禅寺に舞う蝶、育つ結晶—タイジ・テラサキが挑む禅・科学・アートの共振
京都・両足院でハワイ在住アーティスト、タイジ・テラサキの個展「飛翔 Wings Over Crystalline Landscapes」が開催中だ。蝶の儚い飛翔と結晶の悠久の成長を重ねた約40点の作品に、ARや香りの仕掛けを加え、自然の美しさと危うさを体感させる。その意図をテラサキに聞いた。

寺は信仰の場であり、僧侶が教義を学ぶ場であり、市民が集う場だ。と同時に──あるいはそれゆえに──寺は文化の発信地でもあった。
仏像彫刻、金工・鋳造、書道、華道、水墨画、枯山水。寺を起点に発展した日本文化は数えきれない。仏像や襖絵をはじめとするさまざまな美術品や工芸品で構成される寺は、ある種のインスタレーションと言えるかもしれない。
京都の両足院は、過去の文化を継承するだけでなく、その時代の芸術文化を普及・発展させるという寺の役割をいまも受け継いでいる。ここ数年だけを見ても、加藤泉、ボスコ・ソディ、エリザベス・ペイトンといったアーティストが境内を舞台に個展を開いた。
そして10月1日(水)まで開催されているのが、タイジ・テラサキの個展「飛翔 Wings Over Crystalline Landscapes」だ。

結晶が育ち、蝶が舞う
テラサキはハワイ・ホノルルを拠点とする日系アメリカ人アーティスト。現代美術と科学、環境への眼差しを交差させながら、写真から彫刻、没⼊型インスタレーションまで多様なメディアを駆使し、記憶や儀式、移動、⽣態系の再⽣といったテーマを探求してきた。
「結晶と蝶」を主題とする今回の展示では、約40点の作品が寺院空間に呼応するように配置されている。結晶をキャンバス上で“育てて”描かれた絵画。掛け軸。結晶を施した障子や茶碗。さらにAR(拡張現実)や藤袴の香りをまとった扇子による体験まで──多層的な仕掛けで観客を引き込む。
テラサキが「蝶」「結晶」という二つのモチーフに行きついたきっかけのひとつは、両足院の副住職、伊藤東凌から「季節を表すテーマを考えてほしい」と促されたことだった。テラサキは伊藤と話すなかで、藤袴の花に導かれながら日本列島を縦断するアサギマダラの存在を知り、渡りの途中で命をつなぐその儚い営みに惹かれたという。
対してテラサキが結晶に興味をもった理由は、パリでの展示に遡る。天然の青い結晶石を砕き、絵具のようにしてキャンバスにのせると、結晶自体のきらめきが画面に立ち現れた。結果的にカラーフィールド・ペインティングのような抽象絵画となり、素材そのものが作品を形づくることに驚きを覚えたという。その後別のプロジェクトでアリゾナ州セドナやハワイの結晶を目にし、土地ごとに異なる結晶の姿や、そこに重ねられたスピリチュアルな意味と出会うことで、その関心はさらに深まっていった。
「蝶は儚く、一瞬の存在です。一方でクリスタルは永遠ともいえる時間をかけて成長する。空を舞うものと大地に眠るもの。その対比が私にとって重要なんです」
有機と無機、無常と悠久、空と大地。両極にある二つの存在を重ね合わせることが、彼にとって季節と自然を語る方法となった。

「簡素さ」と「静寂」への憧れ
もうひとつの大事な要素は、両足院という場そのものだ。「学部時代からずっとインスタレーションをしてきたので、空間を相手にするのは自然なことでした」とテラサキは語る。
今回の展示の背景には、禅の美意識、なかでも「簡素さ」と「静寂」への憧れがある。 「寺という空間は、茶道のように一つひとつの道具を丁寧に見る習慣があります。これはほかの美術の場にはなかなか見られない“静謐な鑑賞態度”です。私はそこに呼応するように作品を配置しようと考えました」
床の間には結晶の絵画。大きな部屋には、結晶を育てたオーガンジーの障子。伝統的な空間に、結晶が生み出す時間の流れが重なる。展示体験をさらにユニークにしているのが、ARと香りをまとった特製の扇子だ。観客は老舗扇子店による扇子を手に取り、藤袴の香りを感じながら空間を歩く。QRコードを読み込むと、目の前にアサギマダラの群れが舞いはじめる。風と香りと映像が重なり、儚い飛翔を追体験する仕組みだ。
スピリチュアルという言葉を安易に使いたくないと前置きしつつも、テラサキは「この空間は本当に精神的な体験になると思います」と語る。
環境問題を感情として受け取れるように
蝶と結晶というモチーフは、美しさだけを語るものではない。そこには環境変化への強いまなざしが込められている。かつて秋を告げる象徴だったアサギマダラは、藤袴の減少や水源の枯渇によって京都に姿を見せなくなった。鉱物資源もまた、産業利用による乱開発で希少化している。
「私が大切にしているのは、ただ情報を伝えることではありません。観客が詩的な体験を通して自然に触れ、感情として受け取ることなんです」
今回の展覧会を企画したのは、テラサキ自身が設立した非営利団体「MakeVisible」。保全(Conserve)、保存(Preserve)、修復(Restore)を理念に掲げ、教育的な展覧会を通して環境意識を広げる活動を続けている。科学者の父を持つテラサキにとって、アートと科学を結びつけることは自然な歩みだったという。「MakeVisible」はその延長線上にあり、この展示にも教育的・環境的な視点がその深層に織り込まれている。
そして、このテーマを一過性に終わらせるつもりはない。テラサキは「蝶と結晶」を今後の活動でもテーマに据えようとしている。次に見据えるのは、北米からメキシコへと旅をするオオカバマダラだ。
「これまでの展示は毎回テーマを変えてきましたが、十分に掘り下げられないという思いがありました。だから“蝶と結晶”というテーマは今後も続けていきたいです。オオカバマダラの渡りを辿ることで、より大きなスケールで自然と時間の関係を問いかけられると思います」
ハワイ、日本、そしてメキシコ。土地ごとに異なる自然観や文化に触れながら、テラサキは蝶と結晶の物語を紡ぎ続ける。