誰が買った? 1億ドル(約150億円)超えでアート史に名を刻む超高額作品6選
11月19日、ニューヨークのクリスティーズで行われたオークションで、ルネ・マグリットの絵画「光の帝国」シリーズの1点が1億2120万ドル(約188億円)で落札され、「1億ドル超え」の仲間入りと報じられた。では、1億ドルを超えたアート作品は、ほかにどんなものがあるのだろうか。
4億5000万ドル:レオナルド・ダ・ヴィンチ《サルバトール・ムンディ》
オークション価格という点で、レオナルド・ダ・ヴィンチの《サルバトール・ムンディ》(1500年頃)は間違いなくヘビー級のチャンピオンだ。この絵は2017年にニューヨークのクリスティーズで4億5000万ドル(直近の為替レートで約690億円、以下同)という驚くべき値段で落札され、アート界のみならず世界中に衝撃を与えた。購入保証(*1)価格は1億ドルだったが、それですら史上最高レベルの落札額に肩を並べるものだ。
*1 作品を出品してもらいやすくするため、オークションハウスあるいは第三者が一定の金額で購入することを事前に出品者に保証すること。
クリスティーズは、この作品を売るために見事なマーケティング戦略を仕掛けた。事前に制作されたプロモーションビデオには、レオナルド・ディカプリオやパティ・スミスといった有名人など、大勢の人々がこの作品の前に立つ様子が捉えられ、中には作品の持つ深みと美しさに心打たれて涙を流している人もいた。しかし、彼らが眺めていたのは実のところ何だったのろうか?
実際、《サルバトール・ムンディ》をめぐってはさまざまな論争がある。再発見された後、そして2005年に1万ドル(約154万円)足らずで取得された後にもかなりの修復が行われたため、絵の作者は修復師のダイアン・モデスティーニだと揶揄する批評家が少なくない。また、ロシア人コレクター、ドミトリー・E・リボロフレフがスイスの美術商イヴ・ブーヴィエを訴えた一件でも話題になった。ブーヴィエは8000万ドル(約123億円)でこの作品を手に入れたが、十数年後にリボロフレフに売却したときには1億2750万ドル(約196億円)まで価格を吊り上げていた。この価格が不当だったと主張するリボロフレフが複数の国や地域で訴訟を起こし、両者の法廷闘争は現在も続いている。
なお、2017年にこの絵を落札したサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、この作品を一般公開するための美術館を建設する予定だと伝えられている。
3億ドル:ウィレム・デ・クーニング《Interchange(インターチェンジ)》& 2億ドル:ジャクソン・ポロック《Number 17A(ナンバー17A)》
2015年9月、ヘッジファンド大手シタデルの創業者で億万長者のケン・グリフィンは、2点の抽象表現主義の傑作に5億ドル(約770億円)を支払った。1つはジャクソン・ポロックが手がけた奔放で深い色彩のドリップペインティング《Number 17A(ナンバー17A)》(1948)で、もう1点はウィレム・デ・クーニングの抽象画《Interchange(インターチェンジ)》(1955)だ。
この取引は一般には公開されないプライベートセールだったが、翌年にはグリフィンが音楽業界の大物、デヴィッド・ゲフィンの財団から2点を購入していたことが広く報じられた。それぞれのアーティストの最高販売額を更新した両作品は、売買された同じ月に、グリフィンが2004年から理事を務めるシカゴ美術館で公開された。当時の報道によれば、グリフィンはデ・クーニングの絵に3億ドル(約462億円)、ポロックの絵に2億ドル(約308億円)を支払ったという。
2億5000万ドル:ポール・セザンヌ《カード遊びをする人々》
