名もなき労働者の肖像──ラウール・デ・ララの「疲れた道具」シリーズが描くアメリカ【New Talent 2023】
US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌の「New Talent(新しい才能)」は、アメリカの新進作家を紹介する人気企画。今年選ばれたラウール・デ・ララは、なぜシャベルやモップなどの道具をぐにゃりと曲げた「疲れた道具」シリーズを制作するのか。
藁のほうきが壁に立てかけてある。でも何か変だ。木でできた柄が、重力で床に向かって引っ張られているかのように緩やかな弧を描いている。壁からぶら下がっているほうきの柄は、U字型に曲がって巨人のイヤリングフックのような金属製の掛け釘にひっかけてある。同じように掛け釘にぶら下がっているシャベルや雪かきスコップ、熊手、モップの柄も、ぐにゃりと曲がり、取っ手の中を通って輪を作っている。
ラウール・デ・ララの「疲れた道具」シリーズは、素朴な道具を疲労困憊した労働者に見立てることで、「ソフト・スカルプチュア」という言葉に新たな概念をもたらした。デ・ララはこれを「見えない労働者の肖像」と呼ぶ。そこにはいないが、存在が暗示されている家事労働者や農業労働者は、アメリカの場合、ラテンアメリカからの非正規移民であることが多い。
デ・ララはこうした状況にある人々を身近に感じている。幼少時にメキシコからアメリカにやってきた彼自身、DCDA法(*1)のおかげでこの国に残ることができたからだ。ただし、残念ながらDACA法は市民権獲得への道を開くものではない。デ・ララのように、子どもの頃にアメリカに渡った「ドリーマー」たちは、2年ごとに延期措置の再申請をしなければならないのだ。彼は米国に移って以来、再入国が許可されないことを恐れて、20年近く出国することができなかったという。
*1 若年移民に対する国外強制退去の延期措置(the Deferred Action for Childhood Arrivals)。
アメリカに来た当初、彼と家族が得た職は、非正規移民に典型的な飲食業や建設業、造園業などの仕事だった。大卒のホワイトカラーだった両親が肉体労働者になったことで、デ・ララは肉体労働の道具が持つ物質的な特性を否応なく意識させられたという。
最近始めたシリーズでは労働と疲労との必然的な関係を追求し、実用的に見えるが役に立たない椅子を制作している。たとえば、《Soft Chair》は、座面や背もたれは布か革製のように見えるものの、実は木でできているので柔らかくない。また、樹皮がついたままの枝で作られた不揃いの脚からは、不安定さが滲み出ている。
楡の無垢板で作られたこの椅子は、粗野で素朴なオブジェのようだ。座面や背もたれにはだまし絵のようなクッションが彫られ、木が持つ硬い素材感はそのままに、想像上の心地よさを醸し出している。
デ・ララの椅子には、そもそも座りたいと思えないものもある。何百ものとがったサボテンのようなトゲが、黄緑色に彩色された松の木に刺さっている作品だ。このシリーズの《The Wait》(2021)や《Wait (Again)》(2022)は大きめのロッキングチェアだが、《Sugar》(2021)や《Torito》(2021)のように、幼児用のサドルを取り付けた小さいロッキングチェアもある。《For Being Left-Handed》(2020)は背もたれの高いスクールチェアで、左側には木質ボードでできた小さなライティングテーブルが取り付けられ、その裏側には噛んだ後のガムの塊りが貼りついている。
デ・ララの作品の多くは、もし本当に使ったらケガをしてしまうような代物だ。しかし、木工的なオブジェの可能性に新たな方向性を与えるデ・ララの仕事は、最も歴史の長い技術である木彫に、アメリカの周縁にいる人々の状況を表現するという新しい価値を吹き込んだ。社会から注目されない彼らには、アメリカに留まるために行う労働の肉体的、精神的苦難から立ち直らせるものが必要だ。たとえそれが(トゲのある椅子のように)時に痛みを伴うものであっても。(翻訳:平林まき)
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