「見えない存在」のホームレスの若者に光を当てる肖像画。俳優ケイト・キャプショーが個展を開催
アメリカの俳優で、巨匠スティーブン・スピルバーグの妻でもあるケイト・キャプショーは、セレブ中のセレブと言っていいだろう。その彼女が、ホームレスの若者を描いた肖像画で個展を開いた。
若者のホームレス問題が深刻化するアメリカ
ジョージア州アトランタの南にある小さな大学の街コロンバスは、華やかな世界に生きる俳優で画家のケイト・キャプショーに会うのにふさわしい場所ではないように感じる。だが、彼女がジョージア州に来たのはハリウッドの話をするためではなく、コロンバス州立大学のボー・バートレット・センターで開催される自身の展覧会「Unaccompanied」について語るのが目的だ。
この展覧会には、ロサンゼルス、シカゴ、ファーゴ、ミネアポリス、サンフランシスコ、セントルイス、ニューヨークといった都市の周縁に住む、ホームレスの子どもや思春期の若者の肖像画が展示されている。
超党派の議員などで構成される政策研究機関、全米州議員協議会によると、アメリカでは毎年約420万人の未成年者がホームレス生活を経験しており、そのうち約70万人は保護者がいない状態で暮らしているという。展覧会のタイトル「Unaccompanied」は、保護者のいない未成年者や若者を指すのに政府が使っている名称「Unaccompanied youth」から来ている。
キャプショーは、ニューヨークのザ・ドアやシカゴのナイト・ミニストリーのような青少年育成団体を通じて絵のモデルたちと出会った。彼らの多くは複数の里親の家を転々とし、日中は外出せずに引きこもっている。明るい時間に出かけたとしても、誰からも気にかけられず、無視されることも多い。
キャプショーの作品は、こうした「忘れられた子どもたち」の存在をしっかり受け止め、描写する価値のある存在として扱う。絵の中の少年や少女は鑑賞者を直接見つめ返しているか、こちらを向いて少しだけ視線を逸らしており、背後には真っ暗で何もない空間が広がっている。まるで、暗がりの中から一歩踏み出したはいいが、さらに前に進んで完全に姿を見せるかどうか決めかねているかのようだ。画面の下の方では人物の服がかすれている。それは、背景に溶け込んでいっているわけではなく、色彩が水滴のように垂れて薄まっているのだ。Tシャツは分解されてロゴの中に溶け込み、生地の柄は服や髪の中へと消えていく。
「子どもたちは、ただ安心して過ごせる場所を求めている」
キャプショーはUS版ARTnewsの取材にこう語った。「お金持ちはいつも『私にできることは何かありますか? どこにお金を送ればいいのでしょう?』と聞いてきます。それに対して私は、お金を送るより子どもの里親になってくれませんかと答えています。それが最善の支援方法だからです。何よりも大事なのはコミュニティなのです。素晴らしいコミュニティの協力なくしては、これらの作品は生まれなかったでしょう。そして世の中には、ただ安心して過ごせる場所を求めている子どもたちが大勢いるのです」
キャプショーの絵を1つ1つ間近で見ていくと、それぞれ描き方がかなり違うことが分かる。滲んだような質感の絵や滑らかな筆致の絵、ピクセル画を思わせるものもある。その理由は簡単に説明できる。今回展示されている作品を制作していた4年間で、キャプショーは画家として成長していったのだ。2009年に絵を学び始めた彼女にとって、今回が初の個展になる。
有名人でスピルバーグの妻、絵を描き始めて10年ちょっと、まだこれが初個展、という目で見る人たちもいるだろう。この裕福な69歳の女性は、自分の知名度を上げるために恵まれない子どもたちを利用しているのではないかと疑う人がいても不思議ではない。
しかし、この題材はキャプショーにとって身近かつ大切なものなのだ。『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』の主演俳優を務めた彼女は、テキサス州フォートワースに生まれ、ミズーリ州ファーガソンで育った。教育学の学士号と特殊教育の修士号を取得して教師になり、ミズーリ州の田舎で学習障害のある生徒のための個別指導プログラムを組んだこともある。
