日本に健全なアート・エコシステムを構築したい──寺田航平と高橋隆史が語るアートの力

様々な芸術文化発信施設を運営し、天王洲アートシティ構想を加速度的に進める寺田倉庫株式会社の代表取締役社長・寺田航平と、データコンサルティング企業ブレインパッドの代表取締役社長でありアートコレクターでもある高橋隆史。起業家精神を共有する二人が、日本のアートを取り巻く状況をより良くすべく取り組むアクションから、アートの持つ力までを語り合った。

寺田倉庫株式会社の代表取締役社長・寺田航平(左)とブレインパッド代表取締役社長の高橋隆史(右)。アートという共通点を持つ起業家仲間でもある。

寺田:高橋さんと初めて会ったのは僕が学生時代にアルバイトをしていたベンチャー企業のOBと現役が集まるイベントでしたよね。

高橋:はい。その社会人側の取りまとめを寺田さんがやっていらして、僕はバイトをしていて。

寺田:僕が2000年にITの会社を起業してから、再度お仕事を通じて高橋さんと頻繁に会うようになりましたが、最近はアートコレクターとしてお会いすることが増えましたよね。

高橋:アートに関わったのは2018年が最初だと思います。小さなコミュニティでアートを共同購入してホテルに貸し出すというファンドを紹介されたのがきっかけでした。現代アートに関心を持つ人を集めて、アートシーンを盛り上げようという企画者の意図にまんまと乗ったのが僕でした(笑)。

日本の現代アートを取り巻く世界が遅れていると知って、起業家の集まりの中でアートの勉強会を主催しました

寺田:本当にアートにのめり込んだのはもう少し後ですか?

高橋:そうですね。寺田さんも同じだと思いますが、起業家って問題を解決したくなる性分ですよね。アートに対しても、最初は問題意識から興味を持ちました。日本の現代アートを取り巻く世界が非常に遅れていると知って、起業家の集まりの中でアートの勉強会を主催するようになりました。その後、自分自身ではじめて作品を買った時も、こんなに高いものを買って本当によかったのだろうかと半年位は悶々としていました。でも、偶然あるレセプションで鬼頭健吾さんと小山登美夫さんにお会いする機会があり、僕が買った作品を「センスいいよ」と褒めていただき、調子に乗ったんです(笑)。そう言って頂いてほっとしたと同時に、勉強して買わなきゃいけないということにも気付かされました。これを機に鬼頭さんとも仲良くなり、作品を制作した背景や動機を作家本人からリアルタイムで聞けてどんどん面白くなっていきました。アートを楽しむことは、自分がその作品を好きかどうかだけではなく、アーティストを含め、その周辺にいる人たちとの出会いや彼らとの交流も含めてのことだと実感したあたりから、引き返せないほどにのめり込んでいきました。

寺田:高橋さんは、作家さんの既存の作風もさることながら、新しい挑戦を積極的にサポートされている傾向があるように思います。

高橋:そうですね。もちろん、心に触れる作品であることが大前提ではありますが、それに加えて、作家にとって思い出深い作品を買うコレクターであれば、より早く覚えてもらえるのではないか、という思いはあります。作家は試行錯誤しながら新しい作品を生み出すわけで、それを積極的に買うということはチャレンジに対する支持の表明であり、作家との関係性を深めるきっかけになるのではないか、と考えています。また、僕の周りにいる、自分の直感を信じて行動することができる起業家たちをアートの世界に誘う呼び水のような存在になることでアートの世界に貢献したいという気持ちもあります。だから余計に、作家の挑戦を買おうという意識が働くのかもしれません

日本のアートの市場を俯瞰してみて、もったいないなぁという気持ちが出てきた

寺田:起業家精神を持つ人たちだからこそ、アーティストたちの革新性に満ちた挑戦に共感するということもあるのかもしれませんね。

高橋:そうですね。自分のコンセプトやヴィジョンを直接世界に問うという行為において、アーティストと起業家は相似形というか。加えて、起業家の場合は事業がうまくいくと規模も組織も拡大していきますが、アーティストはどこまでいっても、自分自身で作品制作に向き合っていかないといけない。そういう意味では、僕たちよりもピュアな形で世界に対峙していると思うんです。アーティストがたった1人で切り込んでいっている姿にかつての自分を重ねることもあり、応援する対象として非常に共鳴するものがあります。ところで、寺田倉庫がアートを預かることからさらに深くアートの世界に踏み込もうとしたのはなぜですか?

寺田:アートの保管事業は長く展開してきましたが、アートを街づくりにも活かしていくという考えのもと、多種多様な画材を扱う「PIGMENT TOKYO」という画材ラボや、ギャラリーを集めた「TERRADA ART COMPLEX」など、アートに関わるいくつかの施設を作り始めました。改めて日本のアート市場を俯瞰したりいろいろな方とお話をしていく過程で、もったいないなぁという気持ちが大きくなっていったんです。いくつか課題を解決すれば、日本の現代アート市場を2000億円程度に拡大することは可能だという手応えを得て、業界に足りないピースを、どうすれば埋められるかを考えていきました。その隙間を埋めることで生まれた付加価値を、今度は不動産や保存保管に還元する。その結果、アート市場をより成長させる一助にもなりますし、同時に、弊社の利益にもつながります。そうしてアートに関連する事業を加速させていきました。

高橋:アートの世界を俯瞰して足りていないと認識されたピースはどういったものですか? また、それに対してどんな取り組みを実行されたのですか?

