呼べる状態が見えていた。今ではさらに深刻になっていると思います。ギャラリーが閉じるのは経済的な理由だけではありません。「何のために続けるのか」という実存的な問いや、エネルギーの枯渇もあると思うんです。
「何が起こるかわからない」体験を
──BSCの何が、そこまで人々を惹きつけるのでしょうか。
ロビー 体験の唯一無二性でしょうか。来場者の多くは一年に何度もアートフェアに行く人々ですが、フェアでの体験はほとんどいつも同じです。一方、BSCは2022年の初開催から5回、毎回まったく異なる姿をしてきました。何が起こるかわからない。それが大きな違いです。
ヤエル 東京に住むアメリカ人のライターが先日、BSCを「無法地帯のような体験」と表現してくれました。確かに、アートがあちこちに広がり、いろいろなものが入り混じっている。2026年の会場は元オフィスビルで、労働やAI、自己最適化をめぐる作品だけでなく、ボトックス・バーやフィットネスのプログラムもありました。運動する人たちが会場を横切ると、その姿が意図されたパフォーマンス以上にパフォーマティブに見える瞬間さえある。どこまでが作品で、どこからが日常なのかわからなくなるんです。また、わたしは演劇と映画の出身で、ドラマトゥルクとして訓練を受けました。会話が人を変える可能性にずっと惹かれてきたんです。BSCは、普段なら出会わない人々が交わり、話し、そこにとどまるための場所でもあります。

──一方で、BSCにはアートフェアの側面もあります。商業性を否定するのではなく、売買をめぐる体験を変えたかったということでしょうか。
ロビー BSCが生まれた2022年春は、まだロックダウン中の国もあったと記憶しています。コロナ禍で人と交流する機会を奪われたあと、アート界は移動し、同じ部屋に集まるという以前のやり方に急いで戻りました。対面での交流は業界をつなぐ大切なものですが、アートフェアでは交流は副産物で、主役は市場取引です。ギャラリーは高い出展料を賄うために売上のプレッシャーを背負う。では、取引の場でありながら、交流を中心に据えるにはどうすればいいのか。BSCも参加費はかかりますが、意図的にできるだけ低く抑え、参加リスクを減らしています。商業性を排除するのではなく、それに支配されない場をつくりたいんです。
会場から始まるキュレーション、ルールを持たない自由
──BSCは公募という仕組みを採っていません。参加するギャラリーやアーティストはどう選び、どのように企画の質を維持しているのですか?
ヤエル 基本はシンプルで、展覧会、パフォーマンス・プログラム、そしてバーや食事などのホスピタリティ。この三角形が各回の核にあり、そこから多面的に広がっていきます。
ロビー プロセスはとても有機的です。公募はしていません。小さなチームなので大量の応募を審査する余力がないこともありますが、そもそも特殊な進め方なんです。まず場所が決まり、そこからテーマの糸口が生まれる。建物の条件によって展示できるものも決まります。3年目は農場での屋外開催だったので、雨風に耐えられる作品でなければなりませんでした。
ヤエル 農家の人たちと、どの畑を使えるかまで話し合いました(笑)。会場そのものが展示の土台をつくるんです。
ロビー 場所とテーマが決まると、そこで誰と一緒に時間を過ごしたいかを考えます。わたしたちのラディカルな提案を理解し、簡単には定義できない企画に参加して、創造的に作品を選んでくれる人は誰か。そこから始まり、特定の建物やテーマに合う憧れのアーティストにも声をかけます。毎年、誰も知らなかった作家やギャラリーから素晴らしい提案が届くこともあります。
──つまり、明文化されたルールや基準はないのですね。
ロビー 独立した実験的なモデルで、簡単に定義できないからこそ、自分たちを固定的なルールで縛りたくないんです。次の年にはまったく違うことを試せる。その自由を残しておきたい。
ヤエル パフォーマンスも会場から考えます。わたしはBSC以前の約10年間、サイトスペシフィックなパフォーマンスを手がけてきました。用意された舞台をあえて解体して、建物のあちこちへ移していく。わたしたちの企画には、始まりと終わりのある単発のパフォーマンスと、体験全体を活性化する継続的な作品があります。両者が入り混じることで、現実とフィクション、パフォーマンスとそうでないものの境界が曖昧になっていくんです。
