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NGOを「テロ組織」指定できる法案が米下院で可決。「政府の検閲を助長」と非難の声

人質として捕らわれているアメリカ人が税金未納などの罰を回避するための法案が米下院でこのほど可決された。しかし、非営利団体を「テロ組織」と指定し、免税資格を剥奪する権限を財務長官に与える追加条項に対して、NGOの活動に対する実質的な検閲を認めていると非難の声が上がっている。

米国会議事堂の外観。Photo: Valerie Plesch/picture alliance via Getty Images

非営利団体を「テロ組織」と指定し、免税資格を剥奪する権限を財務長官に与える法案「Stop Terror-Financing and Tax Penalties on American Hostages Act(H.R. 9495)」が、11月21日に米下院で可決された。この法案は、今後上院で審議される見通しだ。

この法案が下院で可決されたことで、アメリカの芸術系非営利団体には計り知れない影響が及ぶ可能性がある。というのも、芸術系非営利団体はこれまで社会正義の問題や、多様性を促進するような視点が得られるものに対する投資を行ってきたからだ。これが上院でも可決され、大統領が署名して法律として実装されるようになれば、国内で最も影響力のある美術館や展示スペースに影響を及ぼしかねない。

この法案は本来、海外で拘束されているアメリカ人の人質に対して米内国歳入庁(IRS)が課す罰金や罰則を停止することを目的としている。ところが、アムネスティ・インターナショナルを含む多数の非政府組織からは、法案への追加条項に対する抗議の声が上がっている。その追加条項とは、問題となっている組織がテロと関連している証拠を提示する義務を課さない財務長官に、無制限の裁量権を与えるという内容。さらに、政府は非営利団体に対して決定的な証拠を開示する必要がないことから、非営利団体は政府に対して異議を唱える手段がほとんどない。

この法案を支持する議員は、テロとの戦いに伴う「時間のかかる官僚的プロセス」を短縮できると主張している。一方、法案に反対している議員らは、政府に異議を唱える者に対して処罰を与えることが容易になる可能性を高めると主張している。また、この法案に疑義を唱えている非政府組織「アメリカ自由人権協会」は、下院院内総務のマイク・ジョンソン(共和党、ルイジアナ州選出)と、院内総務ハキーム・ジェフリーズ(民主党、ニューヨーク州選出)に、このような公開書簡を提出している。

「(今回可決された法案の前身となった)H.R. 6408の下では、行政機関が、言論の自由を抑制し、非営利メディアを検閲し、政治的反対派を標的にし、政治的見解の異なる好ましくないグループを処罰するのに利用できるツールが与えられるため、悪用される可能性は計り知れない」

この書簡には、アラブ系アメリカ人協会、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、アメリカ家族計画連盟、グリーンピースUSA、シク教連合など、150以上の米国内外の市民および人権擁護団体連合が名を連ねている。

署名した団体の一つ、米アムネスティ・インターナショナルの事務局長を務めるポール・オブライアンは、「パレスチナという文脈がなければ、この法案は権威主義的指導者によって手引きされたものだと見なされるだろう」と声明を発表。というのもこの法案は、2023年10月7日のハマスによる攻撃以来、イスラエルによってガザ地区で4万人以上のパレスチナ人が殺されたことに端を発する、世界的なパレスチナ連帯運動の高まりの中で可決されたからだ。

イスラエルとパレスチナの紛争が勃発して以来、アメリカでは多くの美術大学を含む大学キャンパスでの親パレスチナ派のデモが、学校公認の警察部隊によって鎮圧されている。それ以外にも、アメリカの美術館の主要な後援者であるビリオネアのなかには、反ユダヤ主義を抑制しない場合は資金援助を打ち切ると脅迫している者もいる。こうしたなか、アメリカおよび西ヨーロッパの美術館は、強硬策を強める文化を助長していると非難されているのだ

インディアナ大学のシドニー・アンド・ロイス・エスケナージ美術館では、今年2月に予定されていたパレスチナ系アメリカ人画家のサミア・ハラビーの展覧会が中止された。美術館はハラビーに宛てた手紙で、不特定の「安全上の懸念」を理由に挙げていた。また、マイアミ現代美術館では、チャールズ・ゲインズの個展から、美術館のパトロンのための大規模イベントを前に、パレスチナ人活動家で作家のエドワード・サイードの肖像画がゲインズの同意を得ることなく一時的に撤去された

マディ・クレットがアート・イン・アメリカに寄稿した記事にも記しているように、検閲とは「連邦政府または州政府の行為者による、内容に対する芸術の弾圧」とアメリカの法律では定義されている。政府は芸術機関に簡単に干渉することはできないが、弾圧が文化機関内で行われる場合は機関を率いるものの裁量によるのだ。

このほど可決された法案の批判者たちは、政府による検閲と戦うことを可能にする憲法上の権利の一部が脅かされていると主張している。1950年代の赤狩りの時代にも同様のことが起きており、アメリカ人は共産主義への忠誠を誓っていると、証拠なしに公然と非難され、1950年の破壊活動規制法のもと厳しい法的措置の対象となった。しかし、21日に可決された法案との大きな違いは、共産主義の嫌疑をかけられた人々は議会の調査の場で自らを弁護することができたと同時に、調査自体もより上位の権力によって覆される可能性があったということだ。

また、ヨーロッパのいくつかの国では芸術団体の自由を制限する同様の法律が近年施行されたが、これらの法律は実際に、それぞれの地域に悲惨な影響を及ぼしている。スロバキアでは、年間5000ユーロ(約81万円)以上の外国からの資金援助を受けているNGOに対して、受け取った資金の詳細を公開するよう義務づける法案に当局が署名した。これに対してアムネスティ・インターナショナルは、スロバキアで広く抗議されているこの法案を「当局に批判的な市民社会組織を中傷し、重要な活動を妨害しようとする浅はかな企て」と非難している。

スロバキアで可決された法案によって、国内の文化指導者が解雇されたと同時に、国内における検閲に対する非難が高まった。今年初めにUS版ARTnewsが報じたところによると、解雇に対する反応として、スロバキア国内の数百の劇場、ギャラリー、その他の機関の文化関係者がストライキを予告し、「政治家による破壊的な行動から」国を守ることを誓っている。(翻訳:編集部)

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