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  • 2022.09.02

フリーズソウルが開幕~韓国が選ばれた訳、現代アートのアジアの中心はソウル?

世界的なアートフェア「フリーズ」が9月2~5日、アジア初となる「フリーズソウル」を、韓国・ソウルで開く。2003年から欧米各都市で開催してきた国際的フェアが韓国を選んだのは、地元のアートシーンの豊かさと、国際的な巨大ギャラリーも多数集まり、ソウルが国際的なアートの中心地になっているためという。会場は、同市の最先端のビジネス地域・江南(カンナム)にある「COEXコンベンションセンター」。タッグを組んだ韓国ギャラリー協会が2002年から開催している、同国内最大規模のアートフェア「Kiaf(キアフ)」も同時開催される。

「フリーズソウル」の会場となるCOEX(中央) 撮影:加賀直樹

フリーズはロンドン発祥のアートフェアで、これまでニューヨークやロサンゼルスなどで開かれてきた。フリーズソウルを手がけるのも同じチームだ。ソウルの会場となる「COEX」は、韓国最大のコンベンションセンター。同市中心部を東西に流れる大河、漢江(ハンガン)の南側、江南区三成洞(サムソンドン)に位置する。江南は、新沙洞(シンサドン)、狎鷗亭(アプクジョン)、清潭洞(チョンダムドン)といった高級ショッピングエリアを抱え、地価も国内トップクラス。COEXには超大型ショッピングモールが併設され、終日にぎわっている。

第1回のフリーズソウルには、現代アートを中心に、世界各国から最も影響力のある110以上のギャラリーが集結する。ほかに、古代から20世紀までのアートに特化した「フリーズ・マスターズセクション」を併設する。新鋭ギャラリーを対象としたブース「フォーカス・アジア」には、アジア各国から選んだ画期的なギャラリー10社が出展する予定だ。


ソウルはアジアの芸術文化の中心、アート市場でも台頭

「フリーズは、国際的な文化都市でフェアを開催しています。地元のアートシーンが豊かで、優れた芸術的才能と洗練されたアートコレクションを育んできた韓国は、アジア初の開催国としてぴったりでした」

こう話すのは、フリーズソウルのディレクター、パトリック・リー氏だ。フェアの開幕直前の8月27日夜(日本時間)に話を聞いた。中でもソウルを選んだ理由を、「ソウルは、アジアの芸術と文化の重要な拠点でありつつ、現在は国際アート市場の中心地として台頭してきている。その証拠に、国際的な大手ギャラリーが続々と拠点を構えています」と説明した。

「フリーズソウルは、ソウルのあらゆる魅力を発信するプラットフォームとなります。フェアのキュレーションプログラムと、参加ギャラリーのラインアップは、ソウル独自の文化的背景を表現するものになるでしょう。フェアのほかにも、フリーズウイークと呼ばれるイベントやアクティビティもソウル市内で開かれます。国際的なアート日程の上でも、重要な期間となるでしょう」


ギャラリー現代外観 提供:ギャラリー現代

では、地元のアート関係者の反応はどうだろう。「ギャラリー現代(ヒョンデ)」は、1970年に創設されたソウルの近現代美術界の重鎮的存在だ。同ギャラリーシニアアートコンサルタントのソン・ユジョン(ベロニカ・ソン)氏は、ソウル開催を当然のこととして歓迎する。

「アジアでの開催都市をソウルに決めたフリーズの判断は正しいと思います。ソウルには、世界的にみてもダイナミックなアート市場がありますから」

同ギャラリーは、朴寿根(パク・スグン)、李仲燮(イ・ジュンソプ)ら韓国近現代アートの筆頭作家の展示で知られ、欧米のフリーズにはこのところ毎年、参加し続けている。もちろん今回のフリーズソウルにも出展する。マスターズセクションに、李升澤(イ・ソンテク)、朴炫基(パク・ヒョンギ)、郭仁植(クァク・インシク)といった、前衛的な韓国の芸術家による実験的な作品を展示する予定だ。

ソウルが選ばれた理由について、ソン氏はこう推測する。

「中国には、上海の『ウェストバンド・アート&デザイン』などの世界的アートフェアがあり、香港には(フリーズのライバル的存在である)『アートバーゼル香港』があります。フリーズがアジアで適切な開催都市を選ぶ時、中国という選択肢はあまりなかったでしょう」

東京が選ばれなかったことについて、日本国内からは「日本飛ばし」との声も聞かれた。この点について、ソン氏は、「たしかに日本には、美術館がたくさんありますし、感度の高い個人コレクターもいらっしゃいます。ただ、日本のアートマーケット自体はそれほど強くない。フリーズが東京を有力候補として考えていたとは思えません」と分析する。

ちなみに前出のフリーズソウル・ディレクターのリー氏に、日本での今後の開催の可能性を聞いたところ、「現時点では、フリーズソウル第1回の開催に集中している」と、はぐらかされてしまった。


激動するソウルのアートシーン

ソウルのアートシーンは、今回のフリーズソウル開催でひとつの転換期を迎えるだろう。その予兆は数年前からあった。ソウルのアートの中心地が変わりつつあるのだ。

「ギャラリー現代」があるのは、朝鮮時代の王宮・景福宮(キョンボックン)のすぐ近くにある、司諫洞(サガンドン)の「ギャラリー通り」。朝鮮時代から上級役人が居を構えていたこの界隈(かいわい)には、「現代」を筆頭に1970年代からギャラリーが点在している。都心の喧騒(けんそう)から北にほんの少し離れ、さらに北側の急斜面には伝統的な「韓屋(ハノク)」と呼ばれる家屋が立ち並ぶ。「ソウルのアートシーン」といえば、長らくこの界隈や、仁寺洞(インサドン)だった。

