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トランスジェンダーの米議事堂トイレ使用禁止、美術館・博物館にも影響? 下院方針への懸念広がる

アメリカ議会下院で、トランスジェンダーによるトイレ、ロッカールーム、更衣室といった連邦政府施設内にある男女別設備の利用を制限する法案が相次いで提出された。これが連邦法の対象となる文化施設の従業員や来館者に、どこまで適用されるのかが懸念される。

ワシントンD.C.のスミソニアン国立自然史博物館。Photo: Chip Somodevilla/Getty Images

11月20日、アメリカ連邦議会下院のマイク・ジョンソン議長(共和党、ルイジアナ州選出)は、トランスジェンダーの議員が議事堂内の女性用トイレを使用することを禁止する案を支持。「議事堂と下院オフィスビルのトイレ、ロッカールーム、更衣室などの男女別設備は全て、生物学上の性別に対応したものとする」と述べた。

きっかけは、ナンシー・メイス下院議員(共和党、サウスカロライナ州)がトランスジェンダーによる女性用トイレ使用を禁ずる決議案を提出したことにある。なお、下院の規則では、下院の施設管理の権限は原則として下院議長にあると定められている。

メイス議員はまた、全ての連邦政府施設でトランスジェンダー女性が「女性のプライベートな空間」を使用するのを禁止する追加の決議案を提出している。同議員は20日、X(旧ツイッター)に2つ目の議案の全文を掲載したが、法案が成立すれば、国務省のアーツ・イン・エンバシーズ・プログラムや、連邦政府一般調達庁のアーツ・イン・アーキテクチュア・プログラムおよびファイン・アーツ・プログラム、内務省の内務省博物館プログラムなど、ワシントンD.C.に本部を置く芸術プログラムに参加するアーティスト、建築家、キュレーター、研究者、その他芸術関連の専門家が影響を受ける。

さらに、対象となる連邦政府の機関には、スミソニアン協会、全米芸術人文科学基金と同財団の4つの下部機関(全米芸術基金、全米人文科学基金、連邦芸術人文評議会、博物館・図書館サービス機構)が含まれる。

スミソニアン協会だけでも、ハーシュホーン博物館と彫刻の庭を含む664の施設があり、そのほかにも多くの文化施設がある。2023年度の報告によると、スミソニアン協会は6229人の連邦職員と3845人の現場ボランティアを抱えており、コロナ禍の2019年度には、さらに多い6896人の現場ボランティアが「博物館訪問者への情報提供、展示ツアーの案内、コレクションの管理補助、研究への貢献」を行っていた。

同協会は、1846年の連邦議会の立法により独立した機関として設立されたもので、連邦政府からの支出金と私的基金が結合した独特の性格を持つ。また、1988年に出された意見書では、「連邦財産または予算を伴うスミソニアンの活動は、財産や契約に関する連邦法の対象となる」とされている。

一方、ピュー・リサーチ・センターの2022年の報告書によると、アメリカの成人の1.6%がトランスジェンダーおよびノンバイナリーを自認している。報告書はまた、30歳未満のアメリカ人成人における比率は5.1%と、高齢者よりもトランスジェンダーまたはノンバイナリー(*1)の可能性が高いことを指摘。また、メロン財団とイサカ S+Rが2022年に実施した美術館職員の人口統計調査では、328館、3万314人の回答者のうち、160人(0.4%)がノンバイナリーであると回答した。

*1 自身の性自認・性表現に「男性」「女性」といった枠組みをあてはめようとしないこと。

さらに、2023年の連邦職員統計調査には62万3096件の回答があり、トランスジェンダーであると回答したのは2403人(0.4%)。回答者のうち、401人のトランスジェンダーの連邦職員は、リモート勤務だと答えている。

皮肉なことに、ジョンソン下院議長が性自認によるトイレ使用を認めないとした11月20日は、1999年から「トランスジェンダー追悼の日」とされている。これは、マサチューセッツ州でトランスジェンダーに対するヘイトクライムにより殺害されたリタ・ヘスターの追悼行事に由来する。

メイス議員が提出した2つ目の議案については、まだ議論のための委員会が設けられていないが、同議員は記者団にこう強調した。

「女性用トイレ、ロッカールーム、更衣室に入りたがる男性は100%阻止します。私は一歩一歩戦っていくつもりです」

一方、メイス議員のトイレ禁止案に批判的な人たちは、短髪、男性的な服装、乳がんによる乳房切除など、性別による典型的な見た目とは異なるシスジェンダー(*2)の女性も、結果として被害を受けることになると主張。ニューヨーク・タイムズ紙のオピニオン・コラムニスト、リディア・ポルグリーンは19日、Xにこう投稿した。

*2 生物学上の性と性自認が一致していること。

「個人的な経験から言えるのは、こうしたトイレ使用禁止を行うと、女性用トイレで最もジェンダーハラスメントの標的になるのは、何らかの形でステレオタイプ的な女性らしさに当てはまらないシスジェンダーの女性だということ。相次ぐ法案提出は、トランスジェンダーの人々を監視や制裁の対象としていますが、そのこと自体、人間の尊厳を冒涜するものとして拒否するのに十分な理由になります」

ポルグリーンは昨年5月にも、フロリダ州のロン・デサンティス知事が、州政府の建物内における生来の性別に対応したトイレ使用を義務づける法律に署名したことを受け、ニューヨーク・タイムズ紙にこう寄稿していた。

「私の経験からすると、こうした法律の本当の目的は別のところにあります。それは、ジェンダーに関する従来の規範、役割、外見を強制するための一歩であり、狂信的な少数派が罰したいと望む外見や振る舞いをする人々を日常的に辱め、貶めることなのです。アイデンティティに関する硬直した定義を満たせない者が安らぎを感じる権利を失うまで、彼らは追求をやめないでしょう」

US版ARTnewsはスミソニアン協会にコメントを求めており、回答があれば記事を更新する。(翻訳:石井佳子)

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