ロシアの大富豪がサザビーズを提訴。ダ・ヴィンチ作品などの価格吊り上げに加担?
「世界で最も高額な美術品」となったレオナルド・ダ・ヴィンチの《サルバトール・ムンディ》を所有したことで知られる大富豪、ドミトリー・リボロフレフが、オークションハウスのサザビーズを訴えた。この裁判を通じて、セカンダリーマーケットの闇の部分が白日の下にさらされる可能性が出てきた。
フォーブス誌の世界長者番付に名を連ねる(428位)ロシアのオリガルヒ、ドミトリー・リボロフレフは、2002年から2014年にかけて約20億ドル(現在の為替で約2900億円、以下同)もの資金を投じ、ダ・ヴィンチをはじめ、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、アンリ・マティスの作品を含む「世界クラスの美術品コレクション」を築き上げた。これをサポートしたのが、アートアドバイザーのイヴ・ブーヴィエだ。
リボロフレフによると、当初ブーヴィエは、適正価格で購入を促しているように「装って」いたというが、のちに「ブーヴィエが作品をある価格で購入し、それよりも数百万ドルから数千万ドルも高い価格でリボロフレフに売りつけていた」ことが判明したのだという。
たとえば2013年、リボロフレフは、ブーヴィエのアドバイスに従い、ある売り手からアメデオ・モディリアーニの彫刻《Tête》を8300万ドル(約120億円)で購入した。しかし実際には、その売り手は存在していなかった。法廷書類によれば、ブーヴィエ自身がその数カ月前に半額で秘密裏に購入していたものだという。
こうしてリボロフレフは、38点の作品の価値をめぐって10億ユーロ(約1583億円)も過大に請求されたとして、モナコ、シンガポール、ニューヨーク、香港、スイスでブーヴィエに対する訴訟を起こしたが、ブーヴィエはその主張を否定し、先月、2人は法廷外で和解に至った。
しかし物語はそう簡単には終わらなかった。というのも、リボロフレフはその後、オークションハウスのサザビーズを相手取り、「リボロフレフに対するブーヴィエの詐欺行為と受託者義務違反を幇助した」として訴訟を起こしたのだ。サザビーズが作品の評価額をかさ上げし、ブーヴィエが価格偽装する手助けをしたというのが、リボロフレフの弁護団の主張だ。サザビーズはこれを否定しているが、この裁判の陪審員選考は1月8日に始まり、裁判は数日中に開始される予定だ。
サザビーズの広報担当者はUS版ARTnewsに対し、こうコメントしている。
「サザビーズは、これらの美術品の取引で、全ての法的要件、財務上の義務、および業界における最善の方法を厳守しました。サザビーズが、買い手の不正行為やリボロフレフを詐取する意図を認識していたという指摘は全て虚偽です」
ブラックボックスはついに暴かれるのか
この裁判に登場するのは、前述のモディリアーニ《Tête》(1913年)、ルネ・マグリット《Le Domaine d'Arnheim》(1962年)、グスタフ・クリムト《Wasserschlangen II》(1907年)、そして、2017年にクリスティーズ・ニューヨークで4億5030万ドル(当時の為替で約510億円)で落札され、世界で最も高額な美術品となったレオナルド・ダ・ヴィンチ《サルバトール・ムンディ》(1500年頃)の4作品だ。
その落札金額に世界が震撼する4年前の2013年3月、リボロフレフは当時(USドルで)8桁の評価額しかついていなかったサルバトール・ムンディの購入を検討していた。ニューヨーク・タイムズ紙によると、これを知り興味を持ったサザビーズの代表者であるサミュエル・ヴァレットは、セントラルパークウエストにあるアパートで、リブロフレフとブーヴィエとともに《サルバトール・ムンディ》を見たという。
その数週間後、ブーヴィエはリボロフレフのアシスタントに宛てたメールの中で、《サルバトール・ムンディ》の当時の所有者が9000万ドル(約130億円)から1億2500万ドル(約181億円)のオファーを拒否しており、1億2750万ドル(約184億円)を希望していると伝えた。
この裁判の裁判長であるジェシー・ファーマン判事は、そのような交渉はなかったと結論づけたが、裁判書類によると、ブーヴィエは2013年5月2日にサザビーズを通じて《サルバトール・ムンディ》を購入し、翌日、リボロフレフに1億2750万ドルで売却している。
それから2年後の2015年、ブーヴィエとの関係に疑問を抱き始めたリボロフレフからこの作品の査定を依頼されたサザビーズのスタッフは、ヴァレットから言われた1億2500万ドルの値をつけることに躊躇し、1億1400万ドルの評価額をリボロフレフに伝えたという。さらにファーマン判事によれば、2013年にブーヴィエがサザビーズからこの絵画を購入した記録を削除するよう、ヴァレットがスタッフに指示していた証拠もあるという。しかし、だからといってサザビーズがブーヴィエとグルであったとか、彼の詐欺行為を認知していたと断定するのは性急だ。
さらに言えば、ブーヴィエはこの事件の被告ではない。しかし、リボロフレフやサザビーズとの取引のあり方は、限りなく黒に近い。他の業界であればコンプライアンスや倫理規定違反とされてもおかしくないアート業界の様々な慣行が、今後、この裁判を通じて明らかにされていくかもしれない。
from ARTnews