橋本晶子  Akiko Hashimoto

  • 30 ARTISTS U35
  • 2022
  • 「I saw it, it was yours.」のインスタレーション風景(2021) ©Akiko Hashimoto, Courtesy Gallery Koyanagi Photo: watsonstudio
  • 「Ask him」のインスタレーション風景(2021) ©Akiko Hashimoto Photo: watsonstudio
  • 「I saw it, it was yours.」より《Curtain》のインスタレーション風景(2021)
    ©Akiko Hashimoto, Courtesy Gallery Koyanagi Photo: watsonstudio
  • 「I saw it, it was yours.」のインスタレーション風景(2021)
    ©Akiko Hashimoto, Courtesy Gallery Koyanagi Photo: watsonstudio
  • 「Ask him」のインスタレーション風景(2021)
    ©Akiko Hashimoto Photo: watsonstudio

橋本晶子は、資生堂が企画する公募展「第14回shiseido art egg」で2020年にグランプリを受賞し、今後さらなる活躍が期待される作家のひとりだ。審査対象となった個展「Ask him」は、精緻(せいち)な鉛筆画を使ったインスタレーション。真っ白な空間に、点々と単色の鉛筆画を置く展示手法だった。だが、植物の影を描いた絵が、その手前に設置された別の絵の中の植物と呼応していたり、巨大なトレーシングペーパーに透き通るようなカーテンを描いた絵が窓のように置かれていたり、一方、何も描かれていない大きな紙がカーテンのように空調に揺れていたり。鑑賞者は、絵と空間の両方を認識しながら会場を巡ることになった。展示空間全体が、一回性のひとつの作品であることも特徴だ。空間から絵画を見る、また絵画から空間を見るというアプローチは、ふすま絵や天井画などで体感する空間認識に通じるものがあるとも言える。

橋本晶子
Akiko Hashimoto

1988年生まれ。東京都在住。2015年武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程日本画コース修了。主な受賞歴に、20年第14回shiseido art egg賞。主な展覧会に21年「I saw it, it was yours.」(ギャラリー小柳)、20年「Ask him」(資生堂ギャラリー)、18年「Yesterday's story」(Cite internationale des arts、パリ)、「It's soon.」(Little Barrel)。
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「絵画のなかの地平と、見ている側の地平の触れ合い──そのさまを際立たせ、可視化する」

ときに折り曲げたり、一部を隠したり、壁にシールで貼ってあるかのように見せかけたり、また、照明やガラスコップなどを組み合わせながら、鉛筆で描かれたイメージをその空間と交錯するように配置する──そんな「絵のある風景」そのものが、橋本晶子の作品だ。その意図するところ、現在の関心の向かう先について話を聞いた。

「絵の周りを含めた様子、絵の役割を考えるのが好きだった」

──鉛筆画を空間に配置するインスタレーション的な作品を展開されています。ステートメントなどで、「ここと遠くとがささやかに触れ合う風景をつくる」と記されていますが、まず、その意図されているところを教えてください。

「『ここ』というのは、私たちがいる場、展示室では鑑賞者のいる場のこと。『遠く』というのは、絵の中に広がっている、永遠に届かない地平のこと。本来は分断されているそのふたつを、大げさな身振りではなく、ささやかな仕掛けを施すことで、互いに関係しあっているような風景をつくるということです。もちろん、絵はそこにあるだけで、私たちのいるこちら側と十分に触れ合っているとも思っていますが、そのさまを際立たせて可視化することが私の作品の根幹。ここ2、3年は、このステートメントを主軸に、その周縁を探るように作品をつくってきました」


「Ask him」のインスタレーション風景 資生堂ギャラリー 2020 ©Akiko Hashimoto Photo : watsonstudio

「では、そういったビジョンがどこからきたかというと、私の出発点にあるものは、やはり絵。幼いころから、絵を見るのも、描くことも好きでした。ただ、いざ自分で作品制作を行おうとしたとき、描く内容より、そこに絵がある状況、絵の役割について考えるようになっていき──たとえば、絵のある場所全体を含めた風景をドローイングとして何枚も描いたり──それを実現化してみるという試みを繰り返し、いまの作風になっていった感じです。よく『空間全体を絵としてつくっているのですか?』とか、『これは、風景としての絵画ですか?』と聞かれますが、私のなかではどちらとも微妙にニュアンスが異なり、いつも『絵のある風景』と答えています」

──平面である絵を、空間的に体験させる、一回性のサイトスペシフィックな性質もある作品と思いますが、絵の配置はどのように決めていくのでしょうか?

