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ロバート・メイプルソープ財団はいかにして遺作の価値を高めてきたのか。その取り組みを追う

1970年代から80年代のニューヨークのアートシーンを駆け抜け、とぎすまされた美意識でポートレートや静物、ヌードや性をテーマとする挑発的な写真を残したロバート・メイプルソープ。その作品の人気が近年さらに高まっている背景を探る。

ロバート・メイプルソープが1980に制作した2枚の《セルフポートレート》。Photo: © Robert Mapplethorpe Foundation, Used by permission. Courtesy Thaddaeus Ropac gallery, London · Paris · Salzburg · Seoul

販売管理から有名ブランドとのコラボまで、メイプルソープ財団が果たす役割

1986年、当時40歳でエイズと診断されたときに写真家のロバート・メイプルソープが真っ先に考えたのは、死の前に作品を破壊することだった。だが、最初のショックを乗り越えた彼は、作品を破壊する代わりに自らの作品を管理する団体の設立を思いつく。

こうして死去の前年にあたる1988年に立ち上がったロバート・メイプルソープ財団の理事長を務める弁護士のマイケル・スタウトは、設立時のいきさつをこう振り返る。

「理事の選出に関してロバートは賢明でした。感情的な決断を下す可能性のある親族やパートナーに遺作管理の仕事を任せるのは、アーティストの仕事を後世に伝えていく上で必ずしも良いことではないと分かっていたのです」

メイプルソープは、写真と法律の専門家(スタウトは著作権法に詳しい)で構成される理事会に、見る者に強い衝撃を与える作品群の管理を任せ、その将来を託した。スタウトの推定によれば、メイプルソープは約2000点のネガをもとにした約1万4000点のプリントと、それよりも数は少ないが彫刻やポラロイドの作品を残している。

しかし、遺作の管理は近年複雑化しており、現在は世界各地にある15のギャラリーが地域ごとに販売を任されている。北米ではグラッドストーン・ギャラリー、モラン・モラン、オルガ・コーパー・ギャラリーを含む5軒が、ヨーロッパではグザヴィエ・ハフケンス、タデウス・ロパック、アリソン・ジャック、ギャラリー・トーマス・シュルテなど8軒が財団と契約を結び、南米での販売はブラジルのガレリア・フォルテ・ダロイア&ガブリエルが、アジア市場はソウルのクジェ・ギャラリーが担当している。

タデウス・ロパックが2024年のアート・バーゼルに出品したロバート・メイプルソープの《Ken and Lydia and Tyler》(1985)。Photo: © Robert Mapplethorpe Foundation, Used by permission

6月16日に幕を閉じたスイス・バーゼルでのアート・バーゼルでは、グラッドストーン・ギャラリー、タデウス・ロパック、アリソン・ジャックがそれぞれメイプルソープ作品を出品していた。ギャラリーでの展示・販売以外にも、毎年のように各地の美術館で展覧会が開かれるほか、ユニクロやクロムハーツ、ハニー・ファッキング・ディジョンといったブランドとのライセンス契約もある。だが、設立された当初の財団は、ポストカードやカレンダー、ポスターといった紙ベースの商品にしかライセンスを供与していなかったという。近年のパートナーシップの拡大について、スタウトはこう説明する。

「クロムハーツのレザージャケットに作品が使われることをロバートが賛成するかどうか、判断のしようがありませんでした。でも、多くのアーティストが企業とライセンス契約を結ぶようになったので、私たちもそれにならうことにしたのです。しかし、ライセンス契約に関しては慎重に判断し、特に長く残る書籍や出版物については細心の注意を払う必要があります。今では大概の作品はネット上で見られるので、売り上げという意味ではかつての勢いはありません。ただ、ロバートは写真集を重視していたので、さまざまな出版社から数多くの本を出しています」

