【国際女性デー2024】「男性のいない美術館」プロジェクトとは? 美術館のジェンダー不平等の改善を訴える、ある美術評論家の挑戦

アメリカやイギリスでは3月を「女性史月間」と定め、歴史、文化、社会における女性の貢献を称えてきた。これにちなみ、美術評論家のケイティ・ヘッセルが、テート・ブリテンメトロポリタン美術館をはじめとする世界5カ所の美術館と連携して、女性アーティストにスポットを当てた音声ガイド・プロジェクト「男性のいない美術館」を立ち上げた。

2022年10月19日、英国ファルマスのザ・ポリで開催されたファルマス・ブック・フェスティバルに参加したケイティ・ヘッセル。Photo: Hugh R Hastings/Getty Images

「女性のいない美術館」という現状から生まれたプロジェクト

美術評論家ケイティ・ヘッセルが企画した音声ガイド・プロジェクト「男性のいない美術館」は、世界5カ所の美術館の所蔵作品の中から、同時代の男性アーティストの影に隠れがちな女性や、ジェンダー規範に適合しないジェンダー・ノンコンフォーミング・アーティストをピックアップして各館ごとに紹介するもの。ヘッセル自ら行う解説には、彼女が実際に作品を見た時の感想も含まれており、アート初心者でも楽しみながら、知られざる女性作家の人生と作品について理解を深めることができる。

ヘッセルは2024年3月1日付のガーディアン紙に掲載されたインタビューで、このプロジェクトを立ち上げた理由をこう述べている。

「美術館に展示される女性アーティストの数は歴史的に圧倒的に少なく、それは今も改善されていません。アメリカの18の美術館を調査した2019年のレポートによれば、コレクションの87%が男性、85%が白人のアーティストの作品です。その事実に、私は衝撃を受けました」

2017年3月9日、ギリシャ・アテネのオナシス文化センター(OCC)に現れたゲリラガールズ。ゲリラガールズも1980年代から美術館における男女不均衡を訴え続けている。 Photo: Giorgos Georgiou/NurPhoto via Getty Images

ヘッセルは別のガーディアン紙の記事の中で、2018年から美術館の所蔵作品や展覧会に占める黒人アーティストと女性アーティストを調査してきたバーンズ・ハルペリン・レポートの2022年版触れている。このレポートではアメリカの31の美術館の収蔵品(合計約35万点)と展覧会(ほぼ35万点)を対象に、女性を自認するアーティスト、黒人アーティスト、そして黒人女性を自認するアーティストの割合が示されている(対象期間は2008年から2020年)のだが、収蔵品のわずか11%、企画展示の14.9%が女性アーティストによるものだった(ちなみに黒人アーティストは2.2%、黒人女性アーティストは0.5%だ)。

また、ヘッセルは、美術館に展示されている女性アーティストの作品の横にある解説文に、彼女たちが一緒に仕事をしたり、影響を受けたりした男性アーティストの名前が示されているのに対し、その逆の例はほぼ確認できないと指摘する。例えば、テート・ブリテンに展示されている、ピエト・モンドリアンに影響を与えたとされるクィアのアーティスト、マーロウ・モスの解説ではモンドリアンに言及しているのに、モンドリアン作品についてのラベルでモスが記述されることはないのだ。

「本当に信じられませんでした。女性アーティストは『その妻』、『そのミューズ』、『その娘』として記述されているのです」

さまざまな時代に生きた女性作家の人生と創作を知る

これらの現状を踏まえて、「一朝一夕に思い切ったことができるわけではないが、平等への歩みを加速させるために、できる限りの行動を起こしたい」というヘッセルの思いから生まれた「男性のいない美術館」は、このほど第一弾としてサンフランシスコのレジオン・オブ・オナー&デ・ヤング博物館が公開された。続いて3月8日にメトロポリタン美術館、19日にイギリスのザ・ヘップワース・ウェイクフィールド、22日にアメリカのハーシュホーン美術館・彫刻庭園、29日にテート・ブリテンがリリース予定だ。

ローザ・ボヌール《馬の見本市》(1852-55)メトロポリタン美術館蔵 Photo: Wikimedia Commons

レジオン・オブ・オナー&デ・ヤング博物館では、アメリカの彫刻家ルース・アサワ(1926-2012)を取り上げた。日系人であるという理由で戦時中は家族と共に強制収容所で暮らしたアサワは、収容所で多くの文化人と交流し、それらを芸術の糧とした。彼女は、1982年にサンフランシスコ初の公立芸術学校を設立するなど偉大な教育者でもあった。そのほか、フランス革命期に活躍した画家マリー=ギレミーヌ・ブノワストやアフリカ系アメリカ人の現代アーティストビサ・バトラー、そしてメアリー・カサットらを紹介している。

メトロポリタン美術館では、フランスの動物画家、ローザ・ボヌール(1822-1899)の幅5メートルの油彩《馬の見本市》(1852-55)を取り上げる。この作品は、男性画家が描いた女性のヌード作品が中心となっている部屋で他を圧倒する存在感を放っている。制作された当時、女性の画家はヌードを描くことが禁じられるなど制約が多かった。そして馬の見本市は男性が中心の世界であり、ボヌールは見本市を写生するために男装をする必要があった。彼女はズボンを履くことだけでも、フランス当局の許可を得なければならなかったという。

ヘッセルは前述のガーディアン紙のインタビューで今回の試みをこう語っている。

「美術史は、(多くの場合)個人の視点から視覚的な形で世界の歴史をたどるものです。 このプロジェクトを通して、人々が知らなかったアーティストに目を向け、異なる視点を持つきっかけにしてほしいと思っています。私の目標は、音声ガイド『男性のいない美術館』が世界中に広がること。私はいつも美術館に行くことを勧めていますが、もう一歩進めて、展示室で女性やジェンダーに適合しないアーティストの作品を探し、その結果、やるべきことがどれだけたくさんあるかに気づいてほしいのです。最終的には、あらゆる背景、性別、年齢の人々にこの対話に参加してもらいたいのです」

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