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110人の女性アーティストによる238作品を一挙紹介! テート・ブリテンの「ジェンダー差別への反省」【エンパワーするアート Vol.8】

これまでとは異なる物事の見方を教えてくれるアートの力を借り、社会をより良い方向に進めようとする取り組みが生まれている。ロンドン在住の清水玲奈が伝える連載「エンパワーするアート」の第八回は、1520年以降の400年間にイギリスで活動した女性アーティストをフィーチャーしたテート・ブリテンの大規模な展覧会をレポート。

Photo: Tate photography/Lucy Green

ロンドンのテート・ブリテンで、1520年以降の400年間にイギリスで活動した女性アーティストの歴史を総観する大規模な展覧会「Now You See Us: Women Artists in Britain 1520-1920」が開幕した。

テートが1920年以前の女性アーティストをテーマにした展覧会を企画するのは、1952年にエテル・ウォーカー、フランシス・ホジキンス、グウェン・ジョンのグループ展を開いて以来だ。女性アーティストがプロとして活動し、認められる道を確立するまでの困難な旅路をたどるとともに、これまで歴史的に女性作家を男性と同等に扱ってこなかった反省にもとづいて美術史を大胆に書き換える提案でもある。

考古学のように、探偵のように

同展では女性アーティスト110人による238点の作品が展示されているが、そのうち今日も比較的名が知られているアーティストはアルテミジア・ジェンティレスキやアンドレア・カウフマン、ジュリア・マーガレット・キャメロン、グウェン・ジョンら数えるほどしかいない。同展の共同キュレーターを務めるタビサ・バーバーは「生前は活躍し、当然この展覧会に登場しているべきであるにもかかわらず、単純に作品が見つからないという理由だけで展示できなかったアーティストが少なくありません」と、無念さをにじませる。

それゆえ、同展の開催に際してはキュレーターや研究者による大規模な調査が必要となった。散逸した作品を特定するにあたっては、オークションハウスの協力も大きかったという。生前は成功し、人気のあったアーティストであっても、作品が散逸してしまっているケースが多い。作者不詳になっていた絵画を、描かれている題材や年代などから突き止めていく作業を、バーバーは「考古学や探偵の調査のようだ」と語る。

作品不在の問題提起から始まる展示

展覧会名の「1520」は、イギリス最古の女性画家とされるスザンナ・ホレンバウトが活動した年代だ。実は、明確にホレンバウトのものであることが突き止められている作品は現存せず、それゆえに展示もされていない。この展覧会はいわば、作品不在による問題提起から始まっているのだ。

バーバーは展覧会カタログのなかで、リンダ・ノックリンの『なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか』(1971年)に触れ、「半世紀余り経ったいまもなお、女性だけの展覧会を開く必要があり、女性アーティストが美術史に編み込まれていないのはなぜかという疑問は、当然生まれてくる」と書いている。

一方、展覧会の会場でバーバーは「確実に風向きは変わりつつある」と希望を込めて語ってもいる。ここ数年、世界の美術館やギャラリーで、またオークション会場で、埋もれていた女性アーティストが再発見されつつある。女性アーティストの作品に注目することは、美術史からこぼれ落ちていった優れた作品を見出すことでもある。それによって恩恵を受けるのは、亡くなった過去のアーティストではなく、現代の私たちなのだ。

ここからは、展示作品とともに女性アーティストたち歩みと功績を振り返っていこう。

Levina Teerlinc, Portrait of a Lady holding a Monkey, 1560s. Victor Reynolds and Richard Chadwick

同展に展示されている最古の作品は、ヘンリー8世の宮廷で16世紀半ばに描かれたレヴィナ・ティーリンクのものとされる5点の細密画だ。1980年代にヴィクトリア&アルバート美術館で大規模なティーリンクの展覧会が開かれたが、その後そこで展示された作品がティーリンクのものではないという意見が美術史家たちから多数寄せられた。今回もティーリンクによるものと見られる5点が選ばれたが、ティーリンクのものという確証はないという。

Artemisia Gentileschi, Self-Portrait as the Allegory of Painting (La Pittura), c.1638-1639. Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2024

