喪失のあとに差す光──「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」【EDITOR’S NOTES】

「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」は、20世紀アメリカを代表する画家、アンドリュー・ワイエス(1917-2009)の日本では没後初となる大規模個展だ。静かな風景を描き続けたワイエスの作品には、喪失の気配と、それでもなお生きようとする人間の強さが宿っている。

《自画像》 1945年 テンペラ、パネル 63.5×76.2㎝ ナショナル・アカデミー・オブ・デザイン、ニューヨーク National Academy of Design, New York, USA/Bridgeman Images. ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo

例えば、《自画像》(1945)。スケッチブックを携えた若きアンドリュー・ワイエスは険しい表情を浮かべている。空はどんよりと曇り、そこに浮かび上がる雑草の輪郭は、「昔見た景色」のような感触を持っている。懐かしいのにどこか不穏だ。

《マザー・アーチ―の教会》(1945)では、ワイエスは教会そのものではなく、ひびが入り、一部が剥がれ落ちた天井を描写した。その空間には窓からやわらかな光が差し込み、白いハトが迷い込む。そのことで、この古い教会はただ朽ちていくだけの場所ではなく、かすかな希望がまだ残されているようにも見える。

展示風景。

アメリカン・リアリズムの代表的作家であるアンドリュー・ワイエスは、生まれ育ったペンシルベニア州チャッズ・フォードと、別荘のあるメイン州クッシングを中心に描き続けた画家だ。日本では没後初となる本展では、彼が繰り返し描いた窓や扉など、「境界」を示すモチーフに着目した102点が展示されている。

ワイエスの作品で印象的なのが、大胆な明暗の表現だ。ある一家の納屋を描いた《うたた寝》(1963)では、まず納屋の奥の深い暗闇に視線が誘導され、そこから徐々に、外に置かれた木桶や猫の存在に気づいていく。

かれの作品において、光は単なる美しさではなく、暗部と隣り合って存在しているように見える。それは、ワイエス自身の「死」と向き合い続けてきた人生とも無関係ではない。

《粉挽き場》 1962年 テンペラ、パネル 77.5x130.8㎝ フィラデルフィア美術館 Philadelphia Museum of Art: Gift of the Honorable Walter H. Annenberg and Leonore Annenberg and the Annenberg Foundation, 2007-13-3 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
《ゼラニウム》 1960年 ドライブラッシュ・水彩、紙 52.7x39.4㎝ ファーンズワース美術館、ロックランド Collection of the Farnsworth Art Museum, Rockland, Maine, Bequest of Betsy James Wyeth Trust, 2021.1.1 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
《灯台》 1983年 テンペラ、パネル 84.5×57.8cm ユニマットグループ ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
《洗濯物》 1961年 水彩、紙 76.8x55.9㎝ カマー美術館、ジャクソンビル Gift of an Anonymous Donor, Cummer Museum of Art & Gardens, Jacksonville, Florida, USA ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
《花びら》 1991年 水彩、紙 75.5x56㎝ ボストン美術館 Museum of Fine Arts, Boston, Bequest of Sandra Sheppard Rodgers ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo

とりわけ、父ニューウェル・コンヴァース・ワイエスの突然の死は、彼の創作に決定的な影響を与えた。人気挿絵画家であり、ワイエスに絵の指導をしていた父は、1945年、チャッズ・フォードの踏切事故で亡くなった。

本展の音声ガイドでは、ワイエス研究で知られ、彼と長年交流のあった豊田市美術館館長・高橋秀治の印象深い話を聞くことができる。気さくで取材にも協力的だったワイエスだが、高橋が自身の父を交通事故で亡くした話をした時だけは、取材を途中で切り上げてしまったという。当時すでに70代だったワイエスにとって、父の死はなお癒えることのない悲しみだったのだ。

《クリスティーナ・オルソン》 1947年 テンペラ、パネル 83.8x63.5㎝ マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス Myron Kunin Collection of American Art, Minneapolis, MN photo: Curtis Galleries, Inc. ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo

ワイエスの代表作《クリスティーナの世界》(1948)は残念ながら今回は来日していないが、ワイエスが深い敬意を抱き、30年近くにわたって描き続けたクリスティーナ・オルソンと、彼女が暮らしたオルソン・ハウスの作品群は本展で見ることができる。かれが1939年に出会ったクリスティーナは、脚が不自由だったが、強い自立心を持って生きていたという。

台所仕事を終えた彼女が午後の日差しの差す裏口に腰掛けている様子を捉えた《クリスティーナ・オルソン》(1947)からは、彼女の孤独と強さが同時に伝わってくる。

ワイエスはクリスティーナの死の翌年に《オルソン家の終焉》《オルソンの家》(1969年)を制作するが、その後、オルソン・ハウスを描かなくなった。

ワイエスの絵には、喪失の気配が常に漂っている。だがそこには同時に、窓から差す光や風の気配のような、小さな救いも描かれている。人は失ったものを抱えながら生きていく。彼の作品には、その静かな強さが画面の奥にある。
                                  
東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展
会期:4月28日(火)〜7月5日(日)
場所:東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36)
時間:9:30〜17:30(金曜は20:00まで、入場は30分前まで)
休館日:月曜(6月29日を除く)

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