藤倉麻子 Asako Fujikura

  • 30 ARTISTS U35
  • 2022
  • 《Paradise for Free》(2021)
  • 《ミッドウェイ石》(2021) Photo: Akira Arai(Nacasa&Partners Inc)
  • 《稜線と連なりと横の奥、街灯と建設とタイヤの厚み》(2021) Photo: 前谷開
  • 《Paradise for Free》(2021)
  • 《ミッドウェイ石》(2021)
    Photo: Akira Arai(Nacasa&Partners Inc)
  • 《稜線と連なりと横の奥、街灯と建設とタイヤの厚み》(2021)
    Photo: 前谷開

藤倉麻子は、主に3DCGによる映像作品やAR(拡張現実)技術を駆使した制作活動で注目を集める。初期の作品《群生地放送》は、仮想の都市で高速道路や街灯、工業製品などのモチーフが、生き物あるいは亡霊のように動きだす不思議な映像作品。イメージの源泉は、幼少期に育った都市近郊の、平らな土地に巨大な高速道路やショッピングモールが立つ光景にあるという。実空間での試みも面白い。2021年の個展「Paradise for Free」では、3DCGの映像をプロジェクションで上映するギャラリー内に、映像に出てくる一部のオブジェクトを抜き出し立体物として制作し配置。実在と仮想の関係性を揺さぶった。同年のグループ展「CULTURE GATE to JAPAN」で発表したのは、過去の映像作品に登場したピンクの庭の岩。作品に貼られたQRコードから仮想空間につながる仕組みで、新しい風景展示のあり方を示した。

藤倉麻子
Asako Fujikura

1992年埼玉県生まれ。2018年東京藝術大学大学院メディア映像専攻修了。受賞歴に、20年LUMINE meets ART AWARD2020グランプリ。主な展覧会に、21年「Encounters in Parallel」(ANB Tokyo)、「CULTURE GATE to JAPAN」(東京国際クルーズターミナル)、20年「Close to Nature, Next to Humanity」(台湾・台東美術館)。
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「3DCGが引き起こす不思議な出来事が、シュールさや独特の質感を創り出す」

藤倉麻子は、3DCG(3次元コンピュータグラフィックス)を使って、現代都市に見られる工業製品や規格品がまるで自生しているような、ユニークな風景を描き出す。また、そうした映像の中に見られるオブジェなどをリアルな空間にインスタレーションとして展開したり、近年は、沿岸エリアなどを実際の都市空間を使って展示を行ったりと、創作活動の幅を広げている。仮想と現実空間を往復しながら、今は「ランド・アートにも興味がある」という本人。作品の背後にあるものは何だろうか。話を聞いた。

幼少期に想像した、風景やものの向こう側にあるルール

──藤倉さんの映像作品は、3DCGで作られた無人の景色のなかに、標識や街灯、パイプや便器など人工的なモチーフが独特の色と動きを伴って現れます。まず、影響を受けたもの、また3DCGを使い始めたきっかけを教えてください。

「私は埼玉の郊外で生まれ育ちました。田畑や住宅、道路、倉庫、遮音壁──そんな風景が広がる場所です。そこで見られるものの多くは、同じ物が反復していたり、要するに何かの法則にのっとって作られているであろうものです。私は、点在するオブジェクトの表面に現れているテクスチャ―の向こう側に何か本質的なルールや動き、色やかたちがある気がして、それらを見いだすことに面白みを感じていました。3DCGの物体の色や動き、かたちには、幼少期から行ってきたこうした凝視体験が背景にあります。

大地に物や構造体などのオブジェクトを置いて、覗いてみたいと思いました。3DCGソフトを使うと、現実では扱いきれないサイズや重量の物体を配置したり、自由に設定して動かしたりできます。いわば架空の大地の改変、土地改良のようなものをシミュレーションするつもりで使い始めました」

──いくつかの作品には、埋立地のような場所や、砂漠のような光景も広がります。

「生まれ育った土地の風景に加え、ダイナミックな景色や動きを見たくて通っていた東京近郊の湾岸エリアや、工業地帯の風景にも影響を受けています。また、そうした郊外での物体の『凝視作業』と並行して、同じぐらいの割合で、物語の本を読んでいました。目の前の現実を凝視することと、すごく遠い世界の幻想的な物語を読むことの二重性が、自分の制作物の特徴としても現れているかもしれません」

