ゲームとアートはもっと近づいていく! ハンス・ウルリッヒ・オブリストが語る「Worldbuilding」展

2024年1月15日までフランスのポンピドゥ・センター・メスで開催されている「Worldbuilding: Gaming and Art in the Digital Age」は、ハンス・ウルリッヒ・オブリストのキュレーションのもと、大半の展示作品を実際に“プレイ”できる参加型の企画展だ。ゲームとアートとの融合がもたらす価値とは何か、オブリストに聞いた。

スターテヴァント《Pacman》(2012) ©ESTATE OF STURTEVANT, PARIS/COURTESY THADDAEUS ROPAC, LONDON, PARIS, SALZBURG, AND SEOUL

世界有数の美術館に行ったとしても、ビデオゲームに出くわす可能性は限りなく低い。だが、ハンス・ウルリッヒ・オブリストがキュレーションを担当した「Worldbuilding: Gaming and Art in the Digital Age(想像の世界をつくりだす:デジタル時代のゲームとアート)」は、展示されている作品のほとんどが実際にプレイできるゲームであるという、ユニークなグループ展だ。ユリア・シュトーシェック財団の展示スペースにおける会期を終え、2024年1月15日まで、ポンピドゥ・センター・メスで開催されている。

ユリア・シュトーシェックのコレクションを出発点に、過去数十年にわたってアーティストたちがなぜゲームというメディアに魅了されてきたのかを探る「Worldbuilding: Gaming and Art in the Digital Age」は、とても異例の展覧会といえる。出品作家は、著名な作品の「再現」あるいは「反復」によりオリジナリティの意味を問い続けたスターテヴァントや、テクノロジーがどのように私たちの視点を変えてきたかを探求する先駆的な作品を発表してきたドイツの映画監督ハルーン・ファロッキ、さらに若手アーティストとのコラボレーションで知られるファッションブランド、バレンシアガまで多岐にわたる。

しかし、その作品の多くは「未完成」であり、本物のゲームと同じく、時間の経過とともにアップデートが加えられていく。そこには、本展が開かれている間に参加している若手アーティストたちの夢が実現されてほしい、というオブリストの願いも込められているようだ。

──今回の展示が実現に至るまでの経緯を教えてください。

ユリア・シュトーシェックが財団の15周年を祝う展示を一緒にやらないか、と誘ってくれたことから今回の企画は始まりました。私とユリアは20年来の友人であり、過去には、2018年のアーサー・ジャファの展示など、二人で展覧会を企画したこともあります。彼女の10周年を祝う、アーティストのエド・アトキンスをキュレーターに招いた展示も素晴らしかった。彼女との交友の中で気づいたのですが、ユリアは、スターテヴァントの《パックマン》(2012)のように、ゲームやビデオゲームと関連した作品を豊富にコレクションしていて、私自身も、ゲームを使って作品を作る若手アーティストについて以前から研究していたんです。

ビデオゲームを使うアーティストは3つのタイプに分けられます。一つ目は、既存のビデオゲームに魅了され、影響を受けて、自身の作品にゲームの要素を盛り込むタイプ。例えば、スターテヴァントやペギー・アハウェッシュ、レベッカ・アレンといった作家が該当します。最近のアーティストでいうと、コーリー・アーキャンジェルも同様のアプローチを採用しています。

二つ目は、実際にビデオゲームをつくり上げ、そのゲームの世界の中で展覧会のようなプロジェクトを行うタイプ。そして三つ目は、アート作品としてゲームをつくるタイプです。ゲーム制作のテクノロジーやツールがより身近になったことから、ジャコルビー・サッターホワイトやダニエル・ブラスウェイト=シャーリーなど、近年は自身でゲームを手がける作家が増えています。こうした作品を集めれば、面白い展示になるのではないかと思いました。

展覧会の一般的な会期は2〜3カ月ほどですが、今回はユリアの提案で、二つの会場をすべて使って1年半かけてやろうということになりました。その長い期間、この展示をどのように続けていくべきか思案したのですが、ゲームはそもそも繰り返しアップデートが加えられるものだということに気づきました。つまり、展示されている作品も常に進化するので、時間の経過とともに異なるバージョンを見せることが可能なんです。また、展覧会の開始直後はまだゲーム化されていなくても、会期中にプレイできるようになる作品が出てくる可能性もあります。

──スターテヴァントの作品のほかには、コレクションの中からどんな作品を選んだのでしょうか?

