持田敦子 Atsuko Mochida

  • 30 ARTISTS U35
  • 2022
  • 《T家の転回》(2017) Photo: Ryuichi Taniura
  • 《浮く家》(2019) Photo: Yuki Higuchi
  • 《Mientras mas lejos aumenta la probabilidad de la caída, aprender de ello también es probable(The further you go, you may fall or you may learn)》(2018) Photo: Maité Fernández Barroso
  • 《T家の転回》(2017)
    Photo: Ryuichi Taniura
  • 《浮く家》(2019)
    Photo: Yuki Higuchi
  • 《Mientras mas lejos aumenta la probabilidad de la caída, aprender de ello también es probable(The further you go, you may fall or you may learn)》(2018)
    Photo: Maité Fernández Barroso

持田敦子は、既存の空間や建造物に、壁面や足場などの仮設的な性格を持つ異物を挿入・貫通させたインスタレーション作品を発表している。複数の芸術賞を受賞した《T家の転回》は、祖母の住居の縁側と室内の一部を円形にくり抜き回転させた作品。祖母と共同生活をしながら、老朽化した家屋の記憶をたどったプロジェクトを土台にしている。持田はこれまで、あえて実現可能性の低い計画を提示し、実現させるまでの過程での様々な葛藤を作品に反映させることを重視してきた。コロナ禍で準備段階から開催の中止が懸念された「札幌国際芸術祭2020」では、理論上永遠に伸び続ける階段のプランを発表。オンラインでの開催となった同芸術祭で、アンビルト(建たない)作品の可能性を示した。現在、移住した長野で地域のコミュニティに少しずつ歩み寄りながら、新プロジェクトに向けて動き出している。

持田敦子 Atsuko Mochida

1989年東京都生まれ、長野県在住。2018年バウハウス大学大学院および東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了。受賞歴に、21年TERRADA ART AWARD片岡真実賞、18年東京藝術大学サロン・ド・プランタン賞、CAF賞齋藤精一賞、アートアワードトーキョー丸の内今村有策賞。18-19年公益財団法人ポーラ美術振興財団在外研修員。 Photo: Pezhman Zahed
作家ウェブサイト

「私は、メディウムのように人と場所の間に介在する存在だと思っています」

既存の空間や建造物に、壁面や足場などの仮設的な性格を持つ異物を挿入・貫通させたインスタレーション作品を制作している持田敦子。近年は、鑑賞者が上ることのできる螺旋階段を用いた作品を発表している。住居の縁側と室内の一部を円柱状にくり抜いて回転させた《T家の転回》など、常識を覆す発想の原点とそれを実現させる行動力の源について、作家に聞いた。

自分が思い描くビジョンを実現する方法を探っていく

──持田さんは武蔵野美術大学の日本画科のご出身ですね。どのように現在の制作のスタイルにたどり着いたのでしょうか。

「小さい頃から絵を描くのが好きで美大を受験しましたが、受験の時点で自分は絵が上手くないということは自覚していました。日本画科を選んだのは試験で提示されるルールと自分が取り組むべき課題が明快だったからです。まだ世界と自分との距離感も掴めていなかった10代の私には、表現したいものが明確にあったわけではありませんでした。

大学時代の日本画の先生は『自身の絵画世界を創造してください』といったことをおっしゃっていたのですが、私は絵画の中に自分の世界を創り出すことができませんでした。そこで逆に世界のほうに絵画を引き出すことができないかと考えるようになったんです。

建物の壁や床に描いたり、日本画では通常使用しない素材を使ってみたり、私なりに絵画を外の世界へ進出させる実験を繰り返しました。そのときに建築資材に触れたことが、今の制作につながっていると思います。

現在の制作スタイルへ舵を切る契機となったのは、大学の卒業制作で味わった挫折感でした。卒展は国立新美術館で発表する機会があります。存在感のある作品にしようと、私は約5メートルある美術館の天井高をフルに使う作品を構想しました。事前の学内での講評の際、私はそれを組み替えた状態でアトリエに展示したのですが、これがひどい出来でした。作品を取り囲む空間に対する意識の欠如に、自分自身が大きなショックを受けました。

実際の国立新美術館での設営は周囲の協力もあってどうにか形にできましたが、自分が様々なことを想定できていなかったことを痛感しました。作品を描くことと空間にインストールすることを別々に考えていたんです。以降は、絵筆を用いないインスタレーション作品を制作するようになりました。当時日本画科の教鞭をとっておられた栗林隆さんの影響も大きかったと思います」

──他に影響を受けたものはありますか。

「今の自分を方向付けた決定的な何かというのを挙げるのは難しいですね。当然、ゴードン・マッタ=クラークやクリストなどからは少なからず影響を受けていますし、フランシス・アリスのプロジェクトの進め方を参考にしたり、Chim↑Pomの問題提起から刺激を受けたり、ということはあります

──持田さんの現在の作品は、制作にあたって建築構造の知識が必要になると思いますが、どこかでそれを学ばれたのでしょうか。

「建築に関して私は素人なので、毎回トライ&エラーでやってきています。最初のうちは特に、設置作業に関わるスタッフや鑑賞者の安全管理への認識が足りず、いろんな方から怒られて、それこそ泣いて謝りながら一つずつ学んでいきました。


《Steps》(2021)TERRADA ART AWARD 2021 Photo by Tatsuyuki Tayama

でも建築の素人だからこそ、私の作品は生まれるとも言えます。私の発想は、建築の知識や構造物の常識をわきまえていたら土台無理なことばかりなんです。私の作品制作はまずビジョン優先で、思い描いた情景をどうやったら実現できるかということを考えていきます」