──映像作品のなかに、複数のオブジェクトが接触し、物質間をすり抜けていくシーンもあります。「これは仮想空間なのだ」というリアリティを感じさせると同時に、どこかシュールで、また「画家が子どもの絵を目指す」ような感覚、プロダクトならば「味わい」や「ぬくもり」と呼ばれるような質感に近いものを覚えました。

「3DCG上の空間やシーンはあくまでイメージですから、必ずしも現実と同じような物理法則が働く必要はありません。だから、物質が物質をすり抜けることは不思議なことではありません。

とにかく手を動かしてみて、シーンを構築したあとに、そこで何が起こっているのか、なぜそうなっているのかを考えます。

3DCG上にオブジェクトを置き、カメラを配置し、シーン①、シーン②、シーン③……とカットを連続させていくのですが、時間的な逆行が発生することがあります。例えば、終盤のシーン⑨をよりよくするために、新しく岩を配置したり、3DCGモデルを改変したりすることがよくあります。そうしたとき、シーン全体で同じ3DCGモデルを共有しているので、シーン⑨で作った新しい岩が、シーン①に入ってしまうこともあるわけです。また、最終的にデータをイメージとして書き出す『レンダリング』の作業でも、こうした制作過程の時間の混濁のような作用が働きます。

こうしたことが、物体同士の不思議な接触や謎のすり抜け、遠くで変な動きをするやつがぽつんとあるという、シュールさにつながっているのかもしれないと思います。ただ、これは少しずつ手を加えながら彫刻や絵を仕上げていくようなものとは、少し違った質をもたらしているような気がします」

イメージを現実に再投入する、実験としてのインスタレーション

──3DCGで表現したオブジェなどを、リアルな空間にフィジカルなものとして設置し、インスタレーション形式で展示するような試みもされています。特に意図していることがあれば教えてください。

「映像作品は、現実の景色を構成するオブジェクトの表面に現れている部分を強調・変換して描いたものです。物体のテクスチャ―が強調され、ただそれだけになった状態のイメージを現実空間に再度投げ入れたとき、制作過程を通して考えようとしていたような『物体の本質と向き合うような体験』ができるのかを確認するような気持ちでインスタレーションをつくっています。

また、物質同士の距離感や組み合わせというものは、CG上と現実空間では違ってきます。CG上では発生しない状況(スケールの問題、展示室の問題、移動する鑑賞者の問題など)が加わるわけなので。そのときの変化や負荷を観測することも、インスタレーションを作る動機のひとつになっています。

《Paradise for Free》(2021) Photo: Yutaro Tagawa

──例えば、モルディブの水上都市・フローティングアイランドシティのようにミュレーションされたものが現実にでき、さらにさかのぼれば、東京湾の埋立地のように本来なかったところに人間が土地を作り、建物が置かれることがすでに起こっています。そういった近現代の都市づくり、あるいはその背後にある人間の想像力のようなものも暗示させる創作活動だとも思います。

「例えば、ルネサンス期に発展した透視図法は、17世紀、射影幾何学の研究の発端となりました。そして大量の技術者が必要になったナポレオンの時代には、射影幾何学の研究が実用的な画法幾何学(図学)に応用されていく。そうやって遠近法の理論から発展した幾何学は、CAD(computer-aided design)や3DCGに結実していったわけです。私の制作環境(3DCGを使用した映像や平面作品の制作)の背景には、こうした歴史があります。すなわち、図面やモデリングを指示書とした建築物や土木構築物の建設活動など、抽象化した手続きによって人々が現実を構築してきたという歴史です。

しかし、図面やCGで表象される仮想空間と現実のあいだには常に緊張関係がありそのギャップによって非人間的な物質環境が構築される、といった問題も生じます。そうした抽象的な空間構築に対抗する人間の日常的な空間の改変について、例えばアンリ・ルフェーブルなどが空間生産論のなかで詳しく論じるわけです。私が3DCGで風景を構築したり、それをインスタレーション化したり、東京沿岸地域の埋立地をリサーチの対象とするのは、こうした歴史や、仮想と現実の間に起こる諸問題と無関係ではありません」

《ミッドウェイ石》(2021) Photo: Akira Arai (Nacasa & Partners Inc.)

