中国経済が減速の中、第1回「アート・シーズン」は成功したのか。現在の中国アート市場を考察
アート・バーゼルとUBSによる「Art Market Report 2025」によると、2024年の中国でのアート取引額は前年比31%減で、世界シェアを2位から3位に落としている。世界的にもアート市場の低迷が続く中で最近行われた北京の第1回「アート・シーズン」を振り返り、中国のアートシーンの現状と今後の課題を見ていこう。

6月1日、北京で第1回「アート・シーズン」が幕を閉じた。これは、長年開催されているギャラリー・ウィークエンド・北京(Gallery Weekend Beijing、以下GWBJ)と2つのアートフェア──北京当代(Beijing Dangdai)と北京アート021(Art021 Beijing)──で構成されるイベントだ。2月以来の関税引き上げ合戦で、米中間の摩擦がどこまで過熱するか懸念されたが、5月半ばのジュネーブ合意でいったん緊張が和らいだ時期でもあった。
しかし、中国経済の減速が続く中、5月22日から6月1日まで開催された今年のアート・シーズンでは、これまでほどの活気は感じられなかった。従来、国際的なギャラリーを招聘してアートフェア形式の展覧会を開催していたGWBJのビジティングセクターや、参加ギャラリーのアーティストによる大規模なグループ展がなくなり、海外ギャラリーや美術館によるサテライトイベントも近年になく少なかった。
中国アート市場は減速も、欧米より底堅い
とはいえ、ドイツ、イギリス、韓国、日本から、コレクターやキュレーター、美術館の幹部が市場の動向を測るため北京を訪れている。不透明な世界情勢でアート市場が軟調に推移する中、コレクター層が厚い中国の戦略的な重要性は増すばかりという声も聞かれた。
フランスの実業家で、HdMギャラリーの共同設立者でもある億万長者のローラン・ダッソーは、国家農業展覧センターで開催された北京当代のプレビューでUS版ARTnewsの取材にこう答えた。
「ヨーロッパに比べればずっといい雰囲気です。人気アーティストには、中国人コレクターの長いウェイティングリストができていますから」
ダッソーは、ロンドンではこれと対照的な出来事があったと明かした。アラン・ヴェルニの陶芸作品を購入した「長年の顧客」が、支払いを先延ばしできないか頼んできたというのだ。その理由はトランプ大統領の経済政策に対する不安感だ。「作品は欲しいが、今は時期が悪いということです」とダッソーは言う。
ヨーロッパの市場が冷え込む中、中国に目を向けているのはダッソーだけではない。北京当代初参加のベルリンのギャラリー、PSMとギャラリー・トーマス・シュルテは、ベルリンと北京にギャラリーを持つフア・インターナショナルと共同で、北京当代では初の試みとなる「ベルリン・セクション」を展開した。
PSM創設者のサビーネ・シュミットが、フアの共同創設者フア・シャオチェンに中国進出の案内役を頼んだのは昨年のことだ。「ベルリンの同業他社が中国で盛んに活動しているのを見て、中国には好奇心旺盛でオープンマインドなコレクターを擁する強力なマーケットがあり、注目しないわけにはいかないと気づいたのです」とシュミットは語る。
北京当代は、32ギャラリーが出展した2018年の初回から大きく成長し、今年は87のギャラリーが参加。出展者のほとんどが地元中国のギャラリーだったが、フェアの内容は国際的で実験的な現代アートに対する地元コレクターの意欲を反映するものだった。

「中国のコレクターにとって作品購入を決めやすいのは、50万元(約1000万円)以下の価格帯です」と話すのは、上海在住のアートアドバイザー、ジャネット・コンだ。「100万元(約2000万円)を超えると決断が難しくなりますが」
それでも中国の主要コレクターの多くは、今が中国人アーティスト作品の買い時だと考えているとコンは指摘する。アメリカ市場での競争が激しく、中国のアート市場は長期的な成長軌道にあるとの確信が依然強いからだ。さらに、「一部のコレクターは、低調な市場でギャラリーやディーラーが売り急いでいることを知っているので、3割近い値引きを求めてきます」と話す。
上海に押され気味の北京が巻き返しを図る
北京はかつて中国本土の現代アートシーンの中心で、中国アートブームの絶頂期には国際的なコレクターが大挙してこの地を訪れた。しかし近年は上海に押され気味だ。上海は政府による文化インフラやプログラムへの多額の投資に後押しされ、消費額が高く、多様な文化的背景を持つ観客をターゲットとするメガイベント経済が急速に成長した。上海はまた、検閲が北京に比べて比較的緩やかであることも有利な材料になっている。
米中貿易摩擦が続き、中国でさまざまなセクターが勢いを取り戻そうとする中、北京も文化的影響力を強め、芸術制作の中心地としてだけでなく、アート売買の重要な拠点としての存在感を高めようとしている。
798芸術区を運営する国有企業で、GWBJの主催者でもある北京798文化創意産業投資有限公司のマネージャー、ヤン・ミンダンは、政府からの直接的な支援を受けられる利点を挙げ、都市のアートエコシステムを活性化させることが自分たちの役割だと考えていると話す。その一環として、2024年から北京市人民政府は、GWBJに合わせて市内で2つの大規模な現代アートフェアが開催されるよう調整した。
また、2024年の戦略的な動きには、古くから北京の現代アートシーンの拠点である798芸術区と、隣接する751 D-PARKとの合併がある。その結果、52万平方メートルに及ぶ国内最大のアート・デザイン地区が誕生した。ヤンによると、この統合によって、ギャラリーやアート系NPOに市場価格以下の賃貸料でスペースを貸し出すなどの支援ができるようになった。
2025年のGWBJでビジティングセクターは休止されたが、798は上海のギャラリー、アンテナ・スペースを招き、賃貸料を補助することでエヴェリン・タオチェン・ワンとシンイ・チェンの美術館レベルの個展を実現させた。世界的なコレクターや美術館から作品を借り受け、バウハウス様式の工場跡地にあるスペースで行われた2人の個展は、アートウィークのハイライトとして高く評価された。ヤンは今後も国際的なギャラリーを招待し、同じように月単位での展覧会開催を検討しているという。

