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ポンペイ最高傑作「アレクサンドロス大王のモザイク画」で新発見! 200万個のタイルの意外な調達先

ポンペイ遺跡の中でも最高傑作と言われる、アレクサンドロス大王(アレクサンドロス3世、紀元前356-同323)のモザイク画。同作の約200万個のタイルはどこから来たのか、新しい研究で明らかになった。

アレクサンドロス大王のモザイク画
アレクサンドロス大王のモザイク画(部分)。Photo: Wikimedia Commons

ポンペイ遺跡の中で最もよく知られ、かつ最高傑作と評されるのが、アレクサンドロス大王(アレクサンドロス3世)のモザイク画だろう。1831年、考古学者たちが「ファウヌスの家」として知られる裕福な家族の邸宅で発見した、横約5.8メートル、縦約3.1メートルに及ぶ大作は、約200万個のテッセラ(モザイクに使われる大理石などを原料にした小片)で作られていた。現在はナポリ国立考古学博物館に展示されているモザイク画で用いられたテッセラの成分や産地についての最新の調査結果が、1月15日号のPLOS Oneに発表された。

アレクサンドロス大王は紀元前336年から323年まで統治したマケドニア王国の王で、東方遠征によって若くして地中海からインドに跨る広大な領土を築いた。研究者たちは、このモザイク画を「ローマ時代最重要のモザイク画」と呼んでいる。同作はアレクサンドロス大王の東方遠征中、紀元前333年に現在のトルコ・シリア国境付近で起きた「イッソスの戦い」の様子を描いたものだ。大王率いるマケドニア軍がペルシャ王ダレイオス3世軍を打ち破る様子が大迫力で描写されている。

アレクサンドロス大王のモザイク画(部分)。Photo: Wikimedia Commons
アレクサンドロス大王のモザイク画(部分)。Photo: Wikimedia Commons

LIVE SCIENCEによると、ナポリ国立考古学博物館によってこのモザイク画の非侵襲的(作品に一切接触しない)修復プロジェクトが開始されたのは2020年のこと。赤外線サーモグラフィ(IRT)や携帯型X線蛍光分析装置(pXRF)など複数の技術を駆使して、テッセラの元素を特定した。その結果、テッセラは白、茶、赤、黄、ピンク、緑、灰、青、黒、そしてガラス質の色合いが含まれた10色で構成されていることが分かった。研究者たちは論文で、「それらの色が巧みに組み合わされることで、このモザイク画の芸術的効果を高めています」と述べている。また、10色それぞれに多様な微細構造があり、「芸術作品の効果を高めるために見事に組み合わされていた」という。例を挙げると、アレクサンドロス大王の顔には複数の色合い・化学組成を持つピンクのテッセラが使われており、異なる光の反射が大王を表情豊かに見せていた。このような細部へのこだわりが、「古代美術における彼の肖像として最も象徴的で広く知られている」理由の1つだと結論づけた。

さらに、研究者たちがテッセラの産地をつきとめるべくローマ時代に使用されていた採石場を調査した結果、白いテッセラの一部は、紀元前1世紀から採掘が始まり紀元3世紀に使用が終了した、イタリアのアプアン・アルプス採石場のマルモル・ルネンシス(白色結晶質石灰岩)に関連している可能性があることが判明した。また、鮮やかなピンクのテッセラはポルトガルから、黄色の一部は現在のチュニジアにあった古代ローマ都市シミットゥスから、濃い赤の部分はギリシャのマタパン岬から来た可能性があるという。

研究チームはまた、同作から天然ワックスと石膏の痕跡も検出した。これらは1831年に見つかった際の修復作業で保護層として施されたものと考えられる。また、モザイクの裏面を内視鏡検査したところ、ポンペイからナポリ国立考古学博物館へ移送される時にモザイクを固定したと思われる石膏ベースにむらが生じ、「多くの空洞部分」があることが明らかになった。この事実について研究者たちは、「これらの潜在的な脆弱部分は、修復の際に十分考慮されるべきである」と指摘している。

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