「それは、ほんとうに的確なところを探っていくしかない。なので、できるだけその場所に通います。計測したり、そのスペースの持ち主と話をしたり、ときには佇んだり。実際には、佇むことが多いですね。どこに柱があるのか、どこに明かりがあって、時間とともにどう空間が変わるのか、とにかくその場所を体験する。一方、アトリエでは模型をつくり、どこにどれくらいの絵を置くかを検討していくのですが、たとえば、明かりを置くとその影はどうなるかと気になったら、電球をもってまたその場所に行く。そういった期間があって、具体的な制作に入っていくかたちです」

──2019年、パリのアーティスト・イン・レジデンスの際には、施設の自分が暮らしていた部屋で展示を行っています。

「部屋的な見せ方をはじめて試みたのは2014年、大学院の2年の時に、自分のアトリエで。それを『部屋シリーズ』の最初にしようと《Room Number 1》と名づけ、のちにはご縁があったマンションの一室でも展示を行いました。そしてちょうど、この作品をもう少し深めていきたいと思ったときに、パリでのレジデンスが始まり、その居住スペースで2度、展示を行っています。いま振り返れば、このレジデンスでの制作は、以降の創作に大きな影響を与えたものだったと思います。たとえば、途中の絵を壁に貼ってご飯を食べていると、ふと絵に明かりが重なっているのが目に留まったり。また違うことをして時間がすぎていくと、その明かりが移動して、今度は鏡の反射みたいなものが絵に写っているのを発見したり。その場所で時間をすごしながら、絵を描き、空間について考えるということを、一年かけてじっくりやったのが、このときでした」


「Yesterday's story」のインスタレーション風景 Cité internationale des arts 2018 ©Akiko Hashimoto Photo : watsonstudio

──大学、大学院では日本画を学ばれています。日本画の技法、日本画的な感性からヒントを得ている部分もあるのでしょうか?

「日本画というよりも日本的なものからの影響はあるかもしれません。実際に、大学では日本画を学んだものの、学部の早い段階で、技術的にも、日本画から離れてしまっています。基本的なことをひととおり習得し、自分の表現というものを考えていったときに、今までの技術や素材と自分のイメージとがうまくかみ合わないと感じ始め、そのタイミングで、現代美術と称されるものたちに関心を持ち始めました。気になる展示を見に行ったり、当時から日本画学科研究室にいらっしゃった(現在は客員教授をされている)アーティストの栗林隆さんとの出会いもあったりしながら、実感が持てる制作方法を模索していきました。そうやって、少しずつ日本画から自分の表現としての何かへ、ずりずりと移行していった感じです。

日本的なものの話をすれば、大学でなぜかハマったのが、日本思想史の授業。古事記の時代から近代までの日本にある思想についての講義形式の授業で、たとえば、『あの山には聖なるものがある』といった見えないものを捉えようする考え方に興味を持ちました。円山応挙が空間全体をディレクションした大乗寺などに行ったりも。そこは、応挙とその門下の直弟子による襖絵が建物の空間に合わせて配置してあり、歩きながら、自分の体の動きと一緒に絵画を体験していくような場所でした。

私の作品は余白を多く取ります。また展示空間内の複数の絵が影響し合い、ひとつの風景が立ち上がるような作品でもある。日本的なもの、ごく若い時に得た知識や関心は、いまの私の作品となんとなく一本の線でつながっているのかもしれないと、後々になって気づきました」

「絵って純粋にすごいもの。制作のたびに感動する」

──絵が折り曲げられていたり、分断されていたり、絵を留めるテープも実は絵だったり、絵とファウンドオブジェを関連づけたり、橋本さんの作品からは、あらためて絵がいろいろな可能性を持っていることを考えさせられます。

「もともと絵って、純粋にすごいものだと思っていましたが、制作の折々で、絵に対する純粋な感動みたいなものが起こり、それが、今も続いています。技術や知識を得ても、さらにまた、『絵ってすごいな』と思う気持ちに立ち戻ることが何度もある。そういう意味でも、私は、絵を出発点にして制作をしているのだなと思いますが、この数年は、やはり、風景のこと、場のことについて深く考えるようになったような気がします。