17世紀になるとイタリアの画家、アルテミジア・ジェンティレスキがフィレンツェやローマ、ヴェネチアなどで活動する。特に自画像や自分をモデルにした寓話的な絵画が人気のアーティストだ。1620年代から40年ごろにかけては、チャールズ1世に請われてロンドンの宮廷に滞在したこともある。しかし、王室コレクションの7点の絵画のうち、5点は失われたままだ。

《Susanna and the Elders(スザンナと長老たち)》(1638-40)Now You See Us installation view at Tate Britain 2025. Photo (c) Tate (Lucy Green) (16)

英国王室のコレクションにあったとされるジェンティレスキの作品7点のうち、最近までは自画像1点しか知られていなかったが、長らく別の作家のものとされウインザー城に人知れず安置されていた《Susanna and the Elders(スザンナと長老たち)》(1638-40)がジェンティレスキの作品であることが最近の調査で判明し、修復を経て今回初めて一般公開された。

Angelica Kauffman, R.A, Colouring, 1778-80 © Royal Academy of Arts, London. Photographer: John Hammond

18世紀以降になると、イギリスではロンドンやマンチェスター、リバプールといった都市で公募展が数多く開催されはじめる。1760年〜1830年にロンドンで開かれた展覧会だけでも900人の女性アーティストの作品が展示されたという。一方、美術教育や芸術を扱う専門機関に参加した女性は非常に少なかった。1768年の英国王立芸術アカデミーの創立メンバーのうち、女性はアンジェリカ・カウフマンとメアリー・モーザーのふたりのみ。しかも、アカデミーが次に女性を迎えたのは1922年になってからのことだった。アンジェリカ・カウフマンも多数の作品を制作したことがわかっているが、今日特定できている作品は数えるほどしかない。

Mary Moser 1744-1819, Standing Female Nude. The Fitzwilliam Museum, Cambridge

当時の女性アーティストは、妻として、母親としての役割を果たすことが求められ、夫を差し置いて評判を得ることや、金銭を要求することについての社会的な障壁があった。加えて、女性は戦争やヌードといったモチーフは描けないという通念もあったという。英国王立芸術アカデミーにおいても、創立から1890年代に至るまで女性は“倫理的観点”からヌードデッサンに参加できないという規則があった。「Now You See Us: Women Artists in Britain 1520-1920」には、女性もヌードモデルのデッサン実習に参加する権利を求めた嘆願書も展示されている(その後却下された)。こうしたなか、カウフマンとともにアカデミー創立メンバーだったメアリー・モウザーはタブーであるヌードという題材にも挑んでいる。

Martha Darley Mutrie, Wild Flowers at the Corner of a Cornfield, 1855-60. Photo Tate (Seraphina Neville)

マーサ・ダーリー・マトリーの《Wild Flowers at the Corner of a Cornfield》(c.1855-60)は、アザミや昼顔などの野の花が咲き乱れる様子をトンボとともに写実的に描いている。19世紀、花を描いてプロとして活躍した女性画家は少なくなかったが、作品の多くは散逸している。マーサ・ダーリー・マトリーも例外ではなく、2022年にテートが取得したこの作品は、テートのコレクションにある唯一の作品であり、当時のイギリスの生物多様性を物語る貴重な資料でもある。

Rebecca Solomon, A Young Teacher, 1861. Tate and the Museum of the Home.

ラファエル前派の画家レベッカ・ソロモン《A Young Teacher》(1861)は、2023年にテートとミュージアム・オブ・ザ・ホームとの共同購入が実現した。19世紀半ばのロンドンの家庭内の光景を描きながら、ジェンダー、人種、宗教、教育について問題を投げかける作品だ。レベッカ・ソロモンはイギリスでプロのアーティストになった最初のユダヤ人女性とされる。さまざまな社会改革運動に関わり、アカデミーに女性への門戸を開くことを求めて署名した38人のアーティストのうちの一人でもある。中央に描かれている家庭教師のモデルはジャマイカ生まれのファニー・イートンで、数多くのラファエル前派の画家のミューズとして活躍していた。

Elizabeth Butler, The Roll Call, 1874. Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2024