「オルタナティブ」ではなく、共生する第三の場所
──BSCの派生プロジェクトとしてバーゼル以外で初めて開催されるTokyo Jazz Club(TJC)では、参加ギャラリーにどんな体験を持ち帰ってほしいですか。
ロビー まず、東京という場所から刺激を受けてほしいです。東京に関心を持つ人は多く、もっと訪れる理由を探しています。BSCの初年度と同様、新しい企画なので売上への期待を高く持ちすぎてほしくはありません。その代わり、日本だけでなく世界、とりわけアジア地域から訪れた新しい人々と出会えたと感じてほしい。東京を選んだのは偶然ではありません。
ヤエル もちろん販売も重要です。コミュニティを支え、プロジェクトを持続可能にする手段ですから。BSCではそれが自然に機能してきました。東京でもそうなることを望んでいます。
ヤエル 東京では、即興や方法論としてのジャズを考えることから始まり、「Tokyo Jazz Club」という名前が決まりました。音楽プログラムは、パリのブルス・ドゥ・コメルスで文化プログラムを統括するサイラス・ゴバービル(Cyrus Goberville)と共同でキュレーションしています。「Jazz Club」と名乗るので少しプレッシャーもありますが(笑)、音楽面でもさまざまな発見があるはずです。
──BSCには「オルタナティブ」という言葉がよく使われます。しかし東京には、EASTEAST_TOKYOや東京アートブックフェアなど、独立したイベントもすでに数多くあります。お二人にとって「オルタナティブ」とは何を意味するのでしょうか。
ロビー バーゼルでそう呼ばれるのは、アート・バーゼルという確立された制度との比較からでしょう。別の選択肢を提供しているのは確かです。でも東京では、国際的なアートフェアと同時開催にしないことが重要でした。香港やマイアミ、パリへの展開を打診されたこともありますが、選んだのはアート・ウィーク東京の時期です。常にフェアの隣に存在するもの、という枠組みから離れたかったんです。
ヤエル ある意味では「第三の場所(third place)」です。何かへの反応としてではなく、それ自体で成立する島のような場所。ほかの活動とは共生関係にあります。アート・ウィーク東京の時期に開催するのも、街に興味深い人々が集まるからです。既存のエコシステムの内側にいながら、独自の価値を加えていく。わたしたちは若手だけを扱うわけではなく、確立された作家の作品も展示します。単に制度の外に立つ「オルタナティブ」ではなく、業界を知る人々が内側からつくり、同じエコシステムの中で生き、呼吸する場所なんです。
アートを楽しみ、何度でも訪れたくなる場所へ
──日本ではアートを熱心に学ぶ人が多い一方、ただ会話を楽しみ、刺激を受ける場がもっとあってもいいと感じます。飲みながら話しているうちに、最後はみんなで踊ってしまうような(笑)。
ヤエル わたしたちはまさにダンスフロアをつくろうとしているんです!
ロビー TJCでも、踊りたくなったらどのフロアでもぜひ自由に踊ってください(笑)。
ヤエル ほとんどのフロアで違う種類のお酒が飲めるのもいいところ。上の階に着く頃にはほろ酔い状態のはずなので、きっとみんな踊るでしょう。
──最後に、TJCの成功をどう測りますか。
ロビー 一度きりで終わるのではなく、次の開催を試みるだけの反響があったと実感できることです。次は必要な形で企画を改善できるでしょう。
ヤエル それに、会期中に同じ人にもう一度会えることも成功の尺度だと思います。BSCには毎日来る人もいます。バーゼルは小さな街で東京とは環境も客層も違いますが、東京でも一度だけでなく何度も来てほしい。その日のライブパフォーマンスによって、建物のエネルギーや全体の雰囲気がまったく違って見えるはずですから。
Tokyo Jazz Club
会期:2026年11月1日(日)〜8日(日)
会場:旧ナインアワーズ大手町(東京都千代田区神田錦町3-11-15)
開場時間:
11月1日(日)、3日(火・祝)、7日(土):14:00〜23:00
11月2日(月)、4日(水)〜6日(金):17:00〜23:00
11月8日(日):14:00〜18:00
入場料:一般2,500円(日時指定、当日再入場可)、全日程パス4,000円(期間中何度でも入場可)。19歳以下無料





