ところが、ギャラリー通り界隈から南に約5キロ離れた龍山(ヨンサン)区漢南洞(ハンナムドン)に、現代アートギャラリーの移転オープンが近年、相次いでいる。


漢南洞に移転したタデウス・ロパック COURTESY THADDAEUS ROPAC

2022年春、欧米に拠点を置くギャラリー「リーマン・モーピン」が、新ギャラリーを漢南洞に移転開業したほか、メガギャラリーとして知られる「ペース」も拡張オープンを果たした。ロンドン、パリ、ザルツブルクに拠点を構えるギャラリー「タデウス・ロパック」も21年、この地で新店舗を開業している。

ここ漢南洞にアート界隈の眼差しが集まる大きな契機は、韓国を代表する財閥「サムスングループ」が運営する「三星(サムスン)美術館Leeum」が2004年に開館したことだ。延べ床面積が4500坪(約1万5000平方メートル)もある広大な空間に、サムスン財閥の創始者・李秉喆(イ・ビョンチョル)氏が生前に所蔵した、国宝級文化財も含む美術品約1万5000点を展示。古代から現代アートに至るまでそろえている。


三星(サムスン)美術館Leeumの館内 撮影:許智秀(ホ・ジス)

もともと漢南洞は、世界各国の大使館が集まり、どこか異国的な印象の漂う街だった。起伏の激しい南山(ナムサン)南側に位置し、高級住宅街のすぐ坂上には「タルトンネ(月の町)」という貧民街があり、麓(ふもと)には賑わう商店街がある。目抜き通りの「漢南大路」(ハンナムデロ)を歩く人々は皆、どこか感度が高そうだ。そんな印象を、ソウル在住経験のある筆者は抱く。


漢南洞にあるおしゃれな雑貨店、ASTIER de VILLATTE。パリに本店がある。 撮影:許智秀(ホ・ジス)

漢南洞近くに暮らす韓国人によると、「江南と江北のちょうど中間点にあり、東京で言うところの麻布十番に似た漢南洞」には最近、スタイリッシュなギャラリーが一気に増え、いわゆる「フォトジェニック」なレストランやカフェも増えているそうだ。街はドラマ「梨泰院(イテウォン)クラス」の舞台として一躍脚光を浴びた梨泰院に隣り合い、あのKポップグループ「BTS」のメンバーの本拠地「ハンナム・ザ・ヒル」も立つ。韓国トップクラスの超高級マンションで、韓国芸能界で初めてBTSがここを「宿舎」として利用したことで大きな話題となった(東京でいうと六本木ヒルズのようなものか)。新型コロナの世界的蔓延(まんえん)が落ち着いたら、世界中から観光客が漢南洞に押し寄せるだろう。


漢南洞の街角 撮影:許智秀(ホ・ジス)


組織ぐるみで世界市場を目指す文化大国

そもそも、なぜ韓国のアートシーンが世界からも注目されているのだろう。韓国ギャラリー協会のファン・ダルソン代表は、歴史的な積み重ねがあると語る。
 
「韓国は美術だけでなく、音楽、芸能、映画、食など、文化大国として急成長しています。根底には、数千年にわたる創造性と美を鑑賞してきた歴史がある。今日、韓国は現代美術の最も著名な作家の出身国のひとつです。また、確立された機関や主要なギャラリーを擁し、これらがアート界の世界地図に韓国が記されることに貢献しています」

韓国ギャラリー協会は、1976年に設立された。「韓国の美術をより広く、より深く鑑賞できるようにすること」「健全な美術市場の育成に貢献し、国際的な舞台で韓国の美術を発展させること」を使命としている。現在は、全国160以上のギャラリーで構成され、アートフェア(キアフとギャラリーズ・アート・フェア)の開催、美術鑑定委員会、美術政策研究センターの運営をしている。特に現代アートが注目される理由として、ファン代表はこう言葉をつないだ。

「国内の美術市場や、美術に関する有利な税制が整っています。そこに、新しい世代のコレクターの急成長が加わり、韓国の現代美術は世界的にも注目されるようになったと捉えています」

韓国ギャラリー協会が主導するアートフェア「キアフ」は20年以上の歴史を誇る。韓国美術の基礎を発展させた現代美術を、世界の観客に紹介するものだ。来場者は、グローバル化した現代アート市場の動向を間近に見られる。21回目の今回は、初出展の37社を含め、17カ国・地域から164のギャラリーが参加。韓国を代表するアートフェアとして、著名作家から新進アーティストまでの幅広い作品を展示する。今回、新たにサテライトフェアとして「Kiaf PLUS(キアフプラス)」を開催し、さまざまなジャンルの新進アーティストに焦点を当てるという。世界からの玄関口・仁川(インチョン)国際空港でも、60点以上の現代アート作品を展示する「We connect, Art & Future, Kiaf(つながる、アートと未来、キアフ)」を開催する。

フリーズソウルを共同開催する意義について、ファン代表はこう語る。

「フリーズソウルとのパートナーシップは、韓国で最も長い歴史を持つアートフェアであるキアフとの大きな相乗効果を生み出し、韓国の活気あるアートシーンにさらに国際的な価値を加えることになるでしょう。『ソウルのアートシーンを祝福する』という公約に基づきCOEXで同時開催する両フェアは、来場者は共同チケットで入場できます。ダイナミックなソウル・アート・ウイークを創造し、芸術の国際ハブとしてのソウルの役割を高められると考えています」

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