熊谷亜莉沙は、不穏な雰囲気を漂わせる写実的な絵画作品をつくる。モチーフはジュエリーを身につけた素肌や、ベルサーチの服をまとった男性、つややかな豹(ヒョウ)のオブジェや献花など。絵の中でスポットライトを当てられ、真っ黒い背景から浮かび上がってくるようだ。モチーフは作家や家族の背景に関連している。家業は、大阪の遊郭街で営む高級ブランド専門のブティックだった。「華やかであることが世界の中心であること」とたたき込まれた一方で、バブル崩壊後の空虚さも体感しながら育った。装飾的な服はそうした消費社会が増幅させる人間の欲望を、献花は孤独死した父と母の関係を、豹のオブジェは夫への歪(いびつ)な憧れとその背後にある支配―従属関係を、暗示しているという。私的な主題と見えながら、彼女が関心を向けるのは、非合理的で矛盾に満ちた人間や世界のありようだ。富裕と貧困、生と死、愛と憎しみが、実は表裏一体であるという現実の一面をあぶり出す。