賛否両論のブルータリズム建築を大解説! いま再注目される理由、ブロイヤーやコルビュジエらの挑戦etc.
近年、再注目されているブルータリズム建築。打ち放しのコンクリートが特徴の建物は、日本でも1950年代から70年代にかけて流行した。このブルータリズムとはどんな運動だったのか、話題の映画『ブルータリスト』公開前(日本公開は2月21日)におさらいしておこう。
ブルータリズム建築を美しいと見るか否か、意見は大きく分かれる。しかし、1つ確かなのは、誰もが自分の考えを述べたくなることかもしれない。
たとえば、2020年にトランプ米大統領(当時)はブルータリズム建築を槍玉に上げ、連邦政府の建物は「美しい建築」にしなければならないとする大統領令を出した。古典主義建築が望ましいとするこの大統領令は、ブルータリズムと脱構築主義の建築物が「美的な魅力に乏しい」とする見方に因るものだ。翌年、バイデン大統領がこの大統領令を取り消したことで、胸を撫で下ろした建築家はたくさんいただろう。
この騒動以前から、ブルータリズムへの関心は高まりを見せていた。ニューヨーク・タイムズ紙が発行するT マガジンが、2016年に「ブルータリズムが帰ってきた」というタイトルの記事を掲載すると、ブルータリズムに関するツイートが拡散し、さまざまな議論がオンライン上で交わされ、さらにはサブレディット(subreddit:掲示板型SNSのReddit内で特定のテーマを扱うコミュニティ)のテーマとして盛り上がった。
そして今、映画『ブルータリスト』(2024/日本公開は2月21日)によってブルータリズムは再び表舞台に躍り出ることになった。3時間半を超えるこの映画は、ホロコーストを生き延びてアメリカに渡り、ブルータリズムを提唱した建築家ラースロー・トートの物語だ(日本では2月21日封切)。2022年に公開された『TAR/ター』の主人公である指揮者リディア・ターと同様、トートは実在の人物ではないが、映画の中では戦後を代表する建築家としてリアルに描かれている。今月初めには、ゴールデン・グローブ賞の作品賞(ドラマ部門)、監督賞、主演男優賞の3冠を獲得。アカデミー賞の最有力候補として、興行収入も大方の予想を上回る勢いだ。
では、「ブルータリズム」とは何なのか? 以下、このムーブメントの特徴や背景などをまとめた。
ブルータリズム建築の特徴は何か
典型的なブルータリズム建築とは、コンクリートが多用され、装飾を排した簡素で大型の構造物とされる。その代表的な建物の1つに、ニューヨークのアッパー・イーストサイドに位置し、かつてホイットニー美術館だったブロイヤー・ビルディングがある。1966年に落成したこのビルの設計者、マルセル・ブロイヤーの構想は、階段型ピラミッドを逆さまにした形だったという。ミニマリズムに加え、重厚で角張ったフォルムというブルータリズムの象徴的特徴を持ったこのビルは、評論家の間でも、一般の人々の間でも、賛否両論にさらされてきた。ことほどさように、ブルータリズムの美学を称賛しがたいと感じる人は多いようだ。
ブルータリズムはいつ誕生したのか
ブルータリズムの歴史に関する質問に答えるのは難しい。なぜなら、ブルータリズム運動に関わった人々が皆この名称を良しとしていたわけではないからだ。とはいえ、第2次世界大戦の終結からほどなくブルータリズムが出現したという見方で、ほとんどの研究者は一致している。この頃までに、バウハウスとそこから派生した運動に関わった建築家たちは、実用性を何より優先する機能主義を重視するようになっていた。
ブルータリズムという名称はどこから来たのか
後にニューヨークの国連本部ビルを設計することになるスイス出身の建築家ル・コルビュジエが、フランス・マルセイユの集合住宅「ユニテ・ダビタシオン」(1952年に完成)の設計中に、この用語の由来となる表現「ベトン・ブリュット」(直訳すると「生コンクリート」)を生み出した。ル・コルビュジエは、素材のことだけではなく、その美的特徴も「生」という言葉に込めたのかもしれない。木枠に流し込まれた生コンクリートは、平らで均一な仕上がりになる。
もう1人、ブルータリズムという名称の由来に関わった人物としてよく挙げられるのが、スウェーデンの建築家ハンス・アスプルンドだ。彼は、1949年にスウェーデンで製薬会社の経営者のために建てたヴィラ・ゲースについて、「新ブルータリズム(nybrutalism)」という言葉を使って表現したと言われている。この建物は大部分がレンガ造りで、現在ブルータリズム建築に分類されるものとは異なり、コンクリートをそれほど使用していない。それでも、そのファサードは粗野で堂々とした雰囲気があり、ブルータリズム建築の特徴を感じさせる。
ブルータリズムを理論化したのは誰か
ブルータリズム運動の体系化を行ったのは、イギリスの建築評論家レイナー・バンハムだとするのが一般的な考え方だ。バンハムは1955年、アーキテクチュラル・レビュー誌に発表した小論で、ブルータリストのスタイルを「見る者に何も隠さない」ものとして称賛し、「ごまかしのない素材の使用についていろいろ語られてきたが、現代の建物のほとんどは、実際はコンクリートや鉄骨でできていても、塗料や外装材でできているように見える」と書いている。一方、ブルータリズム建築はコンクリートやガラスなどで構成されていることが一目で分かるので、そうした印象を与えない。その一例としてバンハムは、イギリスのハンスタントンにあるアリソン・スミッソンとピーター・スミッソンの設計による学校建築を挙げている。
