森本啓太 Keita Morimoto

  • 30 ARTISTS U35
  • 2022
  • 《Garden of Light》(2019)
  • 《Bathing Light》(2021)
  • 《searching for home》(2021)
  • 《Garden of Light》(2019)
  • 《Bathing Light》(2021)
  • 《searching for home》(2021)

森本啓太は16歳でカナダ・トロントへ移住し、同国を中心に、英国や米国で油彩画を発表してきた。2021年に帰国し、活動拠点を東京に移した。近年、主として題材にしているのは都市の風景。社会経済活動が沈静化する早朝や深夜帯の様子だ。バロック期の絵画をほうふつとさせるドラマチックな光と影で、常夜灯に照らし出された街の片隅を描き出している。分かりやすく特徴的な場所を題材から避けているため、おおよそは察せられるものの、モデルとなった風景を具体的に特定することは難しい。これから始まる物語を予感させる作品で、絵画史でいうマジックリアリズムの系譜に位置付けることも可能だろう。現代人の「生きづらさ」の理由の一つに、作家は相互監視的な社会システムを挙げる。日常の中で見過ごされがちな何げない風景に静かに目を向けることで、軽やかに「生きづらさ」からの脱出を図っているようだ。

森本啓太
Keita Morimoto

1990年大阪府生まれ。東京都在住。2012年オンタリオ芸術大学(現・OCAD大学)卒業。2014年個展「The Nightwatchers」(トロント現代美術館)。2019年トロント・アーツ・カウンシルのヴィジュアルアーティストグラント、バーモント・スタジオ・センター・フェローシップ。トロントのベル・トリニティ・スクエアに作品が恒久展示されているほか、コレクションにアーバンネーション美術館(ベルリン)など。
作家Instagram

「移り変わってゆく社会や街の歴史も、作品の中に残していけたら」

16歳でカナダに移住したのち、トロントを中心に作家活動を展開してきた。2021年に帰国し、現在は東京を拠点に活動している。日本での初個展となった「After Dark」(2021年11月20日〜22年1月29日、KOTARO NUKAGA 天王洲)では、古典絵画の技法をベースに日没後の都市の風景を抒情的に描き出し、注目を集めた。新天地での好調なスタートを切った森本に話を聞いた。

画家を志す転機となった、レンブラントとの出会い

──森本さんは、長らくカナダを拠点に作家活動をされていました。移住した経緯や画家を志した理由などを教えてください。

「高校が私立の厳格な進学校で、入学直後から将来を見据えた進路指導をされるような学校だったんです。高校1年生の僕は、周囲に自分の人生のレールを敷かれていくような環境から逃げ出したいと思い、親を説得して2年生のときにカナダに留学しました。アートの世界に興味を持ったのは、そこで出会った美術の先生の影響が大きいです。

僕にとって大きな転機となったのは、大学1年生のときのニューヨーク旅行です。メトロポリタン美術館を訪れ、レンブラント(1606-69)の作品に衝撃を受けました。『これが絵画というものなのだ』と。教科書の図版などで見たことのある作品でしたが、当時は正直あまりその良さがわからなかったんです。

本物のレンブラントの作品を前にすると、絵画の中に空間が存在して、実際に人物が佇んでいるような奥行きがありました。この立体感、存在感は、絵画でしか表現できない、そう思いました。写真技術の興隆によって絵画は死んだとも言われますが、絵画だからこその表現があることをレンブラントの作品は教えてくれました。このニューヨーク滞在中に、古典から現代までさまざまな作家の作品を見て、絵画の世界にどんどん引き込まれていきました」

──森本さんは古典絵画の技法をベースに作品を制作されています。どのようにして現在の制作スタイルに至ったのでしょうか。

「レンブラントやゲインズバラ(1727-88)といった芸術家たちが、もし今生きていたらどんな絵画を描くだろうか、どのように光を表現するだろうか、という興味が制作の原点になっています。

以前は、ルネサンス期の西洋絵画に描かれた背景などを引用し、一種のパロディとして知人の肖像画を描いていました。古典絵画の技法を用いることで、僕の身近な友人たちが、まるで貴族やブルジョワジーのように見えました。絵画がモチーフのステータスを変える力に関心があったんです。

2018年頃からは、自分の住んでいる地域のドキュメントとして街の風景を描くようになりました。人為的にコントロールされているものとカオスなものとが入り混じっている状態に惹かれます。緑豊かな自然の風景より、都市の風景を選ぶことがおのずと多くなっています。

僕の場合は、絵画制作に写真も活用しています。ただし撮影した風景をそのまま参照して描いているのではなく、写真をPhotoshop(画像編集ソフト)上でコラージュしたり加工したりして構図を固めてからキャンバスに向かいます。スケッチやデッサンを重ねて画面の構成を練る作業を、僕の場合はカメラとパソコンを交えて行っているんです」    

──どういった基準で撮影地を決めたり、写真を選定したりするのですか。

「大きく分けると2パターンありますが、どちらもモチーフを選定する過程に偶然性を取り入れるようにしています。1つ目は、カメラを持って街中を巡り、撮り溜めた素材の中から描く対象を探し出すパターン。ただ自分の中でしっくりするモチーフは、数百枚撮った中で、ほんの2、3点だったりします。

もう1つは自分の内にあるイメージを、外に探しに行くパターンです。僕は、シュルレアリスムの作家たちが行っていたオートマティックドローイング(無意識に近い状態で描写する手法)のようなスケッチを日常的に行っています。その抽象的なインクのドローイングの構図に似通った景色を、カメラを持って街中に探しに行くんです」

