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プロとアマの境界を無効化せよ! アートの幻想を打ち砕く「趣味の展覧会」が問うもの【エンパワーするアート Vol.9】

これまでとは異なる物事の見方を教えてくれるアートの力を借り、社会をより良い方向に進めようとする取り組みが生まれている。ロンドン在住の清水玲奈が伝える連載「エンパワーするアート」の第九回は「趣味」を通じて人の多様性とアートの既成概念に疑問を投げかける展覧会について。

会場に展示されているマスコット。Photo: Thierry Bal

「あなたの趣味を教えてください」。アーティストのヘテイン・パテルは、2024年1月からイギリスの人々にそう呼びかけ始めた。彼が今後2年にわたって取り組む展覧会プロジェクトのためだ。

Come As You Really Are(ありのままの姿で来て)」と題されたこのプロジェクトで、パテルは集まった趣味の活動の様子や作品をイギリス各地で展示していくという。その最初の展覧会がロンドン郊外のクロイドンで開催中だ。

趣味を通じて多様性を見つめる

「Come As You Really Are」は膨大な趣味の品からなるインスタレーションと、さまざまな趣味を映し出すビデオから構成されている。パテル自身にも「スパイダーマン」の熱狂的ファンという一面があり、自分自身を含むホビイスト(趣味人)たちへの共感と敬意を込めてキュレーションした。

会場には絵画や陶芸、キルト、レゴ作品、人形、19世紀風のバンジョー、壊れたスケートボードをアップサイクルした家具、コスプレの衣装まで、ありとあらゆるジャンルの数千点にのぼる趣味の品が所狭しと並ぶ。手作りの品だけではなく、サッカーシャツやビニールの買い物袋やたばこのパッケージ、K-POPやジブリグッズのコレクションもあった。

陳列が難しい趣味は、会場の一角で上映されているパテルによる新作の映像作品《Come As You Really Are》(2024)で紹介される。ドラマチックな音楽にのせて大型スクリーンに映し出されるのは、集団で海岸から水に入って泳ぐ人たちや、スタジオで踊るダンサー、空き地に集って改造自動車を見せ合う人たち。「人間が人間らしくなれる瞬間を表現した」と、パテルは説明する。

デパートの頃の家具売り場を彷彿とさせるコーナー。アンティーク家具のアップサイクルや陶芸、手芸のクラフトの作品が並ぶ。Photo: Reina Shimizu
ファンタジーを形にしたような人形の家は、室内に灯りが灯っている。手作りの温かみとオリジナリティを感じさせる作品。Photo: Thierry Bal

アートにつきまとう幻想を取り払う

なぜ趣味が主題の展覧会を開催するのか? その背景にはパテル自身が作品を通じて追求してきたアイデンティティというテーマがある。

パテルは北イングランドのボルトンの出身。両親はインド系移民で、子どものころから「アジア系」とひとくくりにされることに違和感をおぼえたという。そんな生い立ちもあり、彼はアーティストになってからも「彫刻家」「画家」といったひとくくりのカテゴライズを避けようと、多様なメディアで制作に取り組んでいる。テーマもさまざまだが、主に多元的で複雑なアイデンティティの問題を主題とする作品や、さまざまなヒエラルキーを批判する作品を手がけてきた。

「Come As You Really Are」にはパテル自身の作品もある。子ども時代に描いた絵、アートの先生が描いてくれた絵、改造車2台、そして手作りのスパイダーマンのコスチューム3着。それに、子どもの頃から好きだったコミックのコレクションも含まれている。

これらは趣味というべきなのか、それとも、アーティストが展示しているからにはアートの作品というべきなのか? そもそも趣味のアートとプロのアートの違いはあるのか? パテルは「今回の展覧会は、そうした問いそのものを無効にすることが目的」だと語る。趣味に生きる人たちのグループポートレートとでもいうべき異色の展覧会には、アートという概念そのものにつきまとう幻想を覆し、趣味の尊さを伝えたいという思いが込められている。

