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  • 2023.06.19

今年のアート・バーゼルで注目を集めた6人の作家たち──メンタルヘルス、暴力と再生、家族による支配など、世相を斬る作品が高評価

初日には、ドイツの出版社タッシェンの創業者ベネディクト・タッシェンや、フランス・アルルのLUMA財団の創設者で会長のマーヤ・ホフマンなど、有力コレクターたちが大集結し、大盛況のうちに幕を閉じた今年のアート・バーゼル。そのハイライトをお届けする。

アート・バーゼルのオープニングに集まった人々。Photo: Harold Cungham/ Getty Images

マーク・スピグラーの後任として、昨年11月にCEOに就任したノア・ホロヴィッツが指揮する初のバーゼルでのフェアには、南アフリカ・ケープタウンのブランク・プロジェクツ、香港のエンプティ・ギャラリー、メキシコのガガ、ロンドンのオファー・ウォーターマンなど、21のギャラリーが初参加。また、テーマ別のプレゼンテーションを行う部門「キャビネット(Kabinett)」では、13のプロジェクトが発表された。

VIPデーには世界中からアートファンが集まり、開始時刻の午前11時が近づくと、会場前の広場、メッセプラッツは入場を待ちかねる人たちであふれかえっていた。

以下、今年のアート・バーゼルから6つのベストブースを紹介する(各見出しは、アーティスト名/ギャラリー名の順に表記)。

1. Kader Attia/Regen Projects(カデール・アティア/レーゲン・プロジェクツ)

カデール・アティア《Schizophrenic Melancholia》(2018) Photo : Sarah Belmont for ARTnews

スー・ウィリアムズやアニッシュ・カプーアなどの作品が並ぶレーゲン・プロジェクツのブースで目を引いたのが、アルジェリア系フランス人のアーティスト、カデール・アティアによる円形の壁面彫刻だ。羊の角を素材としたこの作品は、セネガルの一部で今も治療のために行われているNdeupの儀式を思わせる。この儀式では、うつ病や統合失調症など、さまざまな病気を起こす霊を取り除き、動物の遺体など生命を持たない宿主に移される(そのため、作品には「統合失調症的うつ病」を意味するタイトルがつけられている)。これは、病気を物質化することで、それを消し去るという考え方だ。儀式を経験したアティアは、それを西洋医学と結びつけたものを作りたいと思ったという。今回展示された作品では、メンタルヘルスに対する人々の意識を高めることを意図している。

2. Carolee Schneemann/P.P.O.W(キャロリー・シュニーマン/P.P.O.W)

キャロリー・シュニーマン《War Mop》(1983) Photo: Sarah Belmont for ARTnews

ニューヨークのP.P.O.Wギャラリーでは、実験的なパフォーマンスアートの先駆者であるキャロリー・シュニーマン(1939-2019)の作品を取り上げた。あまり知られていないが、シュニーマンは画家としてキャリアをスタートし、生前に「私は画家です。今も画家であり、画家として死にます」「私の制作活動はすべて、視覚的な原理をカンバスの外へと拡張するためのものです」と語っている。

3次元で絵を描くというシュニーマン初期の実験的試みが、このブースの目玉である《War Mop》(1983)の着想源になったのだろう。このミクストメディアのインスタレーションでは、モーターとモップ、そして戦争の映像を映し出すビデオモニターが、プレキシガラスでできた構造体で支えられている。それは家庭内暴力を批判すると同時に、もっと広い意味の紛争による暴力を批判するものだ。制作年の1982年は、イスラエル国防軍がレバノン南部に侵攻し、民間人が多数犠牲になった翌年にあたる。

3. Genesis Belanger/Perrotin(ジェネシス・ベランジャー/ペロタン)

ジェネシス・ベランジャーによる作品。Photo: Claire Dorn/Courtesy the artist and Perrotin/©2023 ADAGP, Paris

厳選されたギャラリーの企画展を開催する「キャビネット」部門。ここで、現代を生きる我われから切り離せないフラストレーションを主題にした最新作を披露したのが、アメリカ人アーティスト、ジェネシス・ベランジャーだ。《虫食いや鳥が突いた跡のある熟れた果物(One Bite of the Ripest Fruit)》、《冷蔵庫に入っている開けっぱなしの牛乳パック(Sleep Walker)》、《思い出深いロマンスの夜や別れのエピソードを思い起こさせるもの(He Loves Me, He Loves Me Not)》など、希望や夢は無残に砕け散るものとして描かれる。ごみ箱の形をしたインスタレーション《Expectations and Idols》が示唆するように、夢や希望は捨てるべき、ということなのだろうか?

