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国立競技場などで知られる世界的建築家、隈研吾が監修した船上スペース「T-LOTUS M」など、天王洲運河から眺める寺田倉庫の各施設。Photo: Courtesy of Warehouse TERRADA

「TENNOZ ART WEEK 2024」開催間近! アートシティづくりの先駆者、寺田倉庫の挑戦

第2回東京現代に合わせ、6月27日から7月15日まで「TENNOZ ART WEEK 2024」が開催される。主宰を務める寺田倉庫は、天王洲という街をアートシティへと発展させた立役者であり、日本のアート界の変革をリードする存在でもある。同社の多岐にわたるアート事業を紹介する。

アートの力で日本をもっと豊かに

2023年7月に経済産業省が30名を超える有識者たちと作成し発表した「アートと経済社会について考える研究会報告書」によれば、2021年の日本のアート市場規模は2363億円で、世界のアート市場の4%を占めるに過ぎない。しかし最新のアートバーゼル&UBSによる「ART MARKET REPORT 2024」によれば、世界のアート市場規模650億ドルに占める日本の割合はたったの1%(6.5億ドル)。現在の為替レートで換算すると約975億円となり、先の報告書の数字よりもずっと小さいことになる。

いずれにしても、ドイツに抜かれたとはいえGDP世界第4位の日本が、ことアートとなるとこれほど影を潜めてしまうのはなぜなのか。企業・産業とアートの接続性を高めることができれば、創造性を促進し、新たな価値を生み出すことができるはず。そしてひいては、アートの力で日本をもっと豊かにできるのではないか。そんな仮説をこの報告書は様々な角度から検証しているわけだが、東京を舞台にこの問いに対する実験と実践を何年も前から率先して積んできた企業がある。天王洲を拠点とする寺田倉庫だ。

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天王洲運河沿いの寺田倉庫T33ビルの壁面に描かれた、ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動するアーティスト、山口歴の大型壁画。Photo: Yusuke Suzuki (USKfoto)

すでに日本のアート業界には不可欠な存在となった同社についてもはや説明の必要はないかもしれないが、おさらいすると、寺田倉庫は、昭和に物流拠点として成長を遂げた埋立地、天王洲で1950年に創業された倉庫会社だ。70年代からは美術品や貴重品の保管事業をスタートし、2010年代以降はアート事業を拡大。希少な画材を取り扱う「PIGMENT TOKYO(ピグモントーキョー)」や、アート作品の輸送や保険、修復などをワンストップで担う関連会社「TERRADA ART ASSIST株式会社」を立ち上げた。

また、日本を代表する現代アートギャラリーが集結するだけでなく、アーティストのレンタルスタジオや保税ギャラリーも構える「TERRADA ART COMPLEX」や、同社が作家やコレクターから預かるアート作品をパブリックに公開する「WHAT MUSEUM」、そして若手アーティストの作品を鑑賞・購入できる「WHAT CAFE」がオープンした。

WHAT CAFEは、「日本でも本格的なアートコレクターがもっと育ってほしい」という想いから、まずはより気軽にアートを購入する経験を提供する場として生まれた。ここでは常時、様々な企画展やイベントが開催されている。Photo: Courtesy of Warehouse TERRADA
WHAT MUSEUMでは現在、現存する世界最古の木造建築である法隆寺五重塔や開発中の月面構造物などの模型から「構造デザイン」の魅力を紹介する「感覚する構造 - 法隆寺から宇宙まで -」展が開催中(〜8/25まで)。Photo: ToLoLo studio

このように、保管から派生するあらゆるアート事業を精力的に展開することで、アートを軸に据えた新しい街づくりを加速度的に推進してきた。その結果、かつては倉庫街やオフィス街としての機能に特化していた天王洲が、「文化的な暮らし」というイメージがほとんどなかった状態から「アートの街」として全国的に知られるようになった。2023年には、国際的な文化観光を促し、日本のアートシーンを世界につなげるべく、国際アートフェア「東京現代」と連携して「TENNOZ ART WEEK」を開催し、「アートシティ天王洲」の存在を世界に発信。中でも、倉庫空間で展開されたオランダ・アムステルダムを拠点にピアニスト、アーティストとして活動する向井山朋子によるインスタレーション・パフォーマンス《figurante》は、倉庫という無骨な巨大空間とそれが触発するアーティストの創造性という観点で、寺田倉庫らしい挑戦だったと言える。