さらに重要なのは、キャプショーが里親制度に詳しいことだ。彼女はスピルバーグと結婚する2年前の1989年に男の子の里親になり、その後養子にした。結婚後にもう1人養子を迎えたスピルバーグ夫婦には、合わせて6人の子どもがいる。
だがこれだけでは、ロサンゼルスとニューヨークを行き来して暮らすキャプショーが、なぜジョージア州の小さな街で展覧会を開催するかの説明にはならないだろう。この個展につながる具体的な経緯は次のようなものだ。
保護された子どもを描いた絵が肖像画コンクールのファイナリストに
「Unaccompanied」シリーズは、もともとアラ・プリマ(*1)で描かれ、ロサンゼルスの慈善団体が運営する施設、ホープ・センターに飾られた一連の習作から始まった。バイオレンス・インターベンション・プログラム(DVと性暴力の被害者救済に取り組む団体)を創設した小児科医のアストリッド・ヘッペンストール・ヘガーと2016年に出会ったことがきっかけでこのプロジェクトを始めたとき、キャプショーは自分の芸術的エネルギーを注ぎ込む場所が見つかったと感じたという。
*1 アラ・プリマとはイタリア語で「一回で」の意味。通常は段階を追いながら時間をかけて描いていく油絵を、絵具が乾くのを待たず、スケッチのように一気に仕上げる技法。
「Unaccompanied」シリーズのもとになった習作は、ソーシャルワーカーや青少年団体の協力を得て作られている。キャプショーは作品が並ぶ個展会場を歩きながら、それぞれのモデルを名前で呼んで、彼らの人生について話してくれた。モデルになったのは、シェルターや児童養護施設に保護されていた子どもたちで、専門職員を通じてキャプショーに紹介された。
モデルになる子どもたちは、自分が心地よいと感じる服を着て来るように言われ、食べ物や飲み物が与えられた。Tシャツやボタンダウン・シャツだけでなく、民族文化を象徴する服装を選んだ若者もいたそうだ。絵のためにポーズを取るのは1時間か長くても2時間程度。制作は、自然光が入らない空きオフィスや物置として使われている部屋などで行われ、出来上がった習作はオープンしたばかりの青少年センターに飾られた。その後キャプショーは、モデルの許可を得てiPhoneで撮影した写真を参考にしながら、さらに本格的な作品を描いていった。
この肖像画に目を留めたのが、スミソニアン協会のナショナル・ポートレート・ギャラリーで絵画・彫刻のキュレーターを務めるドロシー・モスと、館長のキム・サジェットだった。彼女たちに勧められ、2019年に同ギャラリーが主催するアウトウィン・ブーチェバー肖像画コンクールに応募したキャプショーは、この権威ある賞のファイナリストに選ばれた。そして、受賞者とファイナリストの作品が展示される巡回展でボー・バートレット・センターのディレクター、マイケル・マクフォールズがキャプショーの肖像画を見て、彼女にコロンバスで展覧会を開かないかと声をかけたのだ。
ボー・バートレット・センターでの「Unaccompanied」展は5月12日に終了したが、キャプショーによると、いずれはニューヨークで開催する計画があるという。(翻訳:野澤朋代)
「Unaccompanied」シリーズは、以下の組織の協力を得て制作された:The Door(ニューヨーク)、Epworth Children Family Services(セントルイス)、Homeward NYC(ニューヨーク)、Larkin Street Youth Services(サンフランシスコ)、The Link(ミネアポリス)、The Night Ministry(シカゴ)、Pine Ridge Girls School(ノースダコタ州ポーキュパイン)、United States Interagency Council on Homelessness(ワシントンD.C.)、Violence Intervention Program(VIP)Community Mental Health Center(ロサンゼルス)、Youthworks(ノースダコタ州ビスマーク)。
from ARTnews