アーティストのリアルなニーズに対処したい──使途を制限しない基金が新たにスタート

ニューヨークで新たな芸術基金が立ち上がった。2年にわたり、アーティストの制作だけでなく生活を支えるこの助成金が立ち上がった背景には、ポストコロナならではの課題がある。

トレリス芸術基金の拠点は、ニューヨーク・チェルシー地区にある。Photo: Google Street Views/Screenshot

アーティストであり編集者でもあるコリーナ・ラーキンは長い間、ニューヨーク芸術財団の名誉理事であり、かつてニューヨーク・タイムズ紙に「苦境にある何千人ものアーティストを救う天使」と呼ばれたテッド・バーガーを師と仰いできた。ラーキンはバーガーに、アーティスト自らが運営するプロジェクトへ資金提供する方法を何年も相談してきた。ラーキンがチェルシーのCUE芸術財団でエグゼクティブ・ディレクターを務めていた頃には、当時、同財団の理事長であったバーガーとともに、こうしたアーティスト運営プロジェクトの資金不足をいかに解消できるかを何度も議論した。

こうした会話がついに実を結び、ラーキンはアーティストの活動資金に特化した慈善団体、トレリス芸術基金の設立に至った。ニューヨークのチェルシーに本部を置くこの基金は、今後2年間にわたって12人のアーティストにそれぞれ助成金10万ドル(約1480万円)を提供するという。基金のエグゼクティブ・ディレクターを務めるラーキンは、現状をこう説明する。

「あまりに多くの危機に瀕するこの世界において、アーティストの役割もさらに不安定になっています。慈善活動の世界において、芸術の価値はよく理解されている一方で、それを生み出すために何が必要なのかはほとんど知られていないのです」

バーガーは、公的機関や民間団体を通じた芸術資金の分配方法は「危機的な状況にある」と指摘する。バーガー自身、これまでこうした基金の創設に何度も携わってきたが、公的機関や民間団体によるこのシステムでは、パンデミック後のインフレによる生活費や材料費の高騰に対応できず、その欠陥が露呈したのだという。

「残念ながら、今を生きるアーティストのリアルなニーズに対処できていないのです。なぜなら、この分野の多くの組織は物故作家に焦点を当てているからです」

トレリス芸術基金が管理する1580万ドル(約23億円)の大半は、ラーキンの夫で基金の会計責任者、そして投資会社エバーコアで、公的年金や大学の基金の管理を担うナイジェル・ドーンの個人資産から出されている。それでも、1580万ドルという数字は、国内最大に数えられる芸術基金よりもはるかに低い。例えば、ミルウォーキーのルース芸術財団やミネソタ州のジェローム財団も同様のアーティスト助成を行なっているが、それぞれ8億6000万ドル(約1280億円)と1億900万ドル(約162億円)を管理している。

重要なのはアーティストの生計維持

規模は小さいもののトレリスが注目に値するのは、資金使途を追跡しない助成金の配布に力を入れているからだ。つまりアーティストはこの助成金を何に使ってもいい。ラーキンと基金のチームは、どうすればアーティストが制作し続けられる状況を整えられるかを常に考えているのだという。

助成金を2年間にわたって支出することは、「より大きな財政的コミットメント」をするための努力の一部だと彼女は言う。同様の支援プログラムでは通常、事前に承認されたプロジェクト以外に助成金を使うことは許されないが、彼らはこうした従来のやり方とは全く逆の方法で、5000ドル(約74万円)から1万ドル(約148万円)の助成金を支給するのだ。そうしてはじめて、アーティストの生計維持に対処できるからだ。

トレリス芸術基金の諮問委員会は、彫刻家のアーレーン・シェシェット、ホイットニー美術館とブルックリン美術館でキャリアを積んだキュレーターのマルセラ・ゲレロとユージェニー・ツァイなど、ニューヨーク最大の美術機関に関係する著名なアドバイザーやキュレーター5人で構成されている。

そして、彼ら諮問委員会が選んだ学者、アーティスト、キュレーターからなる匿名の75名が最初の助成対象者を選出し、7月中旬に発表される予定だ。次回は2026年に行われる。

ゲレロとツァイはこれまで、美術館の立場から、過小評価されてきたアーティストの地位向上に貢献してきた。ゲレロはラテン系アーティストの展覧会を企画して高い評価を得ており、ツァイは黒人やアジア系アメリカ人のアーティストに光を当ててきた。ブルックリン美術館で15年間シニア・キュレーターを務め、昨年5月に退任したツァイは、「アーティストにとって、お金はいくらあっても足りません」と語り、アーティストのキャリアを発展させ、不安定な時期から彼らを守るプロセスに関わり続けるために、ラーキンの呼びかけに応じたのだと続ける。美術館だけがアーティストのキャリア形成に寄与できるわけではない──ツァイはこの事実を認めた上で、「多くの場合、最もエキサイティングなことは主要な施設の外で起きているのです」と述べた。

ラーキンは、現時点では具体的な計画はまだないものの、将来的には他の芸術団体との提携や、実績のあるアーティストを理事に加えることも視野に入れているという。彼女は、財団の基金の監督者たちは倫理的な投資戦略に従いつつ、助成者数を徐々に拡大しながら基金の成長を目指すと話す。

「私たちはただ、人々に時間と場所、そして正当な評価を与えたいだけなのです」

from ARTnews

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