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「足元で地球が崩壊しつつある」──オラファー・エリアソン、気候変動への警鐘を込めた新作を発表

光、水、空気を巧みに操るインスタレーションで知られ、日本でも人気の高いオラファー・エリアソンの新しいインスタレーションが、リヴォリ城現代美術館(トリノ)のマニカ・ルンガ棟で展示されている(2023年3月26日まで)。気候変動に関心を寄せ、サステナブルな世界を意識した創作を続けるエリアソンの新作を紹介する。

オラファー・エリアソン《Navigation star for utopia(ユートピアへと案内する星)》(2022)、リヴォリ城現代美術館(トリノ)での展示風景。Photo: Agostino Osio/©2022 Olafur Eliasson/Courtesy the artist; neugerriemschneider, Berlin; and Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles

6つの没入型作品からなるオラファー・エリアソンの展覧会「Orizzonti tremanti(震える水平線)」が開催されているマニカ・ルンガ棟は、16世紀に建造された細長い建物だ(マニカ・ルンガはイタリア語で「長そで」の意)。会場に入ると、鏡と光の投影によって、まるで地平線がどこまでも遠ざかっていくように感じられる。普段の視野で見ているものを超えて心の中に入り込み、自分の感情や内なる風景に触れるような体験ができるのだ。

デンマーク出身のエリアソンが1999年に北欧以外の美術館で初めて個展を開いたのが、リヴォリ城現代美術館だった。そのときに展示された作品《Your Circumspection Disclosed(あなたの用心深さが明らかになる)》は同美術館の永久収蔵品になり、今回の展覧会でも展示されている。この99年の個展と今回の「Orizzonti tremanti」をともに手がけたキュレーターのマルチェラ・ベッカリアは、前回から20年以上経った今、エリアソンの知られざる一面を見せたいという思いで展示を企画したという。エリアソンはUS版『ARTnews』の取材に、「アートのみならず科学にも真剣に取り組み、リサーチに重点を置いているこの美術館で展覧会が開かれることを誇りに思う」と語った。

ベッカリアはこう説明している。「エリアソンの作品の多くは、特定の場所の歴史やその周辺の自然と結びついていますが、今回の新作はマニカ・ルンガの形状にインスピレーションを得ています。鏡を使って360度の視界を実現した6つのインスタレーションは、どれも私たちの想像力に訴えかけるものです」

アートとサイエンスの融合

《Your memory of the kaleidorama(あなたの記憶の中のカレイドラマ)》(2022)Photo: Agostino Osio/©2022 Olafur Eliasson/Courtesy the artist; neugerriemschneider, Berlin; and Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles

90年代後半から、エリアソンはアートと科学を融合させた作品に取り組み、特にエコロジーと気候変動に強い関心を寄せてきた。作品の多くは体験型だが、見る人をその中に没入させる最も有効な方法といえば、暗闇に誘うことかもしれない。

というわけで、会場の中はほぼ真っ暗闇だ(作品が放つ光で、他の鑑賞者とぶつからない程度の明るさはある)。展示されている作品はすべて、エリアソンがベルリンのアトリエで行った実験から生まれている。羅針盤のコレクターとして25種類ほどを所有しているエリアソンは、そうした科学機器から作品を着想するという。

常に新しい機種に置き換わっていく羅針盤は、歴史的に意味のある役割を担ってきたというのがエリアソンの考えだ。「我われは進むべき道を見つけるために新しい道具を発明し続けているが、今ほど指針を必要としている時代はない。だからこそ、視点を変えてみるべきではないだろうか? まっすぐ前だけを見ている我われの足元で、地球が崩壊しつつあるからだ」

展覧会の幕開けとなる作品は、《Navigation star for utopia(ユートピアへと案内する星)》(2022)。羅針盤状のものが天井から吊るされていて、近くの壁に光と影を投げかけている。カラフルな光線が未来的な羅針盤を思わせ、来場者に正しい方向(展示室の出口、あるいは展覧会の出口)を示しているようだ。