──2022年も、たくさんの場所で作品を発表されています。改めて、今、関心があることを教えてください。

「ひとつは、物流がもたらす景色(主に湾岸から郊外の物流拠点に通じる)に興味があり、コンテナの規格にそった風景を批判的に作品に取り入れてみたいと思っています。2022年5月に行った『手前の崖のバンプール』という展示(*1)は、こうした興味から自主企画して、専門性の異なる研究者や制作者と協働したものです。


*1 
東京都沿岸エリアを対象としたリサーチプロジェクトを経て、藤倉が主催した「物流型展覧会」。参加者は、会場の港に集合し、小型船舶に乗り込んで、チケットとして事前に送付される「材木」を所定の目的地まで運輸する、物流を疑似体験するもので、ルートの途中には、現地の風景と連動した3DCGアニメーションやドローイングなどの藤倉の作品が展示された。
《手前の崖のバンプールの角材棚》(2022) Photo: 太田琢人
《手前の崖のバンプール》(2022) Photo: 太田琢人

また、インスタレーションや映像作品に物語を併置する試みにも関心があります。熱海を舞台にした芸術祭『ATAMI ART GRANT 2022』では、《日の光保存場〜ドラセナ大会〜》と題した温室をつくり、また別の展示室では、それと関連する物語を空間的に展開するインスタレーション《温室制作者の足跡を辿る温室夢想家の部屋》を発表しました。こうしたオブジェクトを凝視することと物語へ没入することの同時性は、今後も深めていきたいテーマです」

《日の光保存場〜ドラセナ大会〜》(2022) Photo: 大村高広

大地を支持体にすることの可能性を追求したい

──最近、日干しレンガを作っているとも聞きました。11月に開催された『New Worlds』展(M5 GALLERY)では、その日干しレンガと、日干しレンガの壁をモチーフにした映像作品《Ideal Wall》を組み合わせた展示を行っていました。この2つの関連性について教えてください。

土から壁をつくることは前からやってみたかったことでした。日干しレンガは、粘土と砂、刻んだ藁と水、石灰で作りました。今年の初め頃からアトリエの庭づくりをしていて、その庭に作りたい要素のひとつが日干しレンガの壁です。《Ideal Wall》は、日干しレンガの壁を作りたいという気持ちから生まれた、3DCG上の架空の壁です。漠然とした『世界の周縁』のような場所があり、そこでは太陽が全て支配している。その太陽に対抗するため、レンガの壁が自在に形態や集合状態を変化させ、影や領域を作り出していく……という様子を映像にしています。

3DCG上の日干しレンガは個体差がなく複製可能ですが、現実世界の日干しレンガは水や藁の配合やサイズによって個体差があり、複製不可能です。3DCGでの制作を前提とするからこそ、現実世界の日干しレンガがおもしろいのです。そしてなにより、実際には複製不可能であるにも関わらず、“複製可能な存在である”と仮定することによってこそ、古代から建築物や土木構築物の最小単位となってきました。日干しレンガが集合することで生まれる「壁」において、レンガひとつひとつの個体差は捨象されている。うまく言葉では言い表せませんが、ここに現実と3DCGのひとつの接点があるような気がするのです。

《Ideal Wall》(2022)
最近作っている日干しレンガ

物流、庭、日干しレンガと主題は様々ですが、こうした活動の背景に一貫してあるのはランド・アートへの興味です。ランド・アートが試みた風景への介入や改変は、写真や映像、地図や図面といった投影物を用いた表象が不可欠だったという事実も重要です。その事実を裏返せば、3DCGという2次元の画面に投影される仮想空間を経由して、それ自体を批判的に検証しつつ再構成できるのではないかと考えています。つまり、ランド・アートが持っていた、実現するためのコストや環境への配慮、作業の危険性といった数多くの問題を反省的に捉え、また同時にクリストとジャンヌ=クロードの作品に見られるような、大人数での喜びに満ちた共同作業によって作品が生まれていくという状況を含めて、『大地を支持体にする』ことの可能性の追求を続けていきたいです。

仮想空間の広大なフィールドを対象とした土地改良と物語の生成は、いわば『マキシマムなランド・アート』であり、庭仕事や日干しレンガの製造といった手の届く範囲でのハンドメイドな土地改良は『ミニマムなランド・アート』です。両者の往還によってはじめて可能になる表現について、追求していきたいと思っています」

<共通の質問>
・好きな食べ物は?
「じゃがいも」

・影響を受けた本は?
「ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』(岩波書店)」

・行ってみたい国は?
「モロッコ、チュニジア、エジプト、ウズベキスタン、メキシコ」

・好きな色は?
「ピンク、グレー、イエロー」

・座右の銘は?
「砂になる」

・活動を続けていく上で一番大事にしていることは?
「興味のあることを丁寧にやる。時間をこちら側に寄せる」

(聞き手・文:松本雅延)

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