仮想世界が生み出す孤独と不安──ある作家が体験した“2020年”
ジャッキー・コノリーの新作CGビデオ《Descent into Hell(地獄への転落)》(2022)では、何だか恐ろしいことが起こっている。家は焼け落ち、道行く人々はいっせいに地面に倒れ込み、飛行機はスローモーションでくるくると回りながら山に向かって急降下する。この混沌の原因は決して明らかに示されず、断片的な物語に破滅が広がっていくのだ。
ジャッキー・コノリーの新作CGビデオ《Descent into Hell(地獄への転落)》(2022)では、何だか恐ろしいことが起こっている。家は焼け落ち、道行く人々はいっせいに地面に倒れ込み、飛行機はスローモーションでくるくると回りながら山に向かって急降下する。この混沌の原因は決して明らかに示されず、断片的な物語に破滅が広がっていくのだ。
この4チャンネル、30分の作品は、4月6日から開幕するホイットニー・ビエンナーレで初公開される。 本作は2020年に起きた出来事に対する反応なのだと、作家はZoomで語った。その出来事とは、ロックダウンによる孤立、絶えない抗議デモや有色人種に対する警察の暴力、その結果、友人らの命を奪うことになった精神衛生上の危機のことだ。
パンデミックに見舞われたとき、コノリーは彼女が育った場所からほど近い、ニューヨーク州ウッドストックの小屋で暮らしていた。多くの人々と同じように、外の世界から切り離されたような感覚を味わったという。そして、デジタルの世界、特にビデオゲーム「グランド・セフト・オートV(GTAV)」に夢中になった。といっても、彼女はゲームをプレイする代わりに、ネット上からゲーム映像をダウンロードしたのだ。そうすることで、セブンイレブンや高速道路、5つ星ホテルが点在する現代のロサンゼルスを背景に犯罪者が車を盗んだり強盗を働いたりするという、ゲームのメインストーリーを追わずにすんだ。ゲーム内の映像を編集して作られた作品《Descent into Hell(地獄への転落)》の世界は、プレイヤーが普段は見過ごしてしまうような、ささいな部分に焦点を当て、アメリカの不平等という悲しい社会の縮図を表している。派手なスポーツカーがごう音を響かせて走る中、ホームレスが建設途中のビルでカビ臭いソファに座ったり、荒れ果てた車両基地で列車に飛び乗ったり。最後の場面では、空が赤く染まるにつれ、破滅が最高潮を迎えるかのようだ。これは2020年9月に現実世界のLAを襲った、山火事によるオレンジ色の空を連想させる。
2016年にプラット・インスティテュート(ニューヨーク市)でデジタルアートの美術学修士を取得したコノリーは、現実世界とコンピューターの生み出す世界が互いに及ぼす影響について深い関心を寄せている。
彼女の初期作には郊外暮らしのシミュレーションゲーム「ザ・シムズ」を使った作品がいくつかあり、2019年にニューヨークのダウンズ&ロスでの個展で初披露された50分のビデオ作品、《Ariadne(アリアドネ)》もその一つだ。本作には、ゲームを画面コピーしたシーンと現実世界の映像が混在しており、ハート形のバスタブなど、奇妙なくらい似ているものが両方の世界に登場する。また、ステンドグラスとスチールで作られた一連のランプ作品にも、ゲームのキャラクターやモチーフが描かれている。
パンデミックによって現実世界での体験は制限され、この2年間、現実世界と仮想世界とのずれにコノリーは激しく苦しんだ。《Descent into Hell(地獄への転落)》は、この時の疎外感、つまり「一日中画面の中にいて、何時間も他の人たちと完全に切り離された状態から来る孤独感」から生まれたと本人は語る。
2二つの世界が混在していると、人工的な作り物の真偽を見極めるのは難しいかもしれない。《Descent into Hell(地獄への転落)》では、女優のエマ・ワトソンに似たキャラクターが、ディープフェイクで作られたワトソン主演のリアルなポルノ映画を見る様子が描かれている。このポルノ映画は、コノリーがネットで見つけてデジタル加工し、AIが生成したワトソンの顔をポルノ女優の顔に重ね合わせて作ったものだ。作中のポルノ映画に登場するワトソンはGTAVのキャラクターよりもリアルだが、果たしてどちらの方がより「フェイク」なのかという疑問を投げかけてくる。過去5年以上にわたってコノリーがビデオゲームを用いてきたのを見れば明らかなとおり、たとえVRや3Dグラフィックがどんなに洗練されたとしても、現実とゲーム世界の境界を越える際につきものの孤独と恐怖をコノリーは思い起こさせてくれる。シミュレーションの世界はどんなにリアルになっても、空虚で不安なものであることに変わりはないのだ。(翻訳:岩本恵美)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年3月28日に掲載されました。元記事はこちら。