デブラ&レオン・ブラック(Debra and Leon Black)
拠点:アメリカ・ニューヨーク
職業:投資ファンド
収集分野:中国彫刻、現代アート、印象派、モダンアート、オールドマスター
レオン・ブラックとデブラ・ブラックは、アート界のみならず、さまざまな分野で大金を動かしている。2012年5月には、サザビーズ・ニューヨークでエドヴァルド・ムンクがパステルで描いた《叫び》(1895)を、1億1990万ドル(約175億円)という当時の史上最高額で落札。その後、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に半年間貸し出されたこの作品は、ムンクが制作した5枚の《叫び》のうち唯一個人所有になっている。レオンは長年MoMAの理事を務めており、2018年から21年までは理事長だった。
ブラック夫妻が所有することが公になっているもう1つの重要作品はパブロ・ピカソの石膏像《女性の胸像(マリー・テレーズ)》(1931)で、2015年にMoMAが4フロアにわたる常設展示を休止して開催した大規模展、「ピカソの彫刻」の目玉として注目を集めた。展示作品が140点にものぼった同展の開幕当時、この石膏像はピカソの娘であるマヤ・ウィドマイヤー=ピカソの所蔵品と表示されていた。その後、大物アートディーラーのラリー・ガゴシアンがこの作品をウィドマイヤー=ピカソから約1億600万ドル(約155億円)で購入したが、これが長く続く法廷闘争に発展。カタール王室の弁護士が、既に2014年11月からウィドマイヤー=ピカソと作品購入の交渉をしていたことを証明する資料があると明かしたからだ。結局この件は、ブラックが作品を保有し、その見返りとしてカタール王室に金銭的な補償をする(金額は非公開)という和解案で決着している。
2018年には、MoMAの改修・拡張プロジェクトを支援するために4000万ドル(約58億4000万円)を寄付。2019年10月のリニューアルオープンの際、同館は改修後のフィルムセンターにブラック夫妻の名を冠している。2人は2012年にもダートマス大学に4800万ドル(約70億円)を寄付し、エルズワース・ケリーのサイトスペシフィックな作品を含む新しいビジュアルアートセンターの建設を後押しした。レオンはMoMA以外に、メトロポリタン美術館とアジア・ソサエティの理事も務めている。
ビジネス面では、メディア関連の大手企業を中心とした未公開株への投資を活発に行い、2012年にアート系出版社のファイドンを買収。2019年8月には、ニューメディア・インベストメント・グループがバージニア州の新聞社ガネットを買収する際に、自らが設立したアポロ・グローバル・マネジメント社から18億ドル(約2630億円)の資金を出している。これは、USAトゥデイなど260以上の日刊紙を統合し、全米規模のメディアコングロマリットを形成しようとする計画の一環だった。
2020年、レオンはジェフリー・エプスタインとの関係を問われるようになる。エプスタインは、2008年に児童買春で有罪判決を受けたのち、勾留中の2019年に自殺した実業家だ。レオンは米領ヴァージン諸島から召喚され、ニューヨーク・タイムズ紙は2020年にレオンが美術品収集のために設立した会社、ナロー・ホールディングスからエプスタインに数百万ドルが渡っていたと報じた。しかし、記事によれば、ブラックとエプスタインの関係は2018年に終止符が打たれていたという。当時アポロ社の広報担当者は、「ブラック氏は、刑事告訴に至ったエプスタイン氏の行為にショックを受けており、同氏と関わりを持ったことを遺憾に思っている」という説明を行った。
ブラックは、エプスタインの性売買捜査に絡む法的請求を回避するため、米領ヴァージン諸島政府に6250万ドル(約91億円)を支払って和解している。しかしその後も、米上院がブラックとエプスタインの美術品取引に関する調査を実施。ニューヨーク・タイムズ紙は、ブラックが2016年に2500万ドル(約36億5000万円)のジャコメッティ作品をエプスタインの所有する信託に売却し、同じ日にその代金で3000万ドル(約44億円)のポール・セザンヌの絵を買ったと報じた。
その後、第三者機関の調査で、2021年にブラックからエプスタインに1億5800万ドル(約230億円)が渡り、さらに1000万ドル(約14億6000万円)が彼の慈善団体に寄付されていたことが明らかになると、ブラックはアポロ社の経営から退くと発表。その数日後には、MoMAの理事長を退任することを表明した。さらに同年、ブラックはニューヨークの邸宅で女性に性的暴行を加えたとして告発されたが、広報担当者は「まったくの事実無根」と否定している。
ブラックは2022年と2023年にも性的暴行で告発されたが、どちらのケースでも疑惑を否定した。2023年の告発者は自閉症で、被害にあったのは未成年のときだったと訴えている。
注:記事中の円換算額は、US版ARTnewsで2024年版トップ200コレクターズが発表された2024年10月時点の為替レートによる。