ブルータリズム建築は何を目指したのか
この運動に関わった建築家にとって、ブルータリズム建築は挑発を意図したものではなかった。むしろその反対で、モダニズム建築が日常生活に溶け込むものであることを一般大衆に示し、世界をユートピア的な理想へと導くことを目指した運動だった。この傾向は、西ヨーロッパ以外の地域にブルータリズムが広がるにつれ、より顕著になる。
その一例が旧ユーゴスラビアで、ブルータリズムの建築家たちが、平等な社会の実現を目指して集合住宅やホテルなどを建設した。当時、ヨーロッパのホテルは富裕層のエリートがバカンスを楽しむための豪華なホテルが中心で、階級間の格差を浮き彫りにするものだったが、ユーゴスラビアのブルータリズム建築のホテルは、民族や階級に関係なく全ての人を対象としていた。似通ったファサードは、平等主義の理想を反映していたのだ。
なぜコンクリートが多用されたのか
1950年代にブルータリズム建築が流行した理由の1つに、そこに使われる材料費が比較的安価だったことがある。第2次世界大戦で都市が荒廃し、復興予算も不足していた戦後の時代でも、コンクリートは容易に入手できた。また、大量に調達できるコンクリートを主な素材とする建築には、短い工期で建設可能というメリットもある。
なぜブルータリズムは物議を醸すのか
ブルータリズムほど賛否が分かれる建築様式は他にないだろう。ブルータリズムから派生したスタイルの建築を「醜い」と評するのはドナルド・トランプだけではない。一般の人々の間でも、ブルータリズムはその地味で媚びのない見た目ゆえに、醜悪な過去の遺物だと思われがちだ。2024年にアメリカの公共放送NPRが、ブルータリズム様式の連邦捜査局(FBI)本部についてどう思うかワシントンD.C.で調査を行ったところ、こんな声が寄せられている。
「私はFBI本部の真向かいで働いているので、毎日オフィスで建物を目にします。それはまったく、とても醜いとしか言えません」
「窓のある刑務所か、街の真ん中にコンクリートの塊が突っ立っているように見えます」
一方で、ブルータリズムの美学である実直さを高く評価する支持者もいる。ジャーナリストのアレクサンダー・ナザリャンは、2024年にニューヨーク・タイムズ紙への寄稿記事で、「批判されることが多いが、ブルータリズムは、住宅としてだけではなく、生活する上で私の理想であり続けている」と述懐。故郷サンクトペテルブルク(当時はレニングラード)でブルータリズム建築を見て育ったナザリャンは、「その美学が、現在の私たちの社会よりも希望に満ちた大胆な社会をもたらす」という信念を植え付けられたと書いている。
ブルータリズム建築はどこまで広がったのか
ボストンからベオグラードまで世界を席巻したブルータリズム建築は、北半球でも南半球でも見ることができる。ロンドンのバービカン・センターからブリスベンのクイーンズランド・アート・ギャラリーまで、ブルータリズム様式で建てられたアートセンターが各国にあるほか、住宅プロジェクトや学校、官公庁なども多い。
映画『ブルータリスト』には実在したモデルがいるのか
ブラディ・コーベット監督の映画『ブルータリスト』でエイドリアン・ブロディが演じる建築家ラースロー・トートは架空の人物だが、マルセル・ブロイヤーとの共通点を指摘する人もいる。ブロイヤー同様、トートはハンガリーで生まれ、最終的にアメリカにたどり着く。ただ、実際のブロイヤーはナチスが台頭した1930年代にドイツを離れ、1944年にアメリカ市民権を取得したが、トートは第2次大戦後にアメリカに移住する設定だ。また、2人がともにユダヤ系で、トートがブロイヤーのようにコンクリートでできた無骨で重々しい建築を設計する点も似通っている。
しかし、トートとブロイヤーの類似点はそこまでだ。トートは最終的に、ペンシルベニア州の資産家のために市民センター兼大聖堂を設計するが、ブロイヤーにそうした事実はない。ただし、ブロイヤーはミネアポリスの聖ベネディクト会修道院を設計している。また、コーベットによると、ブロイヤーが経験した反ユダヤ主義も映画を着想した背景の1つだという。
なぜ映画のテーマにブルータリズムが選ばれたのか
コーベットは、映画批評サイトRogerEbert.comの1月13日付の記事で、トランプ政権時の大統領令に言及。ブルータリズムが今日も「人々をいら立たせる」からこそテーマにしたかったと説明し、ブルータリズムの実直さも理由の1つだと付け加えた。トートも、トートの建築も、何を包み隠すこともなく世界に向けて表現されている。しかし、世間はそんな建築を受け入れようとせず、トート自身もまた受け入れられない。
コーベットはさらに、「ブルータリズムは、戦後のトラウマを戦後の建築物との関係の中で探求するための完璧な視覚的寓話」だと述べているが、その「寓話」が何を意味するのかには議論の余地があるだろう。映画のエピローグでは、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展のイスラエル館で、トートのブルータリズム建築を称える祝賀会が開かれ、彼の姪がトートの建築は強制収容所で見た光景を人々に伝えるものだと語る。このエピローグは物議を醸しているが、ここで語られる解釈はブルータリズム建築を研究する現実の歴史家たちの間では一般的ではない。そして、座ったまま沈黙しているスクリーン上のトートがそう思っているかどうかも定かではないのだ。(翻訳:清水玲奈)
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