ターナー賞アーティストによる建設反対キャンペーンが大成功! 賛同の輪を広げたその仕組みとは?【エンパワーするアート Vol.11】
これまでとは異なる物事の見方を教えてくれるアートの力を借り、社会をより良い方向に進めようとする取り組みが生まれている。ロンドン在住の清水玲奈が伝える連載「エンパワーするアート」の第11回は、ロンドンで話題になったオンラインキャンペーンについて。
ロンドンで最近、あるクラウドファンディングのウェブサイトが話題になった。
《One Potato, Two Potato》と題されたそのウェブサイトの目的は、イギリスのネットスーパー「Ocado」の出荷センターの建設を阻止すること。24時間稼働の出荷センターは、隣接する小学校に通う子どもたちを大気汚染や騒音にさらすことになるというのがその理由だ。ウェブサイトで集まった資金は、配送センターの建設に反対する「NOcado」キャンペーンに寄付され、弁護士の雇用などに充てられた。
話題になったのはウェブサイトの仕組みだった。サイトでは、寄付金(1ポンドから)が寄せられるたびにアーティストが手がけたジグソーパズルが少しずつ公開され、パズルの全貌は11月27日になって初公開された。この完成版パズルの高解像度画像は最終的に寄付した人全員に贈られたほか、完成したアートにサインが入ったポスターが抽選で20名の参加者に贈られた。
このユニークな仕組みはメディアにも取り上げられ、賛同の輪を広げて活動資金を集めるのに大いに貢献した。その結果、「NOcado」キャンペーンは4年間続いた活動の成果を実らせ、イギリス政府の都市計画審査局が開催した公聴会に弁護士を送り込み、Ocadoの建設計画を阻止することに成功したのだ。
仕掛け人はターナー賞受賞アーティスト
このキャンペーンを展開したのは、キャリア初期から社会や政治的な活動に関わってきたロンドンを拠点とするアーティストのマーク・ウォリンガーだ。彼の代表作のひとつ《State Britain》は、イギリスによるイラクへの制裁と戦争に反対するブライアン・ホウによるデモを再現したインスタレーションで、テート・ブリテン館内で展示されたのち、2007年にターナー賞を受賞した。
ウォリンガーは、10年あまり前から、建設予定地から徒歩圏のアーチウェイ地区にスタジオを構えている。キャンペーン主催者からの協力依頼を受けて、「まず、光栄に思った」と振り返り、こう続ける。
「巨大企業による建設計画を覆すことは非常に難しいという認識から、やり手の弁護士に依頼する必要に迫られ、『NOcado』キャンペーンの主催者たちは資金集めに苦戦していました。住民たちの活動に心から共感したからこそ、このプロジェクトを引き受けました」
作品制作の準備としてイェルベリー小学校に見学に行った際の感想を、ウォリンガーは「熱心な先生たちがいるすばらしい学校で、子どもたちの創造性を高める教育にも力を入れていることに感心しました。その環境が大企業によって脅かされるというのは痛ましい事態でした」と振り返る。ジグソーパズルに用いられた作品《One Potato, Two Potato》の構想は、校庭で子どもたちが遊ぶ様子にインスピレーションを得ている。
資本主義の貪欲、ジャガイモの皮肉
タイトルの由来は、イギリスに古くから伝わる数えうただ。握りこぶしを作ってジャガイモに見立て、「ジャガイモひとつ、ジャガイモふたつ」と数えていくという遊びだ。ウォリンガーによると、「ジャガイモを含む食料品を次々と出荷するネットスーパーが、環境汚染を引き起こし、人々の日常生活を脅かし、さらに地元の商店を圧迫することを暗に批判する題名でもあります。資本主義の欲望がのどかな子どもの領域を脅かすことへの皮肉を込めました」
作品のデジタル画像は、フランドル・ルネサンスの巨匠ピーテル・ブリューゲルの有名な2枚の絵を組み合わせている。大勢の子どもたちが広場で80種類もの遊びをしている風景を描いた《子供の遊戯》(1560)と、たらふく食べて地面に寝そべる大人たちの巨体を描いた《怠け者の天国》(1567)だ。その2枚の絵が、ジグソーパズルの中に交錯している。
ウォリンガーは、「小学校に見学に行くと、まるでブリューゲルの絵と同じように、子どもたちが無邪気に遊んでいました。ボール遊び、あるいは私が行った時に子どもたちが遊んでいた石蹴りなど、何世紀も昔から変わらない光景が繰り広げられていたのです」と話す。こうした無邪気な子どもたちの領域と、怠惰に私腹を肥やす大人たちの対照的なイメージを重ね、それを脅かす資本主義の欲望を並置した。
ブリューゲルの作品を使ったのは、「第一に、私が大好きな絵だから」。第二に、「人間の本性への深い洞察を、皮肉を込めて描いていることから、今回の私の作品のモチーフにぴったりだったから」。さらに「普遍的に子どもにも大人にも人気のおもちゃだから」ということで、ジグソーパズルのデザインを取り入れた。56ピースのうち28ピースは《子供の遊戯》、28ピースは《怠け者の天国》で構成した。
アートを通したクラウドファンディング
デジタルアートを通してクラウドファンディングを行うことや、寄付金が集まるごとに少しずつ作品が現れていくという実験的な試みそのものが、ウォリンガーの「作品」だ。
「少しずつ作品が現れていくというアイデアは、地元のデザイナー、パスカル・ハーヴィーのものです。パスカルは、自分の子どももその小学校に通っていることから熱心に活動をしていた人たちの一人です。こうした地元の市民との対話から生まれたプロジェクトでは、誰でも1ポンドから参加できます。そして、アートを少しずつ発見する楽しみと、市民の力で社会を変えられるという手応えが得られるのです」
遊び心を味方に
ウォリンガーは、アートの力を活用することで「多くの人たちをさまざまな度合いで惹きつけることができる」と信じている。今回も、多くの人がキャンペーンを支援するに至ったのは、「絵を少しずつ明らかにできるという遊び心が満たされることに魅力を感じてもらえたから」と分析する。
「他人事で終わってしまうかもしれない市民活動に、多くの人が参加したいという気持ちになってくれたら、それはアートの効用の一つ。アーティストが、正義のために活動する人たちと出会って対話し、心から共感して創造性を発揮するとき、世界を変える力が生まれます」
NOcadoの精神を引き継いだプロジェクトとして、イギリスでは現在、Lorax Initiativeが進行中だ。これは、オンライン配送がコミュニティーに与える影響を全国規模で抑えるため法整備に働きかける活動で、NOcadoキャンペーンで得た経験をさらに発展させたものだ。
とはいえ、世界には、気候変動や戦争など、もっと大きな問題が山積している。今回、いわば小さなローカルな活動のためにアートを制作したのは、なぜなのだろうか?
「気候変動は大きな問題ですが、だからこそ、今回のようにローカルな環境問題から取り組んでいくことが必要です。アーティストとして、自分にできることから実行していく努力が大切だと信じています」