ニューヨークは実験精神を取り戻せるのか? 個性的なミニギャラリーが仕掛けるムーブメントを追う
アート不況が深刻化した2024年、ニューヨークでは資金不足に陥ったギャラリーが数多く閉廊した。しかしその一方で、新しいタイプの小規模ギャラリーが生まれている。それらの中から3つのギャラリーを取り上げ、それぞれの意欲的な試みを紹介する。

展覧会情報を調べるのに便利なアプリ「See Saw(シーソー)」は、アートハブとして知られる複数の都市をカバーするギャラリーガイドだ。最近このアプリを見ていて心強いと感じるのは、これまで聞いたこともなかった小さなニューヨークのギャラリーに出会う機会が増えたことにある。
しかし、昨今の市場状況を考えると、展覧会情報の掲載数は増えるどころかむしろ減っているのでは、と思うのが自然だろう。ニューヨークではギャラリー閉鎖のニュースが日常茶飯事で、ここ数年でJTT、デイヴィッド・ルイス、クィア・ソーツ(Queer Thoughts)など、数々のギャラリーが閉廊した。これらのギャラリーには3つの共通点がある。小規模だったこと、2010年代のニューヨークのアートシーン形成に寄与したこと、そして当時も今も、ほとんどのニューヨークのギャラリーが避けようとする大きなリスクを取っていたことだ。
こうして姿を消すギャラリーがある一方で、かつて彼らが果たしていた役割を担おうとする新しいギャラリーがいくつも誕生している。コロナ禍が始まった頃からニューヨークのダウンタウンでは、地下室や薄汚れた店舗物件、オフィスビルの一室など、さまざまな場所で小規模なギャラリーがオープンしている。昨今は、どのギャラリーも市場の要求に応えようと右往左往するうちに息切れし、安全な選択肢に傾き過ぎているように感じられる中で、この街のアートシーンがようやく実験精神を取り戻し始めたようだ。
流れを変えたのは、いつものようにアーティストたちだった。洗練されたホワイトキューブや賃料の高いロケーションに代わるスペースを求め、彼らは思いもよらない場所にミニギャラリーをオープンしている。
たとえば、ジャレド・マデーレは、仲間と共にブロードウェイの南端にある金融街でイエシュ・ランゲ(Yeche Lange)という実験的な展示スペースを立ち上げた。また、ノア・バーカーは、ミッドタウンでエンパイアというギャラリーを運営している(名前の由来は近くにあるエンパイア・ステート・ビル)。2022年にキャナル・ストリートにD.D.D.D.というギャラリーをオープンしたダミアン・H・ディンは、昨年シンガポールにビデオアートのプロジェクトスペースを立ち上げるなど国際展開を始めた。
ローワー・イーストサイドやチャイナタウンなど、昔から商業アートスペースが集中していた地区では今もたくさんのギャラリーが営業している。しかしここでも、少し外れた意外な場所で小さなギャラリーが生まれている。それを知るには、口コミか偶然その前を通りかかるしかない場合が多い。最近、評論家のトラヴィス・ディールは、独立系アートメディアのSpikeに寄せたコラムで、「ウェブ上に一切情報を載せず、グーグルの検索にも出てこないニューヨークのギャラリー」のことを耳にしたと書いている。アパートの一室にあるそのギャラリーの創設者は、メディアで取り上げられるのを嫌い、詳細を明かすのを拒否したという。
目立たないところでコミュニティを構築しようとしている創設者にしてみれば、アンダーグラウンドで育ちつつある新しいミニギャラリーのエコシステムがメディア露出によって乱されるのは不本意かもしれない。しかし、これらのギャラリーの素晴らしい仕事にスポットライトを当てないのも忍びない。ここでは、そうしたマンハッタンの新しいスペースの中から、特に注目すべき3つのギャラリーとその展覧会を紹介しよう。
スマイラーズ(Smilers)

コリー・アーケンジェル、テレサ・ダンカン、オリバー・ペイン3人展(1月16日-2月22日)
皮肉なことに、ニューヨークで最も新しいミニギャラリーを設立したのは、この街最大級の商業ギャラリー、Paceのパフォーマンスプログラム責任者だったマーク・ビーズリーだ。彼は1月初め、アーティストのローラ・タイと共同で、イーストビレッジにあるアパートの地下にスマイラーズというギャラリーを立ち上げた(イースト6thストリート431番地B)。近くに他のギャラリーはないが、このビルにはアートとの意外なつながりがある。現在スマイラーズが入っている部屋の上階には、以前、写真家のウィリアム・ウェグマンがスタジオを構えていたのだ。
スマイラーズの初展覧会には、ほかの場所であればビデオゲームと見間違いそうな3つのアート作品が並んだ。その1つは、2003年にコリー・アーケンジェルが手がけたスーパーマリオが登場する作品。人気ゲーム、スーパーマリオブラザーズをハックして作ったこの作品では、青い画面の中でマリオだけが静止しており、ほかの要素は消されている。この作品はインタラクティブではないが、隣にあるテレサ・ダンカンが1995年に制作したゲームでは、プレイヤーがポップな色合いの世界を少女の視点で旅することができる。
このギャラリーのパンクな雰囲気を最もよく表していたのが、展覧会の主役とも言えるオリバー・ペインの新作ゲーム《CRUST SHMUP(クラスト・シュマップ)》(2024)だ。プレイヤーはジョイスティックを使ってロケットを操作し、巨大な警察手帳から発射される弾丸を避けなければならない(アナーキーシンボルを使えば弾を無効化できる)。
私もプレイしてみたが、権力者の攻撃を退けようとする試みはどれも長くは続かず、ペインが意図的にゲームを難しくしているように感じられた。このゲーム同様、システムに徹底的に抗い、そこから完全に独立した存在であり続けることは難しい。スマイラーズがどこまでそれを全うできるかは、これからの展開で明らかになっていくだろう。
ペアレント・カンパニー(Parent Company)

