黄金の遺物に覆われた遺骨を「パナマの王家の谷」で発見。1200年前の支配者か

パナマ中部・コクレ県の遺跡で新たに発掘された墓所から、大量の黄金の装飾品と複数の人物の遺骨が発見された。これまでも金の出土品が見つかっているコクレ文化の豊かさと社会構造の一端を明らかにするものとして注目される。

エル・カーニョ考古学公園で発掘が進められる約1200年前の墓所。Photo: Ministry of Culture of Panama

中米パナマ、エル・カーニョ考古学公園の第3号墓で発掘作業中の研究者たちが、約1200年前にさかのぼる墓所から黄金の遺物に覆われた遺骨と、殉死者と思われる複数の人物の遺骨を発見した。

ZMEサイエンスの報道によると、第3号墓の主は「数々の宝物と複数の遺骨に囲まれて横たわっていた。宝物には大きな金の胸当てやイヤリング、ワニの歯やコウモリの翼が描かれた精巧な金の装飾品などが含まれていた」という。

首都パナマシティの南西150キロほどの場所にあるこの遺跡は、「膨大な資源を支配する強力なエリート層が統治し、高度に組織化された社会」で繁栄したコクレ文化の埋葬地として知られる。ZMEサイエンスでは次のように説明されている。

「コクレ文化では、8世紀までに中央集権的な政治構造が構築された。指導者たちは絶大な権力を振るって貿易を支配し、大規模な儀式を執り行い、死後の世界でも自らの権勢が続くよう願った。今日、エル・カーニョ遺跡は、考古学者たちによって『パナマの王家の谷』と呼ばれることも多い」

パナマ文化省のプレスリリースでは、「エル・カーニョ遺跡は西暦700年頃に建設されたネクロポリス(死者の都)で、1000年頃には放棄された。巨大な石柱群で知られるこの埋葬地には、墓のほか儀式を行う木造建造物があった」とされる。

また、エル・カーニョ財団の幹部であるフリア・マヨは、今回見つかった墓は750年頃に作られたものだとし、「強大な権力者の墓であると同時に、彼に付き添って『来世』へ旅立つために殉死した者たちの墓でもある」と語っている。(翻訳:石井佳子)

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