スタウトはまた、財団の理事たちは「むやみにライセンスを与えない」ことで意見が一致しており、「メイプルソープ本人ならそうしただろうと思われる決断をする」ことを基本的な指針にしていると付け加えた。

ロバート・メイプルソープ《OpenBook》(1974)。ニューヨークのグラッドストーン・ギャラリーで開催された展覧会「Robert Mapplethorpe: Unique constructions」(2024年3月19日〜4月20日)での展示風景。Photo: ©Robert Mapplethorpe Foundation/Courtesy the Robert Mapplethorpe Foundation and Gladstone Gallery

ギャラリーでも美術館でもメイプルソープ展が目白押し

あまり知られていないが、メイプルソープ財団は作品の管理団体であるだけでなく、HIV研究を支援する助成団体でもある。絵画と写真作品の価格差が大きいことに言及しながら、スタウトはこう明かす。

「私たちはギャラリーでの売り上げに大きく依存していますが、画家の遺産管理団体に比べると写真家の遺産管理団体は、資金繰りに苦労しがちです」

とはいえ、メイプルソープの写真は今、かつてないと言っていいほどの人気ぶりだ。2024年の第一四半期だけでも、ロンドンのアリソン・ジャックニューヨークのグラッドストーン・ギャラリー、パリのタデウス・ロパック、ロサンゼルスのモラン・モランの4軒で個展が開催された。ロンドンのフィリダ・リードでは、アン・クレイヴンおよびムハンマド・Z・ラーマンとの3人展が開催され、パリとロサンゼルスの個展では、それぞれファッション・エディターのエドワード・エニンフルとアーティストのジャコルビー・サターホワイトといった著名人がキュレーターを務めている。

また、ニューハンプシャー州のクーリエ美術館では、20世紀前半に活躍したイタリア人画家フィリッポ・デ・ピシスとメイブルソープの2人展「Filippo de Pisis and Robert Mapplethorpe」が4月に開幕した(9月2日まで)。2人が好んでモチーフにしていた花を軸としたこの展覧会には、メイプルソープ財団から貸与された38点の写真が並ぶ。

ニューヨークのグラッドストーン・ギャラリーで開催された「Robert Mapplethorpe: Unique constructions」展の展示風景。Photo: David Regen/©Robert Mapplethorpe Foundation/Courtesy the Robert Mapplethorpe Foundation and Gladstone Gallery

グラッドストーン・ギャラリーのアッパーイーストサイドの拠点では、3月から4月にかけて、メイプルソープ作品の中でもあまり知られていない立体的なアッサンブラージュ(既製品や廃品を用いた作品)や彫刻的なフレームに入れられた写真作品を紹介する個展が開催された。劇的な要素と家庭的な親密さを控えめな調子で組み合わせたこの展覧会では、かつて住居として使われていたギャラリーの空間がうまく活かされていた。

たとえば、ある展示室の一角には1972年頃に制作された《Untitled (Coat Rack Sculpture)(無題〈コート掛け彫刻〉)》という立体作品が、コート掛けとしてではなく照明器具として置かれていた。そのすぐ脇に飾られたモノクロ写真を見ると、半裸でポーズをとるアーティストのジェイ・ジョンソンの横に同じ彫刻が写っている。また、裏庭に面した窓の前には、床置きの大きなアルミ製の構造物があった。これは《Open Book》(1974)という作品で、シャープな三角形の台座の上に据えられたフレームにはペニスの写真が4枚並んでいる。

メイプルソープが手がけたミクストメディア作品や彫刻的なフレームの多くは、グラッドストーン・ギャラリーでの個展に先駆けて、グッゲンハイム美術館で1年にわたり開かれた2部構成(*1)の展覧会で初めて公開された。「Implicit Tensions: Mapplethorpe Now(暗黙の緊張:メイプルソープの今)と題されたこの意欲的な展覧会は、1993年にメイプルソープ財団からグッゲンハイム美術館に寄贈された194点の作品を土台としている。この寄贈により同美術館には写真部門が設立され、メイプルソープの名を冠した展示室も設けられた。