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寺田倉庫は今年も東京現代のオフィシャルフェアパートナーを務めると同時に、フェア開催に合わせて6月27日から7月15日まで「TENNOZ ART WEEK 2024」と題し、日本の現代アーティスト、束芋と3名のインディペンデントアニメーション作家による新作を同社の巨大倉庫空間で披露するほか、日本の現代工芸作家らの作品を一挙紹介する展示や伝統画材のワークショップなどを行う予定だ。

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2023年7月、東京現代に合わせて初開催された「TENNOZ ART WEEK 2023」の様子。Photo: Aya Kawachi
「TENNOZ ART WEEK 2023」のプログラムの一つとして実現した、向井山朋子によるインスタレーション・パフォーマンス《figurante》の様子。Photo: Yukitaka Amemiya

2019年から同社の代表取締役社長を務める寺田航平は、アート事業に注力してきた背景をこう説明する。

「日本のアートのエコシステムに足りていない部分を補完することができれば、アート市場がより活性化し、富裕層だけではなく多くの人が日常的にアートを楽しめるようになる。幸せの価値が多様化する時代、そんな豊かな世界をつくるサポートができれば、道のりは長く険しくとも最終的には我々の基幹事業である保管事業にその実りは還元される。そう考えて、今のエコシステムに足りないピースは全部埋めるという姿勢で事業を発展させてきました」

アートをCSRやメセナ活動の一環として取り入れる企業は日本においても増えてきた印象だが、天王洲という場所を実験場として、真剣にアート経済圏の確立を試みてきた寺田倉庫が何よりも重要視しているのが、アーティストの支援だ。しかし、前述の「アートと経済社会について考える研究会報告書」で日本のアーティスト一人の平均売上高が280万円とあるように、彼らの多くが厳しい経済状況に直面しているのは明らかだ。

2年に一度開催される「TERRADA ART AWARD」。2023年は、金光男(きむ・みつお)、冨安由真(とみやす・ゆま)、原田裕規(はらだ・ゆうき)、村上慧(むらかみ・さとし)、やんツーの5組が受賞した。Image: Courtesy of Warehouse TERRADA
「TERRADA ART AWARD 2023」より、金光男の展示風景。Photo: Yusuke Suzuki (USKfoto)

作家たちに新しい挑戦の機会を提供

アーティストたちの安定した生活基盤なくしてアート経済圏の確立など実現し得ない──そんな危機感とともに同社が行っているプロジェクトの一つが、2年に一度開催される「TERRADA ART AWARD」。家業を継ぐ以前は自身もテック起業家として苦労と成功を体験してきた寺田は、このアワードのユニークネスをこう説明する。

「我々のアワードが他と一線を画すのは、長い審査プロセスを経て選出された5組のファイナリストそれぞれに300万円の資金とファイナリスト展での展示機会などを提供するという点。ある作品に対して賞を与えるという形態をとらなかったのは、制作資金や発表場所の制約から自由になって、作家たちもまだ経験したことのない未来に挑戦してほしい、ブレイクスルーしてほしいという想いがあったから。そうして制作された作品を見ることで、我々自身を含むオーディエンスも大きなインスピレーションを得ることができるはず。そう考えました」

最新回となる2023年度は、金光男、冨安由真、原田裕規、村上慧、やんツーの5人が受賞したが、彼らが「作品制作だけでなく、自分の作品を展示する空間そのものを作り上げなければいけなかったのは新しい挑戦。しかし、それを実現するために協力してくれた人々とのチームワークは、一人での制作では経験することのできない喜びであり、アーティストとして大きな収穫だった」と声を揃えていたのが印象的だった。

