「10億円評価」のバンクシー新作を業者が消去。専門家は「地域社会の利益に活かせたはず」と困惑

バンクシーが9月8日に英王立裁判所の壁に描いた新作が、バリケードで覆い隠されたのち、業者によって消去された。

9月8日の朝に発表されたバンクシーの壁画。Photo Justin Tallis/AFP via Getty Images

バンクシーが9月8日に発表した新作が、2日後となる10日、業者によって消去された。この新作は英王立裁判所が入居する複合施設、クイーンズ・ビルディングの外壁に描かれたもので、イギリスの裁判官の衣装である黒いローブとかつらを身に着けた人物が、プラカードを掲げた抗議者を小槌で殴りつける様子を描写していた。抗議者は地面に横たわり、プラカードには血を思わせる赤い飛沫が飛んでいた。ニューヨーク・タイムズによると、イギリスの法的機関が集合するクイーンズ・ビルディングは、「同国で最も警備の厳重な場所の一つ」と言われている。

ガーディアン紙に地元住民が語ったところによると、今回の壁画は9月6日にロンドンで行われたパレスチナ支持のデモで900人が拘束されたことへの抗議だという。

9月10日、業者によって削られたバンクシーの壁画。Photo: X/@malonebarry
9月10日、業者によって削られたバンクシーの壁画。Photo: X/@malonebarry

9月8日の朝にバンクシーが自身のインスタグラムで新作を発表してすぐに、作品は大きなプラスチックシートと金属製バリケードで覆い隠され、2人の警備員による厳重な防御体制が敷かれていた。そして9月10日の朝、顔を覆い隠しヘルメットをかぶった業者によって、壁画は削り取られ、塗料で塗りつぶされた。

イングランド国家遺産リストによると、1964年に完成したクイーンズ・ビルディングは、特別な建築的または歴史的価値を持つ建物に法的保護を提供するグレードII指定建造物に登録されている。

壁画を消去した理由について、イギリス司法省の広報担当者はニューヨーク・タイムズの取材に、王立裁判所は保護建造物であることから、「その本来の特性を維持する義務」があったと説明。また同省は、建物に無許可で壁画を描く行為は器物損壊にあたるとしてロンドン警視庁に通報しており、捜査が続けられているという。

こうした事情があるにせよ、ストリートアート関係者らはバンクシーの壁画を消去するという判断に困惑している。ニューヨーク・タイムズが、これまでに複数のバンクシーの壁画を取り扱ったことのあるギャラリーオーナーのジョン・ブランドラーに話を聞くと、司法省はなぜ専門の業者を雇って建物の壁から絵画を慎重に撤去し売却することで、慈善事業のための資金調達に活かさなかったのか理解できないという答えが返ってきた。

ブランドラーによると、この壁画は最大500万ポンド(約10億円)で売れた可能性があったという。彼は、「確かに、(バンクシーが壁画を描く行為は)器物損壊でした。ですが、なぜその器物損壊を地域社会の利益のために活用しなかったのでしょうか」と付け加えた。

一方で、パレスチナ支持デモの制圧に異議を唱える法的組織「グッド・ロー・プロジェクト」はSNSに、「法廷はバンクシーの壁画を消し去っています。まるで私たちが抗議する権利を消し去っているように。抗議を封じる行為を題材にした芸術作品をなぜ封じるのでしょうか? おそらく、それが彼らにとって都合の悪い問題だったからでしょう」というメッセージとともに、除去の様子の動画を投稿した。(翻訳:編集部)

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CULTURE GALLERY 2024.12.26
バンクシーの2024年を総復習! 9日連続で発表された「動物シリーズ」から4カ月ぶりの新作まで【2024年アートニュースまとめ】
TEXT BY ARTNEWS JAPAN
2024年のバンクシーは、イギリス最大の音楽フェスで政治性の強い作品を公開したり、ロンドン市内で動物をモチーフにした作品を9日連続で発表したりするなど、精力的に活動を行ってきた。写真とともに、正体不明のアーティストの行動を振り返ってみよう。

3月18日、イギリス・ロンドン北部イズリントン地区で発見された新作には、高圧洗浄機らしきものを持った女性の姿と、緑のスプレーペイントで描かれた葉のようなシルエットが描かれている。その後、何者かによって白いペンキが投げつけられ、一時はビニールシートで保護されることに。【続きを読む】Photo: Dan Kitwood/Getty Images