*1 第1部:2019年1月25日〜7月10日、第2部:2019年7月24日〜2020年1月5日

グッゲンハイム美術館のアソシエイト・キュレーター、ローレン・ヒンクソンは、「Implicit Tensions」展についてこう語っている。

「メイプルソープ以前は、写真作品にとってフレームは二次的なものでした。紙媒体のページを彩っていた写真を壁に飾ることのぎこちなさが反映されていたのです」

ニューヨークのグラッドストーン・ギャラリーで開催された「Robert Mapplethorpe: Unique constructions」展の展示風景 Photo David Regen/©Robert Mapplethorpe Foundation/Courtesy the Robert Mapplethorpe Foundation and Gladstone Gallery

この展覧会の第2部にはライル・アシュトン・ハリス、グレン・ライゴン、ザネレ・ムホリ、キャサリン・オピーなどの存命作家も参加。それぞれが第1部に対する応答として、クィアの人々が持つレジリエンス(困難に負けない力)をテーマにした作品を出品した。その構成についてヒンクソンはこう説明する。

「美術史に名を残すあらゆる作家と同様、メイプルソープの作品とその意味は安定したものでも静的なものでもありません。ほかのアーティストたちがそれぞれ異なるアプローチでイメージを生み出すように、絶えず再解釈の余地があるのです」

新しい世代に刺激を与え、同時に新しい視点を取り入れて作品を活性化

メイプルソープは性的な含みのある花の写真や、ドラマチックなライティングが施されたフィストファックの写真などで知られるが、こうした大胆な肉欲の表現は今もなお新世代のクィア・クリエーターたちに刺激を与えている。

たとえば、カルト的な人気を誇る気鋭のフランス人デザイナー、ルドヴィック・ド・サン・セルナンは財団とコラボレーションし、2024年2月に開催されたニューヨーク・ファッション・ウィークでメイプルソープにインスパイアされたメンズコレクションを発表した。ポップスターのトロイ・シヴァンは、現在進行中のワールドツアー「Sweat」で、このコレクションからボンデージ風のレザーを多用したアイテムを着用しているが、これは同じメイプルソープ作品でも万人受けしやすい、ユニクロの2015年グラフィックTシャツラインとは一線を画すものだ。

ロバート・メイプルソープ《Untitled(Jockstraps)》(1974) Photo: ©Robert Mapplethorpe Foundation/Courtesy the Robert Mapplethorpe Foundation and Gladstone Gallery

メイプルソープの作品が時代を超えて新鮮さを保っていけるよう、財団は新しい視点を取り入れることに積極的だ。イザベル・ユペールやエルトン・ジョン、前述のエニンフルやサターホワイトなど、カルチャー界のスターをキュレーターに招いたギャラリー展は、メイプルソープの膨大な作品を今までとは異なる角度から捉えることに挑戦し、収益面でも好結果をもたらした。中でも、エニンフルの企画によるタデウス・ロパックの展覧会では、3月の開幕初日に約2000人もの来場者が訪れている。

一方、サターホワイトにとって、2月から5月にかけて行われたメイプルソープ展のキュレーションは彼自身の実践と共鳴するものだった。彼もまた、権力や自律性、陶酔というテーマで作品を制作しているからだ。財団は、ブルックリンを拠点とするこのアーティストに、メイプルソープの全作品へのアクセスを許可した。その結果生まれた展覧会「Robert Mapplethorpe: Animism, Faith, Violence, and Conquest(ロバート・メイプルソープ:アニミズム、信仰、暴力、征服)」では、ユートピア、抵抗、献身をテーマにした、これまであまり光が当てられてこなかったメイプルソープ作品も披露されている。たとえば1982年の写真には、底にチェーンがぶら下がったテレビが写っており、1985年の写真では、海賊に扮した少年が望遠鏡を覗いている。

