いま「工芸的なるもの」から学ぶべきこと──「GO FOR KOGEI 2025」レポート
「GO FOR KOGEI 2025」が9月13日から10月19日まで金沢の東山エリアと富山の岩瀬エリアで開催される。今年は、工芸とアートの間で多様な表現や試みを実践する18組が参加。「工芸的なるもの」をテーマに制作された作品の数々は、今を生きる私たちに新たな視点や気づきを与えてくれる。

「GO FOR KOGEI 2025」が9月13日にスタートする。北陸地域を舞台に開催される、工芸とアートの垣根を超えた芸術祭として2020年に始まり、今年で6回目を数える。
2025年のテーマは「工芸的なるもの」。これは民藝運動の主唱者として知られる柳宗悦(1889-1961)が論考「工芸的なるもの」の中で提唱した概念で、車内アナウンスの抑揚や理髪師の鋏さばきを「工芸的なやり方」だと記し、人の行為あるいは態度にさえ工芸性を見出した。柳にとって工芸的なものとは、個人の自由な表現というよりも、社会全体で共有される美意識や様式に基づいたものであり、そこに美や価値が宿ると考えていたのだ。
アーティスティックディレクターの秋元雄史は、インターネットやSNS、YouTubeなどにより、1台のスマートフォンの中で全てが完結してしまう今の時代こそ「工芸的なるもの」を振り返る必要があると考えている。秋元は、「物があふれる日々の中で、極論を言うと手で時間をかけて作る工芸は必要がありません。ですが、作品が生み出されるまでの、例えば1人で深く考えたり、時にはややこしい人間関係と向き合いながらも周りの人と力を合わせたりするような、工芸の周囲をとりまくプロセスには学ぶものが大きいと思います」と語った。
同祭は、昨年に引き続いて金沢の東山エリアと富山の岩瀬エリアの2エリアで展開。今年は18組が参加した。その中から印象に残った展示を紹介する(各見出しは会場名:アーティスト名の順に表記)。
【東山エリア】
金沢駅から車で10分ほど。江⼾時代末期から明治時代にかけて建てられた茶屋様式の町家が多く残されている地域で、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。金沢は現在も九谷焼や加賀友禅を始めとする15種以上の伝統工芸が残っており、同エリアの裏⼿では、かつてさまざまな職⼈が⼯房の軒を連ねていた。同祭では会場をあえてメインストリートから外し、工芸が生み出される息吹を伝えている。
スタジオあ:中川周⼠、相良育弥

昭和の香り漂う民家のドアを開けると、大胆に1階部分の天井を壊した吹き抜けの空間が広がる。そこに鎮座するのは、巨大な杉材の「桶」で出来た茶室だ。これは、室町時代から続く⽊桶職⼈の⼯房の代表、中川周⼠が彼曰く「ノリで」作ってみたものに、茅葺きを素材に作品を制作するアーティストの相良育弥が呼応し、茅葺の屋根を取りつけた《木桶と茅葺き屋根の茶室》(2025)だ。さらに、この作品を見た秋元雄史が、「茶室が普通でないならば、茶道具もそうでないものにしよう」と言いだした。みんなで話し合いながら作っていった結果、桑田卓郎の大きな壺を使った茶釜、巨大な茶筅、京都の茶筒店の開花堂がオイル缶をリサイクルして作った巨大な棗という、世にも奇妙なひと揃えが出来上がった。四畳半とほぼ同寸の茶室は、木の香りが漂い落ち着く暗さ。振る舞われるお点前は正統派なので安心してほしい。
KAI:寺澤季恵

KAIに設置されているのは、富山ガラス造形研究所(研究科)と金沢卯辰山工芸工房で研鑽を積んだ寺澤季恵の立体作品3点。寺澤は生命をテーマに制作している。生命というと「綺麗、豊かなもの」をイメージされがちだが、死や腐敗というものから「生」を受け取りたいのだという。展示作品の1つ、《生生(しょうじょう)2》(2024)は、どこか内臓を思わせる赤さの丸い吹きガラスとガラスビーズ、鉄を組み合わせた大作。その姿はグロテスクだが、同時に、内側から湧き出る生への渇望のような力強さを感じる。
KAI 離:上出惠悟、三浦史朗

