社会問題の解決とアートの融合──重松象平設計の海底美術館、エルリッヒ作品でサンゴ礁再生目指す
フロリダ州マイアミ・ビーチの沖合に、レアンドロ・エルリッヒが手がけたコンクリート製の自動車の彫刻が次々と沈められた。これは、世界的な建築設計事務所OMAの重松象平がマスタープランを手がける海底彫刻美術館の開設に向けた第一弾の作品。海中に設置された彫刻には、サンゴが植え付けられる計画だ。

10月下旬、マイアミ・ビーチの海岸から約240メートル沖合で、22台のコンクリートの車が4日間かけて海底に下ろされた。海底彫刻美術館によるサンゴ再生プロジェクト「REEFLINE(リーフライン)」の第一弾として設置されたこの作品は、アルゼンチン出身のアーティスト、レアンドロ・エルリッヒが制作した《Concrete Coral(コンクリート・コーラル)》だ。エルリッヒは、金沢21世紀美術館の《スイミング・プール》や十和田市現代美術館の《建物─ブエノスアイレス》といった驚きのある常設作品で、日本でも人気がある。
リーフラインの設立計画が始動したのは2019年。きっかけは、キュレーターでアーティストでもあるヒメナ・カミーノスが、マイアミ・ビーチ沖にサンゴの増殖を促す人工魚礁を設置する計画を耳にしたことだった。社会問題の解決とアートの融合を思い立ったカミーノスは、レム・コールハースらが設立した建築設計事務所OMAのパートナー、重松象平をマスタープランの担当者に据え、海洋生物学者や海岸保全のエンジニア、環境保護研究者、デザイナー、アーティストなど、幅広い分野の専門家を集めて海底美術館のプロジェクトを進めている。
今回、水深6メートルほどの海底に並べられた車の彫刻には、海洋環境に耐えられる性質を持ち、pH値が中性の低炭素型コンクリートが使われている。次のステップでは、特別な器具を用いて、マイアミ・ネイティブ・コーラル・ラボで飼育されているサンゴが彫刻に固定される。サンゴが順調に育っていけば、エルリッヒの作品はいつか目に触れることはなくなるが、彼はそのことについてNPR(米国公共ラジオ)にこう語っている。
「時が経つにつれ、車はサンゴの茂みに隠れていくでしょう。それは本当に素晴らしいことだと思います」
エルリッヒの彫刻が設置された場所には、かつて自然のサンゴ礁が広がっていた。しかし、1970年代以降の養浜工事などにより、サンゴは砂に覆われてしまったという。また、近年はフロリダ周辺の海水温の異常上昇や病気等で死滅の危機に瀕しているものも多い。
リーフラインプロジェクトでは今後10年間にわたり、11のフェーズでサイトスペシフィックな彫刻作品の数々を設置。そこに無数のサンゴを植えていく計画で、最終的には全長約11キロの規模になる。そのために4000万ドル(約62億円)の資金調達を目指しており、これまでに個人からの寄付、マイアミに本部を置くナイト財団の助成金、そしてマイアミ・ビーチ市による500万ドル(約7億7500万円)の債券を提供されている。
エルリッヒに続いて設置が予定されているのは、シロナガスクジラの心臓を模したペトロック・セスティの《Heart of Okeanos(オケアノスの心臓)》や、ヒトデをモチーフにしたカルロス・ベタンコートとアルベルト・ラトーレの《The Miami Reef Star(マイアミ・リーフ・スター)》などだ。また、重松象平は、コンクリートのらせん階段を組み合わせた造形物を制作する予定。
プロジェクト責任者のカミーノスは、これらの彫刻が観光資源となり、この地を訪れるダイバーやシュノーケラーが増えることを望んでいる。また、彫刻作品の設置によって海岸を浸食や高潮から守る効果も期待されている。カミーノスはマイアミ・ビーチ市のプレスリリースで、プロジェクトの意義を次のように語った。
「リーフラインは、変化する地球環境に対して創造性がいかに解決への道を拓けるかを示すものです。私たちは、アートを海洋生態系の改善とそれに関する啓蒙の原動力へと変えようとしています。海面上昇の問題に直面しているマイアミ・ビーチで始まったこの取り組みは、世界中の沿岸都市が参考にできるモデルケースになり得ます。アーティスト、科学者、そして地域コミュニティが協力し合うことで、失われたものの再生が可能になるのです」
《Concrete Coral》の設置から数週間、すでに魚たちが車の周囲に集まり始めている。ダイバーたちの話では、イサキやクロサギの群れ、モンガラカワハギやシーバスの仲間、フレンチエンゼルフィッシュなどを目にしたという。なお、リーフラインの将来的な計画には、地球温暖化や水質汚染、乱獲、病気などの問題によるサンゴの危機的状況を専門に扱う海洋学習センターの設立も盛り込まれている。















