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  • 2023.07.20

翻訳者が大英博物館を著作権侵害で提訴へ──「なかったことにされたくない」

イギリス・ロンドン大英博物館で開催されている19世紀中国の大規模展「China’s hidden century」に著作権侵害があるとして、カナダ・バンクーバー在住の作家、詩人、翻訳家、ワン・イーリンが訴えを起こした。

ロンドンの大英博物館で2023年5月18日に開幕した「China’s hidden century」展に展示されている清王朝の地図(プレス内覧会にて5月16日撮影)。Photo: James Manning/PA Images via Getty Images

「翻訳した詩がクレジットなしで展示された」

大英博物館側は、この件で問題とされた作品を展示から外している。一方ワンは、大英博物館に対する損害賠償請求訴訟に必要な資金が集まったことを公表した。

クラウドファンディング・プラットフォームのクラウドジャスティスで1万7380ポンド(約320万円、7月10日時点)を集めたワンは、イギリスの弁護士と協力して知的財産企業裁判所(IPEC)に大英博物館への申し立てを行った。ロンドンにあるIPECは、高等法院のビジネス・財産裁判所に属する専門裁判所だ。ワンはまた、イギリスのハワード・ケネディ法律事務所に所属し、知的財産と美術を専門とするジョン・シャープルズ弁護士のサポートを受けている。

クラウドジャスティスに掲載された最新情報によると、シャープルズはワンおよびワンの法廷弁護士とともに、大英博物館に対する法的請求の文面を用意すると表明。同時に、イギリスでの裁判には「何万、何十万ポンド(あるいはそれ以上)」の費用がかかる可能性があることを指摘してもいる。

「したがって、大英博物館がこれまでの過ちを認識し、イーリンと全面的に争うのではなく、賠償の求めに応じることを心から望む」というのがシャープルズの考えだ。

5月18日に開幕した大英博物館の「China’s hidden century」展では、ワンが翻訳した秋瑾(しゅうきん)の詩が展示されていた。しかし、そこには翻訳者としてのクレジット表示がなく、報酬も受け取っていないとワンは主張。訴訟資金のためのクラウドファンディングは、6月18日のワンの申し立てを受けて開始された。

ワンによると、翻訳された詩は、もともと2021年のLAレビュー・オブ・ブックスアシムトート・ジャーナルに掲載されたものだといい、大英博物館の展覧会では会場の展示説明や写真展示、解説シート、展覧会カタログに掲載されていた。

「これは意図せずに起きた人的ミス」

ワンが申し立てを発表した後、大英博物館はガーディアン紙にこう説明している。

「使用している画像、印刷物、デジタルメディアの著作権者への連絡には可能な限りの努力をしています。本件が解決するまで、誠意を示すために問題の知的財産を撤去しました」

6月21日、大英博物館の広報担当者はUS版ARTnewsの取材に対し、「当館の『China’s hidden century』展では、ワン・イーリンによる翻訳の使用許可と承認が不注意により漏れていたことが判明しました。これは意図せずに起きた人的ミスであり、当館はワンに謝罪しました」と述べている。

一方のワンは7月10日に、法的措置を取るための資金集めを決めたのは、大英博物館と何度かメールでやりとりした後だったとUS版ARTnewsに明かした。大英博物館への請求内容は、翻訳者である彼女の名前をクレジットしたうえで秋瑾の詩を再度展示すること、彼女の翻訳を複数のフォーマットで使用したことに対する「適正な支払い」、そして今回の経緯と再発防止策の説明および謝罪だ。

ワンによると、大英博物館は当初、カタログ掲載の謝礼として150ポンド(約2万7000円)を提示。ワンが詩の翻訳をどこに展示・掲載したかの全リストを要求すると、謝礼の金額を600ポンド(約11万円)に引き上げると言ってきた。そして、展示から外した秋瑾の詩を再び展示・掲載することはなく、作品が展示されないのでワンの名前のクレジット表示もないとの説明があったという。

ワンは「大英博物館に、二度にわたり要求を拒否されました。それが、私が資金集めを始めた理由です。他に方法がありませんでした」と説明した。

US版ARTnewsは大英博物館に対し、ワンのコメントと法的措置の計画についてさらなる説明を求めたが、記事公開時点で回答はない。

「何もしなければ簡単に無視される」

「China’s hidden century」展の解説シートには、「14カ国から100人を超える学者が参加し、4年間にわたり行われた研究プロジェクトの成果で、世界中から300点の展示品が集められた」とある。また、展覧会を企画した大英博物館中国陶磁器キュレーターのジェシカ・ハリソン=ホールとロンドン大学バークベック・カレッジのジュリア・ラヴェル教授(中国現代史)は、イギリス芸術・人文科学研究会議(AHRC)から71万9000ポンド(約1億3000万円)あまりの助成金を受け取っている。

ワンはまずツイッターの長文スレッドで、そして現在は法的請求を通じて、この問題の全容を公表した。その理由については、大英博物館が大規模な組織であること、長年にわたって略奪文化財を収蔵してきたこと、今後また他の翻訳者、特に弱い立場のグループに属する翻訳者に同じようなことが起きないかという懸念があることだとUS版ARTnewsの取材に答えた。

「ご存知のように、有色人種の女性である私には、まともに相手にされないのではないか、他の人たちの支持がなければなかったことにされてしまうのではないかという不安がありました。何もしなければ、いとも簡単に無視されたり、まともに相手にされなかったり、脇に追いやられたりするのです」

ワンはまた、「翻訳者は、仕事に対する正当な評価を得るために本当に苦労しています」と強調する。オンラインで翻訳者名のクレジット表記を求める運動「#NameTheTranslator」が展開されていることにも言及し、翻訳者が本の表紙や書評でクレジットされないことが少なくない現状を踏まえてこう語った。

「私の望みは、大英博物館が真摯に謝罪し、敬意を持って私に接し、秋瑾の作品を適切に扱い、私との取引を適正に行うことです。同じようなことが今後二度と起こらないようにしてもらいたいし、ここから教訓を得てほしいと思います」(翻訳:清水玲奈)

from ARTnews

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