細長い会場の最後には、アイスランドの海岸で拾った流木を2つ組み合わせたインスタレーション《Your Non-Human Friend and Navigator(あなたの人間ではない友人かつナビゲーター)》(2022)がある。床に敷かれた淡いブルーの薄布が、木片を何千キロも運んできた海流を想起させる作品だ。

美術館のキュレーターたちは、エリアソンの作品に「アルテ・ポーヴェラ」の影響が見られると指摘しているが、それは主にこの作品からくるのかもしれない。アルテ・ポーヴェラ(「貧しい芸術」の意)は1960年代〜70年代初頭にイタリアで興った芸術運動で、新聞紙、木材、石、鉄などが多用された。中心的な作家にはジュゼッペ・ペノーネ、ピエル・パオロ・カルツォラーリ、ジョヴァンニ・アンセルモ、マリサ・メルツなどがいる。

踊るような光線が示すもの

《Your memory of the kaleidorama(あなたの記憶の中のカレイドラマ)》(2022)Photo: Agostino Osio/©2022 Olafur Eliasson/Courtesy the artist; neugerriemschneider, Berlin; and Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles

この2つの間にジグザグに設置されているインスタレーションは、どれも基本的に反射をモチーフにしたもので、作品同士も反射し合っている。作品にはそれぞれ、《Your Curious Kaleidorama(あなたの好奇心旺盛なカレイドラマ)》《Your Self-Reflective Kaleidorama(あなたの内省的なカレイドラマ)》《Your Memory of the Kaleidorama(あなたの記憶の中のカレイドラマ)》と、同じようなタイトルが付けられている。

「カレイドラマ」はエリアソンによる造語で、美しい(kalos)形(eidos)を見る道具(scope)であるカレイドスコープ(万華鏡)と、空間全体(pan)の視野(orama)を示すパノラマ(全景)を組み合わせている。つまり、万華鏡のようなパノラマであるカレイドラマの中に入ると、自分や隣の人が鏡に映り込み、水やレンズを通した光がカラフルで精巧な線となって震えながら投影される世界に没入できるというわけだ。

踊るように震える光線は、エリアソンのあまり知られていないダンスへの情熱を示しているのかもしれない。2013年にエリアソンは、キュレーターのベッカリアにこう語っている。「踊ることに夢中になっていて勉強不足になり、受験に失敗しそうになったこともある。身体とは何か、身体には何ができるのかを理解する上で、ダンスに影響を受けたことは確かだ」

ベッカリアは、近日公開されるビデオ映像でエリアソンの知られざる一面を見せたいと考えている(このプロジェクトは現在進行中のため、エリアソンのチームは詳細を明らかにしていない)。

「私たちは一方的に奪い続けている」

《Your power kaleidorama(あなたの力になるカレイドラマ)》(2022)Photo: Agostino Osio/©2022 Olafur Eliasson/Courtesy the artist; neugerriemschneider, Berlin; and Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles

鏡にこだわりのあるエリアソンは、「鏡が見せる反射というよりも、むしろ身近でありながら複雑な現象と結びついている物体としての鏡に興味がある。それで、古代メキシコの人々が占いの道具として使っていた黒曜石の鏡を集め始めた」と言う。

ある意味、新作のインスタレーションは、空間が無限に広がっていくタイムカプセルと解釈できるかもしれない。カレイドラマの内側に映る細かく震える水平線は、エリアソンが作品に取り入れた新しいモチーフである波だ。エリアソンにとって波は、現在の気候危機が地球上の海や湖、川に与える影響と結びついている。

「私たちは一方的に奪い続けている。それをどうやって返せばいいのか? 私たちには近代化の代償を払うことはできない。だが状況は差し迫っていて、もう前だけを向いているゆとりはないのだ。立ち止まり、足元の現状を見て、いま手にしているものだけでなんとかしながら過去の失敗を穴埋めしなくてはならない」

エリアソンはさらにこう語る。「私たちは水を当たり前のように使っているが、水は液体であれ、固体であれ、気体であれ、失われやすいものだ。水を取り巻く現象は複雑だが、同時に水は我われにとって身近な存在。そこに価値がある」(翻訳:清水玲奈)

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