バンクシーが2018年にパリ・ポンピドゥー・センターの駐車場の看板裏に制作した作品を盗んだ罪で、バンクシーの友人を謳う男が裁判にかけられた。被告には執行猶予付き2年の実刑判決と600万円以上の罰金や損害賠償金の支払いが命じられた。【続きを読む】Photo: Aurelien Morissard / IP3 / Getty Images

ストリートから音楽フェスへ。グラストンベリー2024では、当時の英スナク政権による厳しい不法移民施策に批判の目が向けられる中、移民を乗せた膨張式の救命ボートを模した作品が会場に投げ込まれ、観客の間をクラウドサーフィンしていった。【続きを読む】Photo: Jim Dyson/Redferns

8月5日から9日間連続で動物をモチーフに作品を発表したバンクシー。例によって作品はInstagram上で発表され、投稿のコメント欄には、気候変動や環境破壊による野生生物の生息地減少を非難しているといった様々な憶測が飛び交った。【続きを読む】Photo: Carl Court/Getty Images

1日目のヤギに続く動物シリーズより8月6日に発表されたのは、高級住宅地のチェルシーに描かれた見つめ合う2頭のゾウ。【続きを読む】Photo: Yui Mok/PA Images via Getty Images

動物シリーズ第3弾として、8月7日はロンドン東部ジョーディッチ・ハイ・ストリート付近の橋に3匹のサルが登場。【続きを読む】Photo: Henry Nicholls/AFP via Getty Images

8月9日に発表された動物シリーズ第4弾は、ロンドン南東部のベッカム地区の白い衛星アンテナに描かれた遠吠えするオオカミ。しかし発表からまもなく、覆面姿の何者かによってアンテナごと持ち去られてしまった。【続きを読む】Photo: Jordan Pettitt_PA Images via Getty Images

動物シリーズ5作目は8月9日に発表。魚をついばむ2羽のペリカン。ロンドン北東部にあるフィッシュ・アンド・チップス店の看板も作品の一部に。【続きを読む】Photo: Matthew Baker/Getty Images

8月10日に明らかになったのは、伸びをする大きな黒猫。ロンドン北東部にある空き看板に描かれた動物シリーズ6作目にあたる本作は、盗難を恐れた業者によって、数時間後に撤去された。【続きを読む】Photo: AFP via Getty Images

8月11日、動物シリーズ第7弾のキャンバスとなったのは、ロンドンの金融街、シティ・オブ・ロンドンの警備派出所。そこにピラニアの群れが描かれている様子はCCTVカメラにも映っており、ロンドン市警は「犯罪行為だ」と声明を発表した。【続きを読む】Photo: AFP via Getty Images

8作目となる「車に足をかけたサイ」は8月12日に発表。多くの人はサイと車が交尾をしていると解釈し、「産業界が自然を愚弄(Fuck)したように、今度は自然が産業界を愚弄(Fuck)しようとしている」などのコメントがネットを賑わせた。【続きを読む】Photo: Getty Images

いよいよ8月13日、シリーズ9作目にして最終作が発表された。舞台はロンドン動物園のシャッターで、ゴリラがアシカと鳥を解放する様子をその他の動物が内側から眺めているように描かれている。このシャッターは現在撤去され、レプリカに置き換えられている。【続きを読む】Photo: Leon Neal/Getty Images

バンクシーの代表作の一つである《風船を持った少女》がロンドンのギャラリーから盗み出された。犯行の一部始終は監視カメラに収められていたことから、犯人は1週間以内に逮捕された。【続きを読む】Photo: Getty Images

2006年にバンクシーが《Well-Hung Lover》を描いたイギリス・ブリストルの物件が、作品ごと2025年2月にオークションに出品されることが発表された。予想価格は70万ポンド(1億3000万円)。【続きを読む】Photo: Andrew Michael/Education Images/Universal Images Group via Getty Images

12月17日、バンクシーが約4カ月ぶりに自身のInstagramに新作を投稿。コメント欄にはパレスチナ支持のメッセージや、母親は聖母マリアだとする見解、母と子の様子から「別離」や「機能不全に陥った社会」を暗示しているのではないかといった憶測が飛び交った。【続きを読む】Photo: Instagram/@banksy

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