今年6月、狩野志保さんと二人展『Other Rooms』を行いました。都内のとあるワンルームに、ふたりで作品空間をつくり、予約で来てくださった方に最大90分間、『お好きにどうぞ』と自由に過ごしてもらう。単純に作品を見てもらうのではなく、その場で時間を過ごしてもらうという形式が、私自身にとっても新鮮でした。太陽の動きに合わせて窓からの光が変わるなど、90分の間だけでも、その場について感じられることがたくさんある。その二人展もあって、さらに場のことを一歩進んで考えるようになりました」

──印象的だったのが、資生堂ギャラリーでの「Ask him」(2020年)やギャラリー小柳での「I saw it, it was yours」(2021年)で展示していた、トレーシングペーパーにカーテンを描いた絵。ただ、それ以前の2018年の「It’s soon.」では、実物のカーテンが展示室にかけられていました。展示でつくり上げた風景が、あるとき、絵そのものに取り込まれていく、橋本さんのなかで、風景と絵が、循環している部分もあるのかなと思ったのですが……。

「あるかもしれないと思ったのですが、カーテンについては、実は、以前から何度も描いているもの。『It’s soon.』のときには、空間のなかのしつらえとして自分でカーテンを置きました。展示室と事務所がつながった空間だったので、その間にカーテンをさげたんです。事務所側からの窓の光やオレンジのライトが、カーテン越しに展示室側にうっすらと入ってくる様子が、印象的で。パリのレジデンスでの展示の際も、入り口に薄い布をたらしました。そういう意味では、カーテンは、絵として、しつらえとして、そのときどきに、意味を変えながら、私のなかに存在しているモチーフかもしれません。ただ、資生堂ギャラリーやギャラリー小柳で展示した、カーテンの絵についてもう少し付け加えれば、それは『ここと遠くとがささやかに触れ合う』という言葉が、だいぶ自分のなかでしっくりきた頃につくったもの。ここと遠くの触れ合っている、だけど交わらない一線として、トレーシングペーパーにカーテンを描いています」


「Ask him」のインスタレーション風景 資生堂ギャラリー 2020 ©Akiko Hashimoto Photo : watsonstudio

──作品はどうやって販売しているのですか?

「私の場合は、気に入った景色を写真に撮って自分のものにするみたいな感覚で、好きな作品を持ち帰ってもらい、個人の部屋に風景として挿入してもらえたら、と思っています。また家具としてつくったものもあり、そういったものは、そのまままるごと持ち帰っていただいています」

──最後に、いま、関心があること、今後の予定を教えてください。

「10月にアーティスト・イン・レジデンスのプログラムで、青森のACAC(国際芸術センター青森)に行き、作品を制作する予定です。ACACの大きな白い壁を使って作品をつくろうと考えています。関心があることは、やはり場をつくること。見る人と風景とが対峙し合い、それぞれに浸透し合うような、なにかしらの場をつくって、考えることを、絵を含めてやっていこうと思っています」



〈共通の質問〉
好きな食べ物は?
「薬味。しょうがとか大葉、みょうが、ねぎなど」

影響を受けた本は?
「短編集を何度も読み返します。J.D.サリンジャーの「対エスキモー戦争の前夜」(『ナイン・ストーリーズ』の収録・新潮社)。夏目漱石のエッセイ『硝子戸の中』(新潮文庫)など」

行ってみたい国は?
「島国。ヨーロッパに行ったとき、どこにいてもなぜか自分は大陸にいると感じて。私自身も島国の人間なので、別の島国も気になる」

好きな色は?
「グレー。何千通りもつくれるので」

座右の銘は?
「特にないのですが、大切にしている言葉は、アメリカの小説家レイモンド・カーヴァーの短編小説のタイトルでもある『ささやかだけれど、役にたつこと』。英語では『A Small, Good Thing』。素敵なフレーズだなと心に残っています」

アート活動を続けるうえで一番大事にしていることは?
「食事と睡眠。食べたものをエネルギーにして物事を考える。そして、睡眠をとらないと物事は整わないので」

(聞き手・文:松本雅延)

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