寺田:コレクターの方々が、アートの恩恵をなかなか得られない状態にあるのが一番のボトルネックだと思います。日本では欧米のように、人の手を移動しながら作品の価値が上がっていき、最終的には美術館に寄贈されるという流れがまだできていません。この流れを作るには、まず税制の問題をクリアする必要があります。また、公的美術館のアートの運用やルールも改善の余地があります。単年度で請求する行政の補助の中でしか、アートの売り買いができない状態では、コレクションをより豊かにすることはできません。さらに、法的鑑定制度のようなものをきっちりと作って、客観的な価値づけをしていく必要もあります。こうしたことを1企業の力で変えていくことはできないので、業界全体で大きなうねりを起こしていきたいですね。

高橋:税制における優遇措置や構造の問題を解決していく必要がある、ということですね。

寺田:そうです。また、そうした制度的な改善とは別に、アートを購入する人々の裾野を広げていくことも重要です。そのために、富裕層以外の方々にも手に入れやすい価格帯のアートと出合える場を創出すべく、比較的若手のアーティストの作品を紹介するWHAT CAFEを作りました。WHAT CAFEを通じてアートを買いはじめた人たちがコレクターとして育ち、TERRADA ART COMPLEXで出合った作品で自分のコレクションを成熟させていく。そして最終的には、そうしたコレクションを発表したり、美術館などの研究機関に寄贈することで美術史にも貢献できるような仕組みを構築していきたいと考えています。また、好みのアートとの出合いという意味では、デジタルの力をもっと活用したいんです。自分の志向を分析し、好みを可視化する実験をまさに今、行っているところです。

高橋:例えば、ある日本人アーティストの作品が日本国内で億単位の値段をつけても、海外のギャラリーで「その値段ではコレクターに勧められない」と言われてしまうケースがありますよね。つまり、評価の高まりと比例して価格も上がっていく過程や文脈が、国外のアートシーンに共有されていないという問題もありますよね。それを改善するためには、日本の作家を世界の文脈に乗せて発信する導線をきちんと作っていかなければいけない。コレクターとしても、日本の作家が世界で高く評価されると誇りに感じます。国内のアート市場が活況になってきている今こそ、世界ともっと接続して日本人作家の国際的な価値づけを行っていく必要を感じます。

寺田:本当にそうですね。日本のアート界に健全なエコシステムを構築していくためにも、グローバルのアートシーンで日本の作家の価値をきちんと上げていくことが重要です。そのためにも、やはり批評が必要ですし、アーティストを海外に送り出す仕組みづくりが急務だと感じます。

人生で一度しかないような非日常体験を、日常で得られるのがアートの力

高橋:今回の対話を通じて、改めてなぜ自分がアートにこれほど夢中になったのかを振り返ってみたのですが、僕の場合は、アートを媒介とした人と人とのつながりが大きかったんだなと感じました。去年、自宅が完成した際に自分のアートコレクションのお披露目の意味も兼ねてハウスウォーミングパーティを開いたのですが、100人ほどのゲストのほぼ全員がアートを通じて知り合った方々でした。言わずもがな、彼らとは、僕がアートコレクションを始めていなければ知り合っていなかった可能性が高い。コレクターになってわずか4年程度で、こうした100人もの方々とパーソナルかつ強固なつながりを築くことができたのは本当にアートの力ですし、アートが僕の人生を変えた、と言っても過言ではありません。アートを通じて人生がカラフルになりました。

寺田:僕たちの所属している経営者の会の大切なキーワードに、「Once in a Lifetime Experience」という言葉がありますよね。人生に一度しかないような、非日常体験をしようというものですが、そういう意味でも、アートを通して様々なものに触れて、新たなインプットを得る機会に恵まれるのは本当に幸せですよね。

高橋:寺田さんにとって、アートの力とはどのようなものですか?

寺田:僕がこれまでの人生で最も心動かされたのは、ブラジルで見たイグアスの滝なんです。でも、それと等しいレベルの刺激を日常的に自宅にいながら得ることができるのは、アート以外にないと思います。アートって、日常の中の非日常というか、ライフスタイルに溶け込むような形で日常からは得られないような刺激を与え続けてくれる存在。その時々で、自分にとって大事な価値を再認識させてくれるかけがえのないものであり、人生を常にライトアップしてくれる存在ですね。

(敬称略)

2023年2月7日、天王洲 寺田倉庫にて。

寺田航平|てらだ・こうへい
寺田倉庫株式会社・代表取締役社⻑。慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、三菱商事に入社。1999年三菱商事を退社し、寺田倉庫に入社。2000年、IT企業ビットアイルを設立し代表取締役社⻑CEOに就任。2018年寺田倉庫取締役に就任し2019年6月より現職。美術品、アート、映像・音楽コンテンツの保管事業、天王洲を中心としたエリアマネジメントを事業基盤とし、近年は現代アートのコレクターズミュージアム、若手アーティストを支援するアートギャラリーカフェ、アート複合施設など芸術文化発信施設の運営も手掛ける。

高橋隆史|たかはし・たかふみ
アートコレクター、株式会社ブレインパッド代表取締役社⻑。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。日本サン・マイクロシステムス株式会社(現:日本オラクル株式会社)に勤務後、フリービット・ドットコム株式会社(現: フリービット株式会社)の起業参画を経て、2004年3月にブインパッドを共同創業。2017年頃から現代アートのコレクションをスタート。起業家や経営者のコミュニティでアート同好会を主催。

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