エリザベス・バトラーの《The Roll Call》(1874)は、作品発表当時から爆発的な人気を得た。クリミア戦争に題材を得ながら、疲弊した一般兵士たちという普遍的な戦争の現実を描いたこの作品が1874年、ロイヤルアカデミーで展示されると、群衆が文字通り押し寄せ、警察官が駆り出されて作品を保護するための警備にあたったほどだ。戦争はジャンル画の中でも一流の題材で女性には描くべきではなく、描けないものと言われていた時代だった。批評家ジョン・ラスキンはこれを見て「女性に絵は描けない」という発言を撤回したという記念碑的な作品だ。

Julia Margaret Cameron, Mountain Nymph, Sweet Liberty, 1865. Wilson Centre of Photography

当時、脚光を浴びた新しいメディアである写真で新境地を開拓したのも女性だった。ジュリア・マーガレット・キャメロンは、夫が植民地に赴任し、子どもたちが独立すると、自宅にスタジオを設けて、ラファエル前派を思わせる絵画的な演出によって陰影に富んだ作品を数多く制作した。ニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)所蔵の《山の精、スウィート・リバティ》は、ジョン・ミルトンの詩『アレグロ』に題材を得ている。友人である科学者ジョン・ハーシェルは、「彼女は絶対に生きていて、紙から頭を空中に突き出している。これはあなた独自の特別なスタイルです」と称えた。

Louise Jopling, Through the Looking-Glass, 1875. Purchased with funds provided by the Nicholas Themans Trust and Tate Patrons 2024. Photo: Tate (Sonal Bakrania)

テートが最も新しく取得した作品が、ルイーズ・ジョプリング(1843-1933)の自画像《Through Looking-Glass》(1875)だ。アトリエの鏡に映った自分の姿を描いていて、1871年に出版されたルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に影響を受けた可能性がある。パレットと絵筆を持つ作者はこのとき息子を妊娠中だったが、精力的に制作を続けていたことがわかる。

Louise Jopling, A Modern Cinderella, 1875. Private collection

《Through Looking-Glass》と同じ年に描かれたのがジャンル画《A Modern Cinderella》(1875)だ。上記の自画像と同じく舞台は自分のスタジオで、仕事を終えた絵のモデルが衣装を脱いだところの後ろ姿を描いている。1875年にロイヤルアカデミーで展示されて、大きな評判を呼んだが、モデルの左肩が露出していることから、女性画家が描くにはふさわしくないという非難も浴びることになった。ジョプリングの回想録によれば、60年間にわたるキャリアで750点ほどの作品を制作したが、今日では大半が失われ、美術史でもあまり触れられることはない。しかし、ジョプリングは、1885年には女子専用の美術学校を設立し、ヌードモデルのデッサン実習をカリキュラムに取り入れた。現代に至るまでの女性アーティストたちの活躍の礎を築いた功績を忘れるべきではない。

Gwen John, Self-Portrait, 1902. Photo Tate (Mark Heathcote and Samuel Cole)

グウェン・ジョンの1902年の自画像は、この展覧会のポスターやカタログの表紙にも使われている。「Now You See Us」という展覧会の題名と同様、「やっと私たち(女性アーティスト)を見ているのですね」と語りかけているかのような力強い作品だ。

Laura Knight, A Dark Pool, 1917 © Estate of Dame Laura Knight. All rights reserved 2024 / Bridgeman Images

1912年と1914年にヴェネチア・ビエンナーレにイギリス代表作家の一人として参加したローラ・ナイト。ナイトは友人やモデルを使って海辺で何もせずに過ごすゆったりとした服を着た、あるいは裸の女性たちの作品をいくつも描いている。なお、ナイトの一連の作品のうち、当時の批評家に「日光と大気が人間の体に及ぼす問題に勇敢に取り組んでいる称賛すべき絵画」とされた約180センチの大作《Daughters of the Sun》(1911)は破壊されたことがわかっている。

Dame Ethel Walker, Decoration The Excursion of Nausicaa, 1920. Photo: Tate

展覧会の最後を飾るのは、エセル・ウォーカーの183センチの大型作品《The Excursion of Nausicaa》(1920)だ。テートが1924年に購入した作品だが、ウォーカーは当時のジョン・ローザンシュタイン館長に「虚無」と評されていた。ユートピアのような幻想的な風景は、好意的な批評家からも「女性ならではの作品」という評価を受けることが多く、ウォーカーは苛立ちを感じていたという。

Text: Reina Shimizu Edit: Asuka Kawanabe

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