豊かなオイルマネーを背景に文化面への投資を膨らませ続けるカタールは、2011年にポール・セザンヌの《カード遊びをする人々》(1890-92)を、2.5億ドル(約385億円)を超える価格で購入し、当時のアート作品の史上最高記録を樹立した。暗いトーンでストイックな印象を与えるこの絵は、ポスト印象派を代表する傑作とされている。同じシリーズで現存する作品は、メトロポリタン美術館やオルセー美術館といった有名美術館に所蔵されているものを含め、5点しかない。世界の美術界で存在感を増しつつあったカタールは、貴重な絵画を購入したことでその地位を確固たるものにしている。
それ以前の所有者だったギリシャの海運王ジョージ・エンビリコスは、めったにこの作品を貸し出すことはなかった。エンビリコスの死後、遺産管理団体が売却を決め、アートディーラーのウィリアム・アクアヴェラが手を上げたほか、報道によるとラリー・ガゴシアンが2億2000万ドル(約340億円)以上の額を提示したという。だがアメリカの大物ディーラーたちは、カタールの王族との取得競争にあっさり敗れてしまった。
1億9500万ドル:アンディ・ウォーホル《Shot Sage Blue Marilyn(ショット・セージ・ブルー・マリリン)》
アンディ・ウォーホルがシルクスクリーンで制作したマリリン・モンローの肖像《Shot Sage Blue Marilyn(ショット・セージ・ブルー・マリリン)》(1964)は、2022年にニューヨークのクリスティーズで1億9500万ドル(約300億円)で落札され、オークションに出品された20世紀のアーティストの作品として史上最高額を記録した。4人の入札者が競り合った結果、落札したのはラリー・ガゴシアンだった。
スイスの画商トーマス・アマンと姉のドリス・アマンが長年所蔵していた《Shot Sage Blue Marilyn》のオークションは購入保証なしで行われ、予想価格の2億ドル(約308億円)を下回る1億7000万ドル(約262億円)で落札された。それでも、過去のウォーホルのオークション最高額、1億540万ドル(約162億円)の2倍近い額を記録している。この価格は2013年に、《Silver Car Crash(Double Disaster)(銀色の車の事故 [二重の災禍] )》(1963)が達成したものだ。
現存する作品が5点しかない「ショット・マリリン(撃ち抜かれたマリリン)」シリーズは、ウォーホル作品の中で最も貴重な作品群の1つとされる。当時、美術品鑑定士のデイヴィッド・シャピロはUS版ARTnewsの取材に答え、マリリンのような作品は「トロフィーアート」(所有者のステータスシンボルとしてのアート)と見なされていることを指摘。また、マリリンの高額落札は、著名アーティストの作品を扱うプライベートディーラーの取引で記録的な価格が生まれるようになった業界のトレンドに沿ったものと語っている。
2億1000万ドル:ポール・ゴーギャン《Nafea Faa Ipoipo?(いつ結婚するの)》
前述したセザンヌの《カード遊びをする人々》は、カタール王室にとって3年間で2度目の大きな買い物だった。2014年、ポール・ゴーギャンの《Nafea Faa Ipoipo?(いつ結婚するの)》(1892)は、サザビーズの重役を引退したスイスのコレクター、ルドルフ・シュテヘリンから、イギリスのアートディーラー、ガイ・ベネットが経営する有限責任会社に2億1000万ドル(約323億円)で売却された。取得した会社は、カタール首長のシェイク・タミーム・ビン・ハマド・アール=サーニの代理で取引を行っている。2人のタヒチの若い女性を描いた《Nafea Faa Ipoipo?》は、シュテへリンのコレクションからバーゼル市美術館に50年近く貸し出されていた。
この取引の後、ちょっとした金銭的スキャンダルが起きている。オークショニアでアートアドバイザーでもあるサイモン・ド・ピューリーとその妻ミカエラは、売主のシュテヘリンと正式な契約書を交わさずに売却の仲介をしたが、手数料が支払われなかったため訴訟を起こした。最終的にシュテヘリンは、ド・ピューリー夫妻に1000万ドル(約15億4000万円)の手数料を支払っている。(翻訳:野澤朋代)
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