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世界で最も違法なビール!? 墺アーティストが女性器がラベルのビールで訴えるフェミニズム

ベルリンで「世界で最も違法なビール」がローンチした。ドイツ語で「プッシーパワー」という意味の「ムッシークラフト」という名前を冠したビールは、女性器を描いたグラフィティ風のラベルが印象的だ。なぜ「最も違法」なのか? ビールでフェミニズムを訴えるそのわけは? ブランドの創業者でアーティストのゾフィー・シャネットに話を聞いた。

Photo: Muschikraft

一度聞いたら、見たら忘れられない「ムッシークラフト(Muschikraft)」という言葉。英語の「プッシー(女性器を意味する俗語)パワー」にあたるドイツ語の造語だ。

性差別を受けていた友人を励ましていたとき、自然とこの言葉が口から出てきた──そう振り返るソーシャルワーカーでアーティストでもあるゾフィー・シャネットは、この言葉が頭から離れず、何かに繋げたいと女性器のイラストを描いてステッカーを作り、ウィーンの街中に貼ろうと考えた。

アクリル絵具や油絵具、時にはサインペンなどさまざまな画材を使って、女性の身体をモチーフとした作品を手がけてきたシャネット。特にタブー視されがちな人体の部位をモチーフとした作品を多く描いてきた。ステッカーもそうした制作の延長線上にあった。

「ペニスの落書きは、世界中の公共の場どこでも見かけるでしょう? だったら女性の方もあった方がバランスが取れるじゃないですか」と、オーストリア出身のシャネットは笑う。

なぜビールは男性の前に置かれるのか

ステッカーは国内外から注文が来るほどの人気ぶり。さらなる展開を考えた彼女の頭に、真っ先に浮かんだのはビールだった。

「私は大のビール党。でも男友達と一緒にバーに行って男性の方が白ワインを頼むと、ウェイターはたいてい私の前に白ワインのグラス、男性側にビールのジョッキを置くんです。なぜ、1つの性にだけ向けられたプロダクトがあるのか? その思い込みはどこからくるんだろうと、問題提起したくなったのです」

ドイツ語で「パワー」はクラフト。綴りは異なるが、クラフトビールという言葉に繋がる。「ムッシークラフトビール」は語呂もいい。後はビールを作ってくれる人を探すだけだ。

いまだビール醸造に関わっている人のほとんどは男性だ。相手にしてもらえないかもしれない。シャネットもはじめはそう思ったが、醸造所に問い合わせてみると意外にも反応は良かったのだという。

「どの醸造所も、アイデアは褒めてくれました。でも実際に作って欲しいというと『売れない』『成功しない』と断られてしまうのです。唯一興味を持ってくれたのがウィーンのクラフトビールメーカー、シャルケンでした」

Photo: Muschikraft

最初は「最もフェミニストなビール」として販売

シャルケンの醸造マイスター、アンナ・ハイダーは女性だ。ビール好きの女性同士意気投合した2人は、早速ムッシークラフトビール作りに取りかかった。そして、2022年の国際女性デーに、ウィーンで「最もフェミニストなビール」としてムッシークラフトを市場に送り出した。

印象的なネーミングとラベルもあって大きな話題を呼び、次々と市場が広がったが、逆風がなかったわけではない。「匿名のメールからヘイトコメントが届くこともあります。ムッシークラフトは私の大切なベビーなので、心無い言葉に最初は傷付きました。でも、パートナーに『それが狙いだったでしょ!』と言われてハッとしたんです」と、シャネットは言う。

ムッシークラフトの瓶を目にすれば、誰もが性差別やジェンダーというテーマに否応なく直面せざるを得なくなる。もう黙ってはいられない、あえて波風を立てよう。ウィーンに続くベルリンでのローンチに当たって打ち出した「世界で最も違法なビール」というキャンペーンのアイデアも、そんな視点から生まれた。

Photo: Muschikraft

世界50カ国の法律を破るビール

「ベルリンでのローンチを前に、キャンペーンを無料で手がけたいと広告代理店HEIMATの女性スタッフから連絡があったんです。そこで、映像やビジュアルづくりをお願いしました。私はビールを提供しただけです」と、シャネットは振り返る。

スタッフとの話し合いのなかで話題に上ったのは、世界中にいまだ信じられないようなことを女性に禁止する法律があるという現状だった。国が違えば、女性がビールを作るのすら違法なのだ。

シャネットとHEIMATは、世界銀行の報告書「女性・ビジネス・法律2022」を参考に、世界中での女性の経済参加を阻む障害を可視化した。例えば、レバノンでは女性はアルコールを作ってはいけない。ロシアでは女性は重たいビール樽をリフトで運ぶこと、タジキスタンでは女性はトラックを走らせることが禁止されている。バングラデシュやウルグアイでは、女性は稼働中の機械の洗浄、修理をしてはいけないという。

こうした法律を総合すると、ムッシークラフトはその製造・販売の過程で世界50カ国の法律を破るのだという。それゆえ「世界で最も違法なビール」なのだ。

キャンペーンでは、ムッシークラフトが破っている世界の法律を紹介する動画も制作された。Photo: Muschikraft

ビールを通じて、性差の会話をオープンに

日本では特定の職業を女性に禁止する法律こそないものの、前述の報告書によると、男女格差は190カ国中104位と先進国の中では最下位だ。

「世界中で、まだこれだけ男女の格差、不平等があることに驚かされます。女性には男性よりも圧倒的に少ない権利しか法律で保証されていないのです。理由がよくわからない謎のルールも多い。最もバカバカしかったのは、アメリカのワイオミング州のルールです。飲み屋でビールを販売することは許されていても、女性は飲酒時にバーカウンターから5フィート(1.5m)以内に立ったらは違法だというのです。なぜ5フィート? 男性はいいの? なんで?」

そう言って笑うシャネットは、歴史を振り返ると、その昔ビール作りは女性の仕事だったのだと教えてくれた。中世後期あたりまでは女性が醸造を担っていたが、いつしかそれが修道士の仕事となり女性は醸造の場から追いやられてしまった。

ジャネットらは2023年、ムッシークラフトの前年の売上の一部である4000ユーロ(約66万円)をウィーン市内の女性向けシェルターに寄付した。いまも世界中から問い合わせがひきも切らないが、ビールを輸出するのではなく、各地でサポートしたいと声を上げた醸造所に参加してもらう形態をとっている。

「ビールを飲むと人はオープンになり、思っていることを口に出しやすくなります。ムッシークラフトをきっかけに、語りにくい性差について語る機会が世界中にもっともっと増えたら嬉しいですね!」

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