エミリー・ジャノウィック展(2024年12月6日-2025年2月8日)
チャイナタウンの歩道脇にある昇降口から急な階段を降りたところに、ペアレント・カンパニーはある(イースト・ブロードウェイ154番地、地下)。現在イースト・ブロードウェイにあるこの非営利ギャラリーは、アーティストのエイダ・ポッターが2023年に輸送用コンテナの中で始めたものだ。最近開かれたエミリー・ジャノウィックの個展では、《Wet Blanket(濡れ毛布)》という作品が展示されたが、極小スペースに大型作品が置かれたため、普段以上に窮屈に感じられた。2本の四角い木柱が折り重なって倒れた作品の全体を把握するためには、柱の下をくぐったり、わずかな隙間をすり抜けたりしなければならない。
それにも関わらず、不思議と閉所恐怖症的な感覚には陥らなかった。それは、柱に埋め込まれたスピーカーから流れる穏やかな音のおかげだ。使われているのは、海岸に打ち寄せる波の音を録音した2つの音源で、1つはアーティストのジェームス・クルザンがマリブで録音したもの、もう1つはジャノウィック自身がノースカロライナのキュアビーチで録音している。
それぞれが波の音を録音したときには、クルザンとジャノウィックは遠く離れた場所にいた。しかし、《Wet Blanket》で再生されるとき、その距離はほんの数センチにまで縮められる。人と人を隔てる物理的距離を埋めようとする試みが心を打つこの作品は、鑑賞者にも近づくことを促し、柱の上に座ったり、それに触れたりするよう呼びかける。柱から低音で発せられる音は、まるで内なる生命で振動しているようだった。
ブレード・スタディ(Blade Study)

パップ・スレイ・フォール展(1月9日-2月9日)
ブレード・スタディは設立から2年後の2022年、チャイナタウンにある店舗用物件にアートスペースをオープンした(パイク・ストリート17番地)。広いとは言い難いこの場所は、パップ・スレイ・フォール(Pap Souleye Fall)の展覧会でさらに小さく感じられた。だが、展示内容を考えれば、それは悪いことではない。フォールがここで追求しているテーマには、歴史が個人の制御を越えて広がり、その軌道上にある全てを飲み込んでしまうことについての考察が含まれているからだ。
人気急上昇中のセネガル系アメリカ人アーティスト、フォールの展覧会を鑑賞するには、丸くふくらんだ構造物から緑色の脚が突き出ている《NIT, NITAAY GARAMBAM》(2025)という作品の周りを歩き、その中に足を踏み入れる必要がある。セネガルでよく聞かれるウォロフ語のことわざにちなんだタイトル(人は人の薬であるの意)が付けられたインスタレーションは、拾った段ボールを編んで作られており、ギャラリーを埋め尽くしそうなほど大きい。
落花生の殻のようにも見える構造物の内部には、ジャマイカの小説家シルヴィア・ウィンターの著作やアフリカ映画についての本、ナイジェリアのビデオアート論など、さまざまな書籍が置いてあり、自由に閲覧できる。フォールはこの作品を図書室として使えるようにしているのだ。そこにはあまりに多くの情報があるため、到底一度の訪問では全てを消化しきれないが、それこそがこの作品の核心とも言えるだろう。フォールは、ブルックリンのステラーハイウェイ・ギャラリーで同時開催されているもう1つの興味深い展覧会「HIDDENINPLAINSIGHT」(1月25日-3月15日)で、アイデアやモノがいかに大陸から大陸へと伝播し、その過程でいかに新しいタイプの思考が形成されていくのかを掘り下げている。
人やアート作品が常に動き続けている以上、全てを知ることは不可能だとフォールは示唆している。それでも、ちょっとした物陰や隙間をふと覗いてみれば、そこに隠れていた意外な考えが見つかる。これは宇宙のありとあらゆる場所に言えることだ。たとえそれが、アート界の人々が最も頻繁に行き来しているであろうニューヨークだとしても。(翻訳:野澤朋代)
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