アフリカと日本をつなぐ新アートプラットフォーム「space Un」がオープン。こけら落とし展はセネガル出身の気鋭作家、アリウ・ディアック
アフリカと日本のアートを通じた文化交流のためのプラットフォーム「space Un(スペース・アン)」が始動した。東京・青山に構えるギャラリーのオープニング展は、セネガルはダカールを拠点に活動する気鋭作家、アリウ・ディアックによる「Anastomosis」。ディアックを迎えたオープニングトークの様子をリポートする。
南青山にアフリカの現代アートを発信する新スペースが誕生
東京・南青山に4月20日オープンしたギャラリー「space Un(スペース・アン)」は、アフリカの現代アートシーンを日本を含むアジアとつなげ、異なる文化間の交流を促すプラットフォームだ。神戸、パリ、ベルリンを拠点にアフリカの現代アート・コレクターとしてシーンを支援し続けてきたエドナ・デュマが発起人となり、俳優でアーティストの中野裕太、ドイツを拠点に文化起業家として活動するロータ・エックシュタインとともに設立した。
建築家の長谷川豪が内装を手掛けた空間は、奈良・吉野の杉を用いた梁がグラフィカルな視覚効果を生んでおり、その間に埋め込まれたパネル状の照明は、展示に合わせてパネルごとに調光できるというこだわりよう。オープニングでは、こけら落とし展となるアーティスト、アリウ・ディアックの故郷セネガルはダカールの自然光を再現している。エックシュタインは、「いわゆるホワイトキューブにすることもできたが、訪れる人が緊張感を覚えることなく親しみを持って過ごすことのできる空間にしたかった」と語る。
このスペースでは今後、アフリカの現代アートを日本をはじめとするアジアに紹介するとともに、日本とアフリカ、アフリカンディアスポラとの間の文化交流を促すような企画展を年4~6回ほど開催していくという。また、視覚芸術に限定しない芸術・文化のプラットフォームとして、音楽イベントや朗読会などジャンルを横断する様々なプログラムも展開予定。将来的には、奨学金制度や出版などにも活動を拡大していく計画だ。
こうしたspace Unの活動の中でも重要な役割を担うのは、アフリカのアーティストを日本に招致するレジデンシー・プログラムだ。アーティストと地域の人々との交流・協業を通じて日本とアフリカが文化的・歴史的なつながりを相互に学び合い、滞在制作できる機会を提供するのが目的で、年数作家の派遣を予定している。同プログラムで制作された作品は、南青山のギャラリーで展覧会の形で発表する。第1回目は2016年に建築家の長谷川豪とAirbnbにより設計された奈良県吉野郡のコミュニティハウス「吉野杉の家」で行われた。
こけら落とし展は、地域や自然をテーマに創作するアリウ・ディアック
ギャラリーのこけら落とし展は、レジデンシー・プログラムの最初の参加者であり1987年生まれのセネガル人アーティスト、アリウ・ディアックの個展「Anastomosis」。2022年にスイス・バーゼルでのアート・バーゼルに出品し世界的注目を集め、第15回ダカール・ビエンナーレ(2024 年)のセネガル代表にノミネートされたディアックは、セネガル・ムブール地方のシディ・ブグという大自然に囲まれた場所で幼少期を過ごした。その後10歳のときに西アフリカきっての大都市ダカールに引っ越したことで自然や動物への理解と感謝を深め、ダカールの国立芸術学校を卒業後は、セネガルの自然をテーマとしてだけでなく実際に素材としても取り入れた独自の手法で制作を行なっている。本展では、「吉野杉の家」に約4週間滞在して制作した作品のうち9点を展示している。
4月20日に開催されたオープニング・レセプションでは、アリウ・ディアックとARTnewsJAPAN編集長の名古摩耶による対談が行われた。吉野で制作した5つの大作においてもセネガルの自然から得た顔料や薬草のパウダーを用いたというディアックは、創作の根源となるものについての質問に対し、こう答えた。
「私は農家に生まれて自然豊かな場所に育ち、自然から与えられるものを食べたり使ったりして暮らしていました。大学ではアクリル絵具で絵画制作を行なっていましたが、ある日、体調を崩した私にシャーマンだった祖父が薬草の粉薬をくれたんです。その色がとても美しかったので、飲む代わりに自分の作品の素材としてキャンバスの上に広げてみたんです。私は、世界を1つの大きなラボであると捉えています。そこに自分はアーティストとしてどんな貢献ができるのか。それを考えたとき、アクリルや油彩という、すでにこれまでの人々がやり尽くした方法ではオリジナルなものは生み出せないと思いました。以来、私は自然から与えられた素材で絵画を制作するというアプローチを採っています」
5つの展示作品を眺めると、こうした薬草のパウダーや顔料で覆われた森のような景色の向こうに、動物の姿を確認することができる。まるで、自然の中を探検しているような気分だ。ディアックは、「一部の人々にとって自然はかけ離れた存在のように思えるかもしれません。でも、大都会もかつては森でした。私たちは昔から、自然の一部だったんです。私が自分の作品の中に人間を描かないのは、そういう考えからです。つまり、鑑賞者は自然=私の作品の一部なのです」と語る。
また、これらの作品はディアックには珍しく額装されている。年輪が美しく層をなす額は、ディアックの滞在制作を歓迎した吉野の人々が、大切に保管してきたという樹齢100年以上の吉野杉を使って制作したものだ。額縁を制作するのは彼らにとっても初めての経験だったといい、ディアックは、「お互いに新しい挑戦をすることができ嬉しかった」と振り返る。
ときに実際に自然環境の中で制作をするというディアックは、吉野でもキャンバスを外に持ち出し、土の上に置いて描いていったという。「(地面に置くと)作品そのものが大地の中に入っていくような、まるで土に種を植えるような感覚になれるんです」
近年、世界のアートシーンではアフリカの現代アートと並んで先住民出身のアーティストによるヴァナキュラーな作品に光が当てられることが増えているが、その一方で、気候変動の影響によって長年使われてきた天然の材料が入手しづらくなっているという現状がある。この状況が自身の制作活動にも影響を与えるかと問われたディアックは、「自然から与えてもらう素材を枯渇させてまでアーティストを続けるつもりはありません。明日にも農家に転身して、絵の代わりに野菜を納品しているかもしれません」と笑い、こう続けた。
「地球に降りかかる危機は、全てアーティストの責任です。私のいうアーティストとは、人間が使うあらゆるものをつくり出す人々のことです。私はそんなアーティストの一人として、自分の作品づくりのために自然を壊したくありません。自分の行動だけでは世界が変えられないかもしれませんが、出来る事をやっていきたいと思います」
アリウ・ディアック「Anastomosis」
会期:4月20日(土)~ 7月18日(木)
会場:space Un(東京都港区南青山 2-4-9 KLO 南青山ビル)
時間: 12:00 ~19:00
休館日:月火