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PIGMENT TOKYOの店内。店名の由来となった顔料以外にも、600種を超える絵筆や刷毛、オリジナルの膠や越前和紙などを含む希少価値の高い道具や材料を多数揃える。Photo: Courtesy of Pigment Tokyo
PIGMENT TOKYOでは若手アーティストたちがスタッフとして働いており、彼らが講師を務めるワークショップも多数開催されている。Photo: Courtesy of Pigment Tokyo

寺田倉庫らしいアーティスト支援という意味でアワードと並んで注目したいのが、画材ラボ「PIGMENT TOKYO(ピグモントーキョー)」の存在だ。2015年に開業したこの施設に一歩足を踏み入れると、棚一面に並ぶ何千もの色とりどりの顔料や、様々な素材でできた美しい筆などの画材に、これまでアートにあまり馴染みのなかった人も胸が躍るだろう。希少な顔料を提供する日本のメーカーと世界をつなぐ架け橋としても機能しているピグモントーキョーは、「今では世界各国から注文が増え、売上も好調」と寺田も誇らしげだ。そして、その好調な業績を支えているのが、ほかでもない若手アーティストたち。自身の創作活動と並行してピグモントーキョーで働いている彼らは、こうした画材の特徴に精通した使い手でもあるのだから優秀な販売員であることに疑いの余地はないし、その知見は文化保全の観点からも非常に重要だ。寺田も、「ここの画材を用いてどんどん新しい表現に挑戦してほしい。それが結果として、日本の画材が世界に広がる一助となるはず」と期待を込める。ここではまた、彼らの多彩な技法材料の知識を生かした子どもや企業のためのワークショップやレクチャーも行われている。

レンタルアトリエ「TERRADA ART STUDIO京都」のイメージ。Image: Courtesy of Warehouse TERRADA

天王洲から京都、そして日本全国へ。

さて、そんな寺田倉庫が展開するアーティストのための取り組みは今、東京・天王洲以外の街にも広がろうとしている。その最新事例が、昨年10月に移転した京都市立芸術大学のキャンパス内にオープン予定のレンタルアトリエと美術品保管庫だ。

京都は言わずもがな、歴史的に日本を代表する文化芸術都市として世界的名声をすでに獲得しているが、京都市立芸術大学や京都芸術大学を含む12の大学が美術教育の機会を提供している「美術教育の舞台」でもある。と同時に、この古都では「KYOTOGRAPHIE」や「Art Collaboration Kyoto(ACK)」、「ARTISTS’ FAIR KYOTO」といったアートイベントやフェアが毎年開催されており、現代アートの発表の場という文脈においても世界的認知を獲得しつつある。ゆえに京都の教育機関を卒業したアーティストたちの多くがその後の制作拠点として京都に留まるケースも増えており、制作場所や作品の保管場所の需要が高まっていることを背景に、寺田倉庫は、アーティストたちに快適な制作環境を提供するレンタルアトリエ「TERRADA ART STUDIO京都」及び「TERRADA ART STORAGE京都」を新たに開設するに至ったという。

「我々はこれまで様々な事業を通じてアートコレクターやギャラリーのサポートにつながる活動を行ってきましたが、アート市場の活性化という我々の目標において、日本の作家が世界に羽ばたくバックアップができるかが命題でした。京都での新しい取り組みは、それを加速するためにも重要な次の一歩。大学などの研究機関や地域との連携を強化しながら、京都で活動するアーティストを支援することで、日本のアート市場の活性化に貢献したいと考えています」

天王洲に次ぐ新しい拠点を設けた寺田倉庫のアート事業にインスピレーションを得て、今後どんなふうに日本のアート市場が発展していくのか。世界も大きな期待とともに見守っているに違いない。

TENNOZ ART WEEK 2024
会期:2024年6月27日(木)~7月15日(月・祝)
会場:寺田倉庫 G3-6Fおよび周辺施設、天王洲アイル第三水辺広場

TENNOZ ART WEEK 2024 特別鑑賞チケット
束芋の新作映像インスタレーション、WHAT MUSEUM、TAC GALLERY NIGHTへの入場券がセット。
料金:3500円