さらに、この展覧会タイトルに使われている言葉は、サターホワイトが最近メトロポリタン美術館(MET)の依頼を受けて制作し、さまざまな形の信仰や生き残ることについて探求した2023年の作品、《A Metta Prayer(メッタの祈り)》(*2)のテーマと通じるものがある。このコミッション作品で献身、権力、美の中にある毒といったテーマを追求したばかりだった彼は、展覧会を企画する中でメイプルソープがかつて抱いていたであろう不安に近しさを感じたという。メイプルソープに関連するプロジェクトが長年の夢だったと言うサターホワイトは、こう語る。

「(METで展示した)自分のプロジェクトでは、ビデオゲームや、暴力、監視、征服といった概念をどう覆せるか考えていました。もし10年前にやったとしたら、まったく違ったものになっていたはずです」


*2 Metta(メッタ)とは、上座部仏教に使われる古典語であるパーリ語で親しみや博愛、善意を意味する言葉。
グラッドストーン・ギャラリーが2024年のアート・バーゼルに出展したロバート・メイプルソープの《Orchid》(1982) ©Robert Mapplethorpe Foundation. Used by permission/Courtesy the artist and Gladstone Gallery

一方、メイプルソープを扱うギャラリーも、作品に異なる視点を与える上で重要な役割を果たしてきた。その変遷をスタウトはこう説明する。

「ロバートの作品の中では、カラー(花)を写した静物写真とヌードがとりわけ有名ですが、これは初期に独占的な作品の扱いを財団から任されていたロバート・ミラー・ギャラリーによって確立されたイメージです」

2000年代初頭、財団は取り扱いディーラーをニューヨークのショーン・ケリー・ギャラリーに変更。それがメイプルソープ作品に対するより多面的なアプローチにつながった。2003年には、写真家のシンディ・シャーマンがショーン・ケリーの協力を得てメイプルソープの展覧会を企画。今は年に数回開かれているアーティスト主導のキュレーションプロジェクトの先鞭をつけた。その成果をスタウトはこう語る。

「世間の反応も上々で、ロバータ・スミスがニューヨーク・タイムズ紙に書いたレビューも好意的でした。それで、キュレーションを外部の人に任せるのは理にかなっていると確信したのです。この方法を取ることで、私たちでさえ見たことのない、あるいは忘れていた作品と再び出会うことができます」

パリのタデウス・ロパックで開催された展覧会「Robert Mapplethorpe, curated by Edward Enninful」の展示風景 Photo: Charles Duprat/©Robert Mapplethorpe Foundation, Used by permission/Courtesy Thaddaeus Ropac gallery, London · Paris · Salzburg · Seoul

現在のメイプルソープ財団の課題は、いかに有限の作品で運営資金を確保し、活動を継続していくかにある。さまざまな価格帯の作品の売り上げをモニターし、同じ作品が別々の展覧会で同時に展示されることを避けるため、財団は「コアシステム」と呼ぶ仕組みを確立した。理事会とスタッフはこれを使って世界中で販売されている写真をカテゴリーごとに管理し、それぞれの価値と将来の需要の観点から作品在庫のバランスを取っている。このシステムはまた、財団が契約を結んでいる複数のギャラリーの間で作品を均等に配分したり入れ替えたりする際にも役立っている。そして、パティ・スミスやメイプルソープ本人、アンディ・ウォーホルなど、群を抜いて象徴的な被写体の作品や、カラーの写真は、「特別な機会のためにとっておく」とスタウトは言い、こう振り返った。

「ロバートと財団を立ち上げた当初、この活動が20年以上続くかどう未知数でした。私たちの財団には、感情的な決断をする理事や、思い入れのある作品を手放そうとしない理事はいません。私たちはただ、全ての作品をうまく配置したいと考えているのです」(翻訳:野澤朋代)

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