一方で政府支援を受けるGWBJは、有料の申し込み制から参加費無料の招待制に移行し、コレクターやキュレーター、各国からの報道関係者を集め続けている。
「参加費で収入を得るよりも、GWBJを北京の主要な文化イベントとして確立することが私たちの優先事項です」とヤンは強調した。目標は、より公的でニュートラルなプラットフォームでアートを展示し、取引を促すことだという。新しいモデルはまた、売りやすいがダイナミックさに欠ける絵画中心の展覧会からの転換も後押ししているようだ。
北京アートシーンの課題と各国ギャラリーのスタンス
北京空港に隣接する天竺総合保税区も、アート業界が政府の支援を受けて取り組んでいる事業の一例だ。2021年にブラン(Blanc)・アート・グループが、ここに北京初の免税アートセンターを開設。その後この施設は政府に引き継がれ、BSQ(中国語の「保税区」の略)としてリブランドされた。BSQはその後、美術品や文化財の保管、輸送、販売にとどまらず、評価や抵当権設定、借り換え、保険引受などの金融機能にまで守備範囲を広げている。
2022年には中国のリッソン・ギャラリーがBSQコンプレックス内に780平方メートルのスペースをオープンしたが、そのディレクター、デイヴィッド・トゥンはBSQが中国のギャラリーのビジネスモデルを正常化する一助となることを期待していると語る。
「北京では、プライマリーギャラリー(作品の一次販売を主に行うギャラリー)の運営に関する理解が十分浸透していないことが大きな課題になっています」とトゥンは説明する。北京のアートシーンでは、作品の評価基準がオークションでの落札額に偏っているというのだ。「そのせいで、地元のギャラリーや国際的なアートフェアの発展のみならず、海外ギャラリーの健全な運営が妨げられています」。トゥンはさらに、BSQのような国際慣行や規制に沿ったプラットフォームは、海外ギャラリーの参入障壁を下げることにつながると付け加えた。
海外のギャラリーやコレクターを誘致するための北京の努力と、地元コレクターの基盤が健在であることは、先述したPSMのようなヨーロッパのギャラリーにとって、ますます魅力的に映るだろう。PSMのシュミットはこう述べている。
「初年度のフェアで成功を収めることができたので、地域でのネットワークを広げるため、また北京に来ようと考えています」
一方、アメリカのギャラリーにとっては、状況はより複雑だ。ポーラ・クーパー・ギャラリーの中国代表であるカラ・チュアンはUS版ARTnewsに対し、関税が依然として大きなハードルだと語った。これまでの貿易戦争では、美術品は免税対象とされることが多かったが、今回のトランプ関税では免税にならず、その結果、最近の関税引き上げ措置一時停止後も、アメリカの美術品には他国より最低10%は高い関税がかかる。
「同一のアーティストが複数のギャラリーに所属している場合、コレクターは追加課税を避けるためにヨーロッパのギャラリーから購入することになるでしょう」とチュアンは言う。「美術館の展覧会では、作品を輸入するために必要な保証金が非常に高額になる可能性があります」
チュアンは2024年の上海アートウィーク期間中に、ポーラ・クーパー・ギャラリーにとってニューヨーク以外で初の展覧会を開催。ソル・ルウィット、ドナルド・ジャッド、ベルント&ヒラ・ベッヒャーなど、評価額が数億円にのぼる作品を展示し、高い評価を得ている。チュアンはこう漏らした。
「あのような展覧会を、また中国で開催できる日が近いとは考えにくい状況です」
(翻訳:清水玲奈)
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