変化を求め、今の自分の課題を可視化する

──カナダで着実にキャリアを積んでこられて、なぜ日本に戻ろうと思われたのでしょうか。そして出身地の大阪ではなく、今は東京にお住まいですね。

「30歳を目前に、画家としての生活がある程度安定して、自分の将来がほぼ見えてしまったというか。このままカナダのぬくぬくした環境にいてはダメだ、という危機感が生まれたんです。5年、10年先の自分の人生がクリアに見えてしまったときに、僕はそれを避けようと思う性分なんでしょうね。人生は三割くらい予測不能な部分があった方が面白いと思っていて、敢えて馴染みのない東京に移住しました。

僕は自分の目標や課題を3つ書き出し、見える場所に貼っておくようにしています。昔はその1つとして『成長』を挙げていました。学生時代はとにかく技術的に未熟でしたから。でも、ある程度技術を習得した今は『変化』と書いているんです」

──まさに変化を求めて行動を起こされたのですね。差し支えなければ他の二つもうかがってよいでしょうか。

「現在の僕のテーマは『変化』の他に『つながり』と『裁量』です。僕はとても内向的な性格なので、『つながり』を掲げ交友関係を広げるよう、誰一人知り合いのいないイベントに積極的に参加するなどしてみました。初めはもう冷や汗をかきながら参加していたのですが(笑)。自分の恐怖心を克服するために、一種自虐的な課題を自らに課すようにしているんです」

──ストイックというか、自己啓発への意識が高いのですね。普段どういったものに触発されているのでしょうか。

「本はよく読む方だと思います。基本的にノンフィクションや実用書が多いでしょうか。社会学や心理学、栄養学など幅広く興味があります。物事のメカニズムを知りたいという気持ちが強いのだと思います。最近読んで面白かったのは、行動経済学の研究者であるダン・アリエリーの『予想どおりに不合理』。

読書などを通じて得た知識や情報を自分の生活や作家活動に応用し、検証したり分析したりすることが好きなんです。哲学者のカント(1724-1804)は起床後、仕事をひと区切り終えるまで食事を摂らなかったということを先日知り、早速自分も実践してみました。僕の場合は生活リズムが整い、制作の能率が上がったように感じました」

コロナ禍の東京に現出したヘテロトピア

──帰国後初めての個展はタイトルを「After Dark」として、夕暮れや夜といった時間帯の風景を中心に構成されました。なぜこのようなテーマを選びましたか。

「今回は制作の時間が限られていたということもあったのですが、展示する作品のテーマを絞り込むことにしました。村上春樹の小説『アフターダーク』※のように、ある特定の時間帯に場面を設定することで、より展覧会のストーリーの輪郭がはっきりすると思ったんです。

(※23:56〜06:52という一夜の物語を描いた長編小説)

僕は最初の緊急事態宣言が発令された頃に東京に移り住みました。夜中に自転車で街を走ったとき、煌々と明かりの灯る繁華街に、ほとんど人が歩いていなかったんです。非現実的な光景でした。こうしたコロナ禍の体験は、少なからず作品に反映されていると思います。

今回の個展に向けて、当初僕はエドワード・ホッパー(1882-1967)やピーター・ドイグ(1959- )といった作家に代表されるマジックレアリズム(非現実的なできごとをリアリズムで表現する技法)を指向した、比較的シンプルなアイデアで作品を描いていました。けれどギャラリストの額賀古太郎さんと個展の打ち合わせをしていく中で、ヘテロトピア(哲学者ミシェル・フーコーの言葉で、現実に存在する「他なる場所」の意味)としての風景といったコンセプトを深堀りしていくことができました」

──森本さんの個展は大変好評で、会期が延長されるほどでしたね。SNS上の反響も大きかったです。現実世界からの逃避を図ることのできる森本さんのヘテロトピアに、多くの人が共感できたのではないでしょうか。今はどのような作品を制作していますか。

「今は神奈川県に取材に行っています。郊外の街並みって、都心に比べるとシンプルで、でも全体的にデザインされていない景観はとても面白いです。先日は横須賀に行ってきました。

風景画を描いていると、ふだんの生活の中では気に留めないものに目が向きます。特定の建造物の構造を長い時間見つめることって日常ではあまりないですよね。その街や地域の歴史を読み取ることができて興味深いです。

トロントの街も僕が住んでいた10年の間に、ジェントリフィケーション(再開発や文化的活動によって、地域全体の質が向上すること)が進んで街の風景が大きく変化しました。電話ボックスを描きながら、10年後の僕の風景画には、もう登場しないモチーフなのかな、なんてことを考えます。移り変わってゆく社会や街の歴史も、僕の作品の中に残していけたらと思っているんです」

──自覚的に変化し続ける森本さん。今後の作品の変遷をたどっていくのが一層楽しみになりました。

<共通質問>
好きな食べ物は?
「お寿司、上野のくろぎのかき氷。くろぎのかき氷は、月替わりの限定フレーバーが出るので、毎月通っています」

影響を受けた本は?
「J・キャンベルの『神話の力』です」

行ってみたい国は?
「東南アジア。妻がインドネシア系のカナダ人なのですが、まだ行ったことがないんです」

好きな色は?
「白。僕のパレットの中で一番必要な色です。あらゆる色をコントロールする色。他の色の絵の具はなくても作品は描けるけれど、白がなければ描けません」

座右の銘は?
「J・キャンベルの『follow your bliss(至福を追及せよ)』。至福の追及は、フロー状態とも密接な関係があります。自分の現在のスキルよりも少し高いものが要求されることに挑戦していると、フロー状態に入りやすくなると言われています。日々の生活の中で、なるべくフロー状態である時間の割合を確保したいと思っています。僕の場合は、絵画制作の時間が一番フロー状態を長く維持できるんです」

(聞き手・文:松崎未来)

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