東山エリアの裏通りに入り、急な坂を登った先にある2階建ての倉庫。そこは数寄屋建築集団「六角屋」代表の三浦史朗が手掛けた「宴KAIプロジェクト」の作品の1つだ。中に入ると、湯舟が置かれたゾーンと2階建ての茶室、宴会場の3つの空間に分かれている。これは三浦が、室町時代に流行した、風呂に入って汗を流したあとに茶を飲み、酒宴を行う「淋汗茶湯(りんかんちゃのゆ)」のために作ったもので、昨年に引き続いて特別公開される。その茶室に、画家であり、九谷焼の窯元の後継者としても活動する上出惠悟が今年新たに障壁画《夢の香》を描き下ろした。同作で参照したのは、現在の九谷焼の源流となる春日山窯を開窯した青木木米と、京都から移り住み、加賀友禅を確立した宮崎友禅斎。上出は彼らの足跡を辿る中で、木米と友禅斎が工房を構えた近くにある卯辰山が、江戸時代に見晴らしの良さから加賀藩の防衛の最前線として入山を禁止されており、人々は山への憧れから「夢香山」とも呼んでいたことが分かった。上出は、2人が当時見たかったかもしれない当時の卯辰山からの景色を想像しながら描き上げた。
【岩瀬エリア】
富⼭駅から⾞で北へ約15分。江戸から明治にかけて北前船の寄港地として栄えたこの地には、今も豪奢な廻船問屋の建物が⽴ち並び、当時の⾯影を⾊濃く残している。近年は⽇本酒の酒蔵「桝⽥酒造店」が中⼼となって国内外で活躍する⼯芸作家のアトリエやギャラリー、ミシュランガイドで星を獲得した飲⾷店を誘致し、文化の拠点として再び注目されつつある。
セイマイジョ:アリ・バユアジ

アリ・バユアジはインドネシアに生まれ、カナダ・モントリオールで美術を学んだ。今回は新型コロナウィルスのパンデミックを機に始めたシリーズ「Weaving the Ocean(海を織る)」の作品を展示している。バユアジは、バリの島の海岸に漂着したカラフルなナイロン製の漁網を集め、パンデミックで仕事を失った島民たちに賃金を支払って網を洗い、細い糸にほぐしてもらった。それを横糸に、縦糸に綿糸を入れながら織物にしていく。こうして作られたタペストリーは、プラスチックの網とは思えない柔らかな風合いを醸す。制作のインスピレーションは、例えば竹が美しい籠に変貌したり、普通の粘土が繊細な焼き物になる日本の工芸の姿から得たのだという。
旧林医院、富山港展望台:松本勇⾺

松本勇⾺は、新潟県で開催されている「大地の芸術祭」にサポーターとして関わる中で藁による彫刻と出会い、現在は独立し活動している。藁の原料となる米を育てた農家は、かつて「百姓」と呼ばれていた。その言葉は「百の仕事が出来る人」という意味を持つ。江戸時代の農村部では、村人同士が力と技術を共有しながら様々な役割を担い、共に生きてきたのだ。松本は作品制作を通して、そういったコミュニティを再現したいと考えている。今回は7月下旬からおよそ1カ月半かけて、木と竹で作った骨組みに、岩瀬の地元住民たちと力を合わせて藁を貼り付けていった。そうして出来上がったのは、農民に牛が曳かれる様子を描いた《ムウ》とまどろむ猫《スカイネッコ》の2点。素朴で可愛らしい作品の周りには人が集まり、新たな賑わいの場が生まれていた。
旧岩瀬銀行:サエボーグ

木々が並ぶ牧歌的な背景に、豚のオブジェ《サエポーク(吊り豚)》がまるで屠殺されたように逆さに吊られ、モニターには代表作《Slaughterhouse》の映像が流れる。同作は豚や牛、鶏や、少女のゴム製着ぐるみが登場して楽し気に演技をしているが、最終的には家畜は屠殺され、少女はストリップをする。このストーリーを通してサエボーグは、人間が生まれた時から「生」や「性」が徹底的に管理されていることを示す。使用される着ぐるみは、業者には発注せず自身で制作する。日々の作業が作品と同化していくプロセスであり、着ぐるみの素材にケアが必要ではあるゴムを選ぶのも、自身の肌と着ぐるみのシンクロ率を高めるためなのだという。
New An 蔵:坂本森海

坂本は陶芸家として全国各地の土や石を自ら掘り出し、自作の土窯で作品を焼成。そのプロセスを含めて作品化してきた。そんな彼は、昨年9月に起こった奥能登豪雨の復興ボランティアで珠洲市大谷地区に滞在した。家屋の中には大量に土が残されており、手作業でかき出していく。それを見た坂本は、これらの残土で同市の産業でもある七輪を作ることを思い立つ。土をこねて七輪型に成型し、被災家屋の廃材や流木を海岸に集めて焼成した。今回はその過程をストップモーションアニメにして会場で上映。屋外では実際に焼き上げた七輪でバーベキューを行い、観客にふるまう。坂本は、能登の住民の暮らしや命を奪った土だが、人々が集まり、一緒に何かを食べるという行為によって前向きに変換したかったと語る。
GO FOR KOGEI 2025
日程:9月13日(土)〜 10月19日(日)
場所:富山県富山市(岩瀬エリア)、石川県金沢市(東山エリア)
時間:10:00〜16:30(入場は30分前まで)
休場日:水曜