今回は、ユリアが数年前にコレクションに加えたイアン・チョンの《BOB(Bag of Beliefs)》や、ゲームの要素が作品に落とし込まれたエド・アトキンスの《Even Pricks》など、新進気鋭のアーティストの作品が大半を占めています。

ゲームがポータルのような存在であり、世界観を構築するためのツールになっている今、アーティストたちは自らゲームをつくることで、主流となっているゲームに内在する様々なステレオタイプに対して疑問を投げかけることができる。フランスの映画作家で思想家のギー・ドゥボールの言葉を借りるならば、こうしたアプローチをとる作家たちは既存のゲームを「剽窃」しながら、まったく異なる作品をつくり上げているのです。

レベッカ・アレン《The Bush Soul #3》(1999)Photo: Courtesy the Artist and Zelda

──今回の展示に参加しているアーティストたちは、ゲームになじみはあるのでしょうか? それとも、アウトサイダーとしての意識があるのでしょうか?

両方あると思います。一部の作家はゲームの知識を持った上で、アートの世界に入ってきています。例えば、5〜6年前に出会ったヤコブ・カスク・スティーンセンは当時、まだゲーム業界に身を置いていました。その後アートの世界に入り、インスタレーションを制作しています。だから、ゲームをつくる能力にとても長けているんです。逆に、いわゆるアート作品を制作していたアーティストが、ゲームをつくりはじめるケースもあります。

──多くの若い作家は、ビデオゲームを用いて、私たちが生きている現実世界とは似ても似つかない世界を創出しています。アーティストたちは、そこに何を求めているのだと思いますか?

展示されている作品のほとんどがマルチプレイヤー制なので、アートをより参加型にできるという利点があると思います。そういった類いの作品を手がけるアーティストはこれからも増えていくでしょう。この展示を行うにあたり作家のリサーチをしたのですが、多くのアーティストがゲームの構想を練っていることに気づきました。展示が始まる数週間前にも、コラクリット・アルナーノンチャイとプレシャス・オコヨモンが、一緒にゲームをつくろうとしていることを知りました。二人のゲームが会期中に完成されることを願っています。また、ゲームをつくりたいけれど機会が巡ってこないというアーティストが数多くいることにも驚きました。

ダニエル・ブラスウェイト=シャーリー《SHE KEEPS ME DAMN ALIVE》(2021)Photo: Courtesy the Artist and Zelda

──あなたはサーペンタイン・ギャラリーのディレクター時代にも、ガブリエル・マッサンやダニエル・ブラスウェイト=シャーリーにゲーム制作を依頼していますね。

できあがった作品には驚かされました! 特にダニエルが時間をかけて制作した《Black Trans Archive》というゲーム作品は秀逸でした。この作品は、黒人のトランスジェンダーの存在が歴史から消し去られていることに焦点を当てたもので、やはり、長い時間をかけて進化し続けている作品です。ダニエルは、今回の展示にも参加しているソンドラ・ペリーやジャコルビー・サッターホワイトに影響を受けています。

今回の展示は、そんなふうに異なる世代の作家が手がけた作品で構成されているのも特徴です。1980年代から先端技術を駆使した作品を発表しているレベッカ・アレンから、この10年で頭角を現してきたイアン・チョンやジャコルビー・サッターホワイト、ソンドラ・ペリー、そして、さらに若いダニエルのようなアーティストによる作品を一度に見ることができます。

──アーティストたちがこうした作品をつくり始めた1980年代、ゲームはアートの一つとして認められていたのでしょうか?

当時の作家たちは、アート界の外からアプローチしていたので、現在のような評価はされていなかったと思います。スターテヴァントは、先端技術とアートの融合を試みたのだと語っていました。

──来館者は展示作品をプレイすることはできますか?

ダニエルやこれまで紹介してきた作家の作品を含め、展示作品の半数以上はプレイ可能です。オーディエンスは能動的に作品に触れることができ、作品を進行させたり発展させるという体験を、自らの選択によって得ることができるわけです。中には、既存のゲームの動画として展示されている作品もありますが、今回の展示で最も重要な点は、来館者に実際にプレイしてもらうことなんです。

──あなたも実際にプレイしてみたんですか? 普段からゲームはされるのでしょうか?

この1年は、かなりの時間をゲームに費やしてきましたし、この数週間は「ELDEN RING」をプレイしていました。何百時間もゲームしている友人と比較すると私はまだ序の口で、10時間くらいしか「ELDEN RING」をプレイしていません。それでも、ほかのことに使う時間に比べると、かなり長い時間をゲームに割いていると言えます。通常の作品鑑賞では、一つの作品に大体15〜30秒ほどかけるのが一般的ですが、ゲームが作品である場合、その時間は非常に長くなるという意味でも面白いですね。

この展示では、より広義にゲームの存在を捉えています。現代において、実に世界の3分の1がプレイヤーだと言われています。そして多くのアーティストがゲームをつくってみたいと思っている。つまり今回の展示は、オーディエンスとアーティスト双方の希望を叶える場を提供していると言えます。そして私の願いは、これによってアート界に新たな風が吹き始めることです。

また、このプロジェクトはある意味、メタバースに対する考察でもあります。企業が想像するメタバースと実際のそれにはどんな乖離があるのか。未来のためにも、今、アーティストの言葉に耳を傾けることは重要だと思います。(翻訳:来田尚也)

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