──もう少し具体的に、どのようなプロセスを踏んで制作するのか教えてください。

「大規模な作品は基本的に設計・施工のプロの方たちと一緒につくり上げていきます。まずは自分のやりたいことをプロの方々に伝えます。大概『無理だ』と言われるので、なぜ無理なのかを教えてもらいます。そこで自分がやりたいことと実現するための方法をすり合わせながら、プロの知見を自分のコンセプトに引っ張ってくるのが私のやり方です。人の意見はどんどん取り入れていく。そういう意味で、私の作品は外に開かれた作品だと思っています」

海外を拠点に活動することへの挑戦

──持田さんの最初のビジョンというのは、何をきっかけにして生まれてくるのでしょう。

「ほとんどの場合、場所の力です。空間が持つオーラと言えば良いでしょうか。その空間と出会って『あ、ここで何かできそうだな』と思うところから始まります。ドイツ留学中のセメスタープロジェクトで制作した《Piercing the Prison》(2015)は、元刑務所だった建物に直径約9メートルの鉄製のリングを貫通させた作品です。重厚な煉瓦の構造に、陰鬱とした重い空気、歴史的・社会的な文脈もそろった場所でした。

自分で場所使用の交渉から行った作品としては、小豆島の廃業したホテルを利用した《Seaside Hotel》(2013)や、空き家になっていた親族の家を扱った《T家の転回》(2017)などがあります。芸術祭などで制作のオファーをいただく際も、大概いくつかの候補をいただくので、現地を巡り、惹かれた場所からイメージを膨らませていきます」

──持田さんは海外でも活動を展開されています。ドイツに留学した経緯を教えてください。

大学を卒業して最初の1年、フリーターをしながら自分なりに制作活動を続けていたのですが、何の実績もネットワークもない中で、活動を継続し作家としての評価を得ていくのは無謀だということがわかりました。特に私の作品制作は、何のコネクションもない場所に裸一貫で赴いてもなかなか実行するのが難しいものです。

それで留学も視野に入れた進学を考えるようになったんです。先輩方の体験談から、海外で活動するメリットは非常に大きいと思いました。そうして、いくつかの大学院に願書を出し、東京術大学とバウハウスに在籍しました。語学は本当に高校英語レベルだったのですが、短期集中で勉強し、自分の意思を相手に伝えられる程度までは上達しました。

藝大は、あまりキャンパスに通うことはなかったですが、国内で活動する上で藝大に籍を置いているというメリットは大きかったです。バウハウスに願書を出したのは、西野達さんの講演を聴いた際、公共空間でのアートプロジェクトに対して理解がある国として、ドイツを挙げられていたからです。バウハウスでの学生生活は、周囲の人々にも恵まれ、本当に良い思い出ばかりです。

私の作品は多くの人の理解や協力がないと完成しません。日本はもちろんですが、海外ではなおさら言語や認識の違いによる困難を伴います。シンガポールでの制作の際には、何度も現地の法制度の壁にぶつかりました。


THE REVOLVING HOUSE OF T. (2017) from atsuko on Vimeo.
《T家の転回》(2017)場所:茨城県水戸市にある民家 作品施工:ビルダー株式会社 Video documentation
(short ver.) Camera:Kousuke Shige (ogopogo film)、Director:Kousuke Shige (ogopogo film)、Atsuko Mochida

だからこそ、留学やアーティスト・イン・レジデンスといった期限付きの特殊な待遇ではなく、1人の移民として海外を拠点に作家活動を続けていけるのかということに、いずれ挑戦したいと思っているんです。今は第二子が生まれたばかりなので、少し先のことになりますが、もう一度ドイツに行って、作家活動の地盤が築けるかを見極めたいと思っています」

与えられた条件や環境の中で今の自分ができる最大限のことをする

──海外拠点の展望など、えて高いハードルを乗り越えようとするバイタリティに圧倒されます。

「与えられた条件や環境の中で、座組みを考える。今の自分ができる最大限のことをする。精いっぱいその状況を楽しんで新しいことに挑戦する。そんなことをいつも考えています。ルールや縛りは、私の作品制作にはとても重要な要素です。まあ、どうにかなると楽観的なだけなのかも知れませんが笑)。2020年、パートナーの仕事の関係で長野県の飯田に移住しました。この土地で今、三菱商事さんのファンディングを受けて、新たなプロジェクトの準備を進めています」

──持田さんが作家活動を続けていく上で大事にしていることを教えてください。

「人の意見を聞くこと、受け容れること。大事にしているというより、私の場合は結果的にそれが大事になっている、と言った方が正しいかもしれませんが。作家性の欠如ととらえる方もいるかもしれませんが、自分は作品のメディウムのような存在。人と場所の間に介在するものだと思っています」

<共通質問>
好きな食べ物は?
「アジア料理。飯田に移住する前は、東京の荻窪に住んでいました。界隈に美味しいアジア料理のお店が多かったので、今はそれが恋しいですね」

影響を受けた本は?
「10代の頃のバイブルは大島弓子さんの漫画作品でした。特に作家活動の初期に見られた『世界との噛み合わなさ』といったセンチメンタルな要素は、大島作品からの影響が多分にあると思います。最近はフェミニズム関連の本を読んでいますが、育児が忙しくてゆっくり読書する時間は取れていないですね」

行ってみたい国は?
「ドイツ」

好きな色は?
「素材の色。なるべく素材をそのまま見せるようにしています」

座右の銘は?
「座右の銘とは異なりますが、ドイツで指導を受けたダニカ・ダキック教授の言葉が、今日の私の活動を支えていると言えます。私が大学の課題で極めて非現実的なプランを提出し周囲の失笑を買ったとき、ダニカ教授は、常に大きなイメージを描いて失敗をも作品の中に取り込めば良い、と仰ってくださったんです。これは私にとって大きな励みとなりました」

(聞き手・文:松崎未来)

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