ベランジャーのパステル調の色使いとシャープな形には、広告業界で働いていた経歴がにじみ出ている。もちろん、このインスタレーションに商業的な意図はなく、高望みと幻滅が交錯する人間の心の矛盾を見る者に突きつけてくる。作品展示の演出にもこだわる彼女は、自分を陶芸作家ではなく彫刻家だと考えているという。今回のペロタンによるソロブースは、期待を裏切らない出来だった。

4. Simon Starling/Franco Noero(サイモン・スターリング/フランコ・ノエロ)

サイモン・スターリング《Still Phaeton Fall (Strawman)》(2022) Photo: Sarah Belmont for ARTnews

フランコ・ノエロのブースにあるサイモン・スターリングの《Still Phaeton Fall (Strawman)》を見たら、誰もが足を止めたくなるだろう。藁でできたしゃべる骸骨が、「火事。熊のようだ。地球の歴史を徘徊する」など、古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』を引用したセリフを語っている。オウィディウスが描いた登場人物、パエトーンは、太陽神ヘーリオスの息子で、傲慢にも戦車を太陽に近づけすぎて転落してしまう。

日本の伝統工芸品のような面をかぶった骸骨のロボットは、古代から現在の気候変動問題まで、火との関係を通して人類の物語を語っている。スターリングはこの作品で、エステンセ美術館(モデナ)にあるティントレットの連作を参照しているが、ある意味で自画像としての意味合いも含まれていそうだ。作品はセラミックタイルの世界的メーカー、マラッツイ社の支援を受けて制作された。

5. Doris Salcedo/White Cube(ドリス・サルセド/ホワイトキューブ)

ドリス・サルセド《Tabula Rasa XI》 Photo : Sarah Belmont for ARTnews

ホワイトキューブは、現在バーゼル近郊、リーエンのバイエラー財団で個展が開催されているコロンビア人アーティスト、ドリス・サルセドの《Tabula Rasa XI》を展示した。これは、武装した男たちによる性的暴行の被害者との対話をもとに制作された作品だ。

暴行のトラウマは、木製のテーブルを覆う無数のひび割れという形で表現され、破壊と同時に再生を暗示している。タイトルの「Tabula Rasa(タブラ・ラサ)」は、ラテン語で「何も刻まれていない石板」を意味する。壊れてバラバラになったものも必ず修復できると、サルセドは訴えているようだ。ギャラリーによると、この作品はフェア初日に大手美術館が113万ドル(約1億5800万円)で購入したという。

6. Hend Samir/Gypsum Gallery(ヘンド・サミール/ジプサム・ギャラリー)

ヘンド・サミール《Family Gathering》 Photo: Sarah Belmont for ARTnews

「ステートメント」部門に出展したジプサム・ギャラリーでは、ヘンド・サミールによる三連画《Family Gathering》が目を引いた。サミールは中東で育ち、カイロのヘルワン大学を卒業したエジプト人アーティストだ。個展形式の「ステートメント」部門への参加によって、サミールの絵画は(少なくとも作品サイズ的には)まったく新しいレベルに到達したと言える。この三連画は、小さなフォーマットから超大型の没入型作品へと進化する中で結実したものだろう。左から右へ、あるいはその逆から見ても、作品は同じ効果を与え、鑑賞者はサミールのダイナミックな筆遣いに圧倒される。

サミールは、家族の持つ──ときに私たちの現実を歪めてしまうほどの──支配力を探求し続けている。その褪せたような色使いは、私たちがトラウマを水に流し、幸せな瞬間という虚偽の記憶に置き換えようとしがちなことを思い起こさせる。中でも灰色は、映画で回想シーンに使われるセピア色のような効果を出している。サミールはいつも背景から描き始めるというが、作品のところどころで前景から背景が透けて見える。それは、我われに追いつこうとする過去を表しているのだろうか。(翻訳:清水玲奈)

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