パテルのスパイダーマンのコスチュームや改造車は、それぞれ4カ月かけて制作したもの。Photo: Thierry Bal
《Somerset Road(サマセット・ロード)》(2024)。パテルの祖母が手織りで作ったカーペットを模した敷物でフォード・エスコートのボディが覆われている。Photo: Thierry Bal
パテルはアマチュアとプロという区分を真っ向から批判し、一般の人たちによる絵や彫刻を自らの作品と同列に並べる。Photo: Reina Shimizu

昔の百貨店が会場に

会場も特徴的だ。建物は1895年に開業した百貨店である旧グラント・デパート。オーダーメイドの服や陶器、ガラス製品など60の売り場と、レストランやヘアサロンなどが入居していた。1987年にデパートが廃業したのち、近年までパブとして使われていた歴史もある。木造のバーカウンター、棚などの什器、ファサードに残された「シルク」「衣料雑貨」といった看板に往時の面影を止める。

「既存のアートの枠組みを批判する展覧会なので、美術館やギャラリーではない会場を使うことにこだわりました。美しい木材を使っている広い歴史建築で、温かみがあり、懐かしく親しみやすい場所です。それに、いろいろな部屋にわかれていて、廊下やカウンターに区切られているので、発見の楽しみもあります」と、パテルは語る。この歴史的建築物は今回の企画において「The Hobby Cave(趣味の洞穴)」と呼ばれている

展示物にも映像にも、趣味の内容や人についての説明は一切ない。カテゴリーわけもなくただ並べられた多種多様な趣味の集合が、パテルが手がけた没入型のインスタレーションとして見学者に提示されている。「趣味の多様性には、人間の多様性が反映されているということを見せたかった」と、パテルは説明する。

バーカウンターの上にはミニチュアの人形が、その向こうのボトルを並べるための棚にはステンドガラスが飾られている。空からは航空機や宇宙飛行体のプラモデルが下がる。Photo: Thierry Bal

趣味に打ち込むことの尊さ

今回の大規模な展示は、さまざまなアーティストとのコラボレーションのもと多彩な企画を手掛けるアートチャリティー団体アートエンジェル(Artangel)の協力で実現した。同団体のディレクターであるマリアム・ズルフィカールはその狙いについて、アイデンティティの一部をなす趣味を通してさまざまな考察を促すことだと説明する。

「多くの人々から貸し出された膨大な品々からなる野心的な展示は、人々の差異を受け入れ、消費主義に支配された時代に人々にとって最も大切なものは何かを再考するよううながします」

今回の展示作品に、この展覧会のためにつくられた作品はない。「ただ純粋に好きだからという理由でつくったり集めたりされたものです。家族や友人にさえ見せるつもりはなかったという人も多い」と、パテルは語る、「趣味を、オトナ気ないとか、恥ずかしいとか思っている人もいるかもしれません。でも、純粋に作りたいもの、好きなものにこだわることは、『人間の営み』というべきものです。アートとか趣味とかいう区別は無意味なのです」

また作品を提供した人たちのなかには、パンデミック中に新たな趣味を見出した人も含まれている。ロックダウンをきっかけに多くのイギリス人たちが趣味に目覚めたとも言えそうだが、パテルは「趣味は人間にとって普遍的な活動であり、人生を通して取り組みたいもの」と強調する。

「人間は、アーティストに限らず誰でも自己表現をして、創造性を発揮するべきです。自分のためだけに自分が完全な決定権を握って、経済効率や金銭的価値とは無縁の活動に打ち込むことで人はエンパワーされるのです」

アーティストが自分自身の趣味も披露するユニークな展覧会は、プロのアート作品とアマチュアの趣味といった区別には意味がないと私たちに訴える。全ての人が創造性を発揮し、好きな活動に打ち込むことの尊さを教えてくれているだけではなく、「アートとは何か」「創造性とは何か」という普遍的な問いを見つめ直すように促しているのだ。

Text: Reina